1999年10月

29日(金)

ザ・ベーター・バンド

 ヘタでした。またリード・ヴォーカル君も相当に魅力薄。だが、それがどうした。我が道を行く、彼らの曲者ぶりはそうした情けなさを吹っ飛ばすものであったと思う。4人(たまに、サポートも加わる)がいろいろと持ち楽器を変えるあたりは、今年のオリヴィア・トレマー・コントロールの実演を思い出させるもの。ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツにしても、AEOCにしても、楽器をコロコロ変えるというのはそれだけで、なんらかのアカンベーや諧謔の表出になっていると思う。

 へなちょこながらも、様々な楽器音やDAT/サンプリング音と多彩な音楽語彙の綱引き。オノジマさんは音楽を弄んでいるみたいで入り込めない、みたいなことを言っていたけど、ぼくはいろんな音楽に明るい彼等のまっとうな感性が導く美味しい連鎖的表現てな感じでバッチリ楽しめたがなあ。愛らしいヘンテコ、万歳。今年出た彼らのアルバムは英国若手のものとしては共感できたかなり数少ないブツとしてぼくの頭ののなかに残っているのだが、雑誌の年間ベスト10とかの選を考えるときしっかり考慮にお入れたいナ(ようは聞きなおしておきたい)とライヴを見ながらぼくは思ったりもしたのだった。


28日(木)

メイシオ・パーカー

 いかにメイシオとそのバンドはプロ意識とエンターテインメント精神に乗っ取り、質の高いパフォーマンスを維持しているか。二日前のJBズと比較すると、それがイヤになるぐらい実感できるステージでしたね。とはいえ、結構な数のメイシオ公演を見ているぼくとしては嬉しさも中くらいなのではあるが。比較的若手をバンド・メンバーに据えてのショウ、以前より掛け声/歌パート(メイシオも歌がうまくなったよなあ)の比重が増している。バンドには息子のコーリー・パーカーもこのところ同行しているが、あの駄目ラッパーのコーリーをフィーチャーしなきゃもっといいんだけど。メイシオもその部分だけは只の親バカですぢゃ。元プリンスの新作にメイシオは1曲フィーチャーされているが、メイシオの新作は同じく元プリンス新作に入っていたアーニー・デフランコ他、豪華ゲストを迎えてのものになるとか。


25日(月)

イサック・デルガード、JBズ

 この晩もはしご。まず赤坂・ブリッツで、かつてNGラ・バンダで歌っていたイサック・デルガード。場外にはわずかながらダフ屋も出ている。なるほど、会場に向かう人も少なくないように見受けられる。へえー、やっぱしラテン・ブームって来てるのかなあ、なぞと実感。....してたんだが、入口のところで招待ハガキを持っている人がやたら多いのに気づく。そんなもんか。

 中に入ると、スペイン語が少しとびかっている。いい感じではある。バーには気分盛りあげるためにラムとか置いといてほしかったところだが、いつもの品ぞろえのみ。商売っ気ないなあ。ブルガリが冠についているせいか(?)、普段行くコンサートでは見ないような、いい感じのおねえさんが少しいたりして、けっこう嬉しくなったりも。

 ここ10年、送られてくるもの以外、ラテン〜サルサ関連のレコードは全然買ったりしていないワタシ。実のところ。デルガードもサンプル盤で聞いてはいるが、でも資料とかは読んでないし、彼に対する知識はゼロに等しい。NYのサルサ・レーベルと契約しているキャーバ人歌手、ぐらいなもん。でも、朗々と歌う彼とその楽団を見ていて触発されるところ多々ではあった。

 バンドは総勢14人ぐらいだったか。ときにイントロとかすごく非ラテン的なポップネス(と、ここでは書いておこうか)を感じさせる部分もあるのだが、うまく伝統とおりあいを付けているという印象を持った。そういえば、彼のバンドはドラム・セットを使用。ラテンにおけるドラムって言うとぼくは10年前のことを思い出す。ストーンズのスティール・ホイールズ・ツアーを見に行った時だから89年だったはずだが、ちょうどNYのマディソン・スクエア・ガーデンでニューヨーク・サルサ・フェスティヴァルやっててついでに見に行ったことがあったわけ。で、そのときの出演者で唯一ドラム・セットを用いていたのがルベン・ブラデス楽団で、なるほどそういう面でも彼は異端なんだなと認識したことがあったのダ。その後のラテン/サルサのスタンダードが変化していることも考えられるが、現在はドラム使うのって普通なんだろうか。僕の好みとしては、やっぱドラム不使用のほうがいいなあ。ドラム使うと、リズムがいい意味でばらけなくなってしまうから。ベースも電気だったが、古臭くやっぱ縦のほうがいい。と、無責任かつ門外漢のぼくは思った。

 会場の入りは上々、時間がたってくると、ダンスをしはじめるカップルも。そういう図もまたラテンらしくていいやネ。まず男女の踊りのためにあるという、“正常”さに頷く。本来、大衆とともにある音楽はそういう側面が主であったはずなのだ。なのに、アメリカの王道ブラック・ミュージックはいつからそうでなくなっちゃったのかと、体をゆすりながら考えたりも。基本的には、ディスコ・ミュージックあたりまではカップルで見に行き、一緒に踊るっていうのが受け継がれていたように思う。お互いのお尻をぶつけ合う、バンプなんてのがあったもんなあ。もちろん、その後に出てきた音楽も踊りとともにあるのは間違いない。でも、男女で愛を育むために踊るというよりは、もっと個人として踊るという側面が強くなっているはず。でなきゃ、集団として騒ぐとか、ね。なぜ、そうなった? その後のダンス・ミュージックはゲイが主導権を握りはじめたのと関係アリか。それとも、カップルで行くというよりも、ダンスの場にはナンパに行くというふうにライフ・スタイルが変わってきたからか(あ、それは昔もそうか)。考えはつきない。だが、そういう変化は、音楽からふくよかさを奪う方向にあるのは確かであると思う。

 1時間強見たあと、六本木・ヴェルファーレに移動してJBズを見る。でも、JBズと名乗るのはちとまずいんじゃあないか。二大ドラマーたるクライドやジャボは同行しているものの、他はリーダーを努めるフレッド・ウェズリーだけがちゃんとしたメンバーだもの。前だったら、JBホーホズと名乗るバンドでフレッドもピー・ウィもメイシオも一緒に楽しめちゃったのに。なぜ、そうじゃなくなったかというと、一つはマイナー・ミュージック発のリーダー作で成功を収めたメイシオがソロで十分に客をとれる人になってしまったためだろう。実は、この週メイシオはメイシオでブルーノート東京でやっているのだった。

 とにかく、フレッド・ウェズリー・バンドという名目でやったほうがなんぼかすっきりするよなあ、ではあった。でも、やっぱ往年のJBナンバーをやられるとそれなりにパブロフの犬になっちゃうんだけどね。やっぱりJBの曲は古き良き時代のダンス音楽というにはあまりに生々しい起爆力を持つ。音は良くなくて、とくにもう少しフロントの管の音を上げてほしかった。

 ところで、ここでの演奏を聞きながらブリッツでいろいろ考えていたことがまた頭のなかで少しグルグル。R&Bやブルーズなどを参考にしつつ、自分なりの体質に合わせて押し広げようとしたのがロックだが、そこには踊れるだけが音楽じゃない、家でじっくり聞くものがあってもいいじゃないか(そこには再生装置の発達/普及も寄与していた)という担い手の意思のようなものが加わったはずである。もしかして、非社交ダンス・ミュージック化している、今の米英のダンス・ミュージックって、かつてのロック的な行き方と重なるところもあるのかも。そんなことも少し思った。


9日(火)

ハリー・コニックJr. 、大西順子

昼間、青山CAYでハリー・コニックJr. のライヴを4曲(だったけかな?)見る。来年春に行われる来日公演(なんと東京国際フォーラム・ホールAが二日間!)のパブリのためのプレス・コンファレス、どうやら欧州〜オーストラリアと回ってきて、東京にいるらしい。肝心のライヴはソロでやるのかと思ったら、リズム隊だけでなく、まっとうな四管を付けてのもの。歌にしてもピアノにしても、それだけを取れば力足らずな部分があるのは間違いないが、結構ワクワクして聞けた。1曲目はニューオリンズ・ファンク調の弾き語りから入る。大昔取材やったとき、ニューオリンズ・ファンクの話で盛り上がり、インタヴュー後に延々とプロフェッサー・ロングヘアの曲を弾いてくれたことを思い出す。新世代のシナトラみたいな感じで米国白人から世代を越えた支持を受けてきた彼だが、その実演を見ながら、スター/エンターテイナーを欲するアメリカが持つ回路のようなものに包まれて順調にキャリアを重ねてきている人という感想を持った。先のシェリル・クロウの項と比べると、書き方が甘い? と、ふと今思ったのだが、そりゃあクロウのほうがぼくにとっては身近なアーティストだからして。来日公演はビッグ・バンドをバックにしてのものだという。

 夜は、青山のブルーノート東京で、大西順子。NYから、売れっ子レジナルド・ヴィール(ベース)ら黒人のリズム・セクションを呼んでのもの。というのは、電気楽器を大幅導入してアっと言わせた前回と同様のお膳立てだが、今回は全編アコースティックにて。彼女はクラシックには過度に入り込んでいず、かつてはR&Bなんかを一番に愛好してきた人で、ゆえに小難しいインプロなんかなしで単純なメロディで聞く人を感動させられたら、なんてかつて語ってくれたと記憶するが、途中にやった2曲はちょっと小難しいすぎやしないか。でも、十二分にまっとうなジャズ奏者であるのは間違いない。それにしても、「フン、私は私のなのよ。勝手にやりたいことやらしてもらうワ」的な、媚びることのない我が道行くゾ光線の遠慮ない放出は、毎度のことながら感心する。


17日(日)

ザ・ジュークVol.3

ジュークっていうのは、たぶん黒人日常音楽を育む場であった安酒場繙繝Wューク・ジョイントから来ているんだろうなあ。その名前を冠した公演、ブルーズ系のアーティストを集めるコンサートという印象をぼくは持っていたが、今回はかなり幅に富むアーティスト揃え。まあ、みんな肉体性に富む、という部分においては共通しているかもしれないけれど。でも、ブルーズに固執していないからこそ(?)、入りは前回よりはすごーく良かった。

 会場は赤坂・ブリッツ。中に入るとシグヘッドとういう日本人バンドが熱演中。黒さを抜いたジョン・スペンサー・ブルーズ・エクスプロージョンといった風情。悪くない。

 続いて、ボブ・ログ。前回のザ・ジューク出演に次ぐ、来日出演。基本的に前回と変わらず、つまり前回のほうが新鮮なぶんだけ印象はいい。なかなかギターの音が決まらなくて苦労している感じもあったが、ブルーズの断片を上手くえぐり取ったような、酔狂さ、バカバカしさには苦笑とともにやはり共感を抱く。でも、あのヘルメットを取ると、本人はなんとも地味なアリゾナの気のいい田舎モノ兄ちゃんなんだよなあ。前に取材したときに、その落差をからかって指摘すると、「クラーク・ケントとスーパー・マンの関係さ」などと本人は言っていたが。

 その後は、ゆらゆら帝国。ああ、やっと見れたって感じ。夏に見ようとしたときは、ベーシストが怪我してライヴが中止になっちゃったりしたからなあ。ぼくはこの梅雨時に出た『ミーのカー』で彼らの存在を初めて知った人間だが、<日本語のロック>ということでこのところ最も共感できたのが彼らだった。意外とあっさりと楽曲をこなしていく(まあ、演奏時間の関係もあろうが)、でもやはり優れたバンドであるのは端々から。歌もちゃんと聞こえるし。取材のときはモゴモゴ喋る彼だが、その落差がまた素敵かも。ときにライヴだとより日本的というか、GS的な風情が色濃くなる曲が散見されたのが興味深かった。

 そして、その後はザ・スクリューズ。なんと知らなかったのだが、ジョン・スペンサーも深く影響を受けたらしい、ボストンのカルト・バンド、ゴーリーズの黒人フロント・マン氏が新たに組んだバンドなのだとか。見た目、もろにR&Bのヴォーカリスト然とした彼がゴリゴリとリフをギターで鳴らし、飄々と歌っていく。なるほどのその底にはブルーズなりR&Bがあるのだろうが(アイク・ターナー曲もやったけか?)、それを越えた先でガレージな音を繰り出していく様は、外れ方向にある黒人大好きのワタシとしては無条件で受け入れたくなるものであった。意外に愛想がいいというか、怖さがゼロなのはちょっとなんだかなあではあったけれど。確か、ゴーリズも女性ドラマーだったと記憶するが、このバンドもドラマーともう一人のギタリストは女性。やっぱ、ストレオタイプな枠を歪めたところで、違和感や異臭のあるブツを押しだしたいという意識は強いんだと思う。サイドの女性ギタリストも少し歌ったが、彼女をフロントに立てたらボス・ホッグぐらいにはなるかも、なーんて。もうちょっとルックスがいいともっとナイスなんだが、彼女がスライド・バーをキュッキュッと動かす場面なんかまるでチンチンをダイナミックに擦るみたいでな〜かなかでした。前日見た、ザ・レンタルズも女性が二人入っていたけど、なんか女性入りのバンドをやりたくなった。ほいほい。


16日(土)

シェリル・クロウ、ザ・レンタルズ

 1時間の開演時間の違いを利用して、二つのコンサートをハシゴした。

 まず、有楽町の東京フォーラムでシェリル・クロウ。ミュージカルの「リヴァーダンス」以来の東京フォーラムだが、やっぱすごく立派で、デカい。あーあ、俺の払った税金がこんなんものに....やっぱいろいろと無駄な部分も多いよなあ。少しだが、セコい(?)感想が頭のなかにもわーんと。ともあれ、そんな会場はもろに満員。改めて、シェリル・クロウは日本でも人気あるだなと再認識。

 開演前に、2階席にアメリカ人の集団がいて、その人達が大騒ぎしてて、ウェイヴを先導する。2階席はやんやの喝采。一階席の人達、なにが起こってるんだろ、と思っただろうな。まあ、その楽しくいこうゼ的な陽気なバカ騒ぎの図はほほえましくもあったが、なんかうっとおしいなあって感じも(ちょっと昼間にイヤなことあって、少し気分がブルーだったことも多少左右しているかもしれないが)。で、クロウの実演もまた、そうした<好ましくも好ましくない>面がしっかりと出ていたとは言えるか。もっと、書いてしまえば、ああいうアメリカ人が大勢集まりたくなるような無神経さ、ダサさを彼女はどこかに持っている....。ちょっと、きつい言い方になるけれど。

 前回のコンサートでも感じたけど、やっぱり大味なんだよな。今回は曲によってはヴァイオリン奏者とチェロ奏者がついたりもしていて多少は改善の兆しアリとも少しは思われたが、ただのアメリカン・ロックになっちゃってる場面多々。彼女はもっと陰影に長けた音楽を作る人だったはずのに。そんなぼくの否定的な感想の多くはバックのサウンド設定に因るもの。でも、ボケたサウンドにOKを出しているのも彼女なのである。なんか、バックのサウンドにも敏感だったジョニ・ミッチェルは本当に偉大だよな、なんてこともコンサートの最中に思ってしまった。

 ところで、今回2階席の一番前で見たのだが、ぐわんぐわんと床が揺れてとっても怖かった。なんか、けっこう揺れる歩道橋の中央に立っているのと同じそれ。怖さでは、ハネもののときのリキッドルームのそれと完全にタメ。あれでいいのか。きっちり1時間見て席を立つ。 

 続いて、渋谷のオンエア・イーストでマット・シャープ率いるザ・レンタルズ。約40分後れて会場に着いたら、ステージ上にメンバーが座っていた。冒頭はアコースティック・セット。2曲と半分聞けた。ふんわりしていた。

 そして、休憩後は本編というかエレクトリック・セット。これが、先に<あっさり編>をやったからかもしれないが、実に感覚的にパンパン張りまくった、大パワー・ポップ大会。彼らのライヴでお客が汗だくでピョンピョンするとはちょっと想像できなかったなあ。とにかくエンターテインメント性抜群、プロ意識に長けたとっても楽しいポップ・ロックの実演。売りの一つであるモーグ音はあんまし聞こえなかったような気もするけど、まあまあ。ともあれ、中座してこっちに来て良かったと思いました。


15日(金)

ジョン・テイラー

 2作目のソロ・アルバムのプロモーション来日中の、元デュラン・デュランのジョン・テイラーのコンヴェンションが表参道にあるビクターエンターテインメントの向かいのビルであって、覗く。ギター奏者を従え、ベース弾きながら5曲歌う。最初は、T・レックスの「ゲット・イット・オン」(いや、彼が参加していた、ロバート・パーマーのパワー・ステーション曲と言ったほうがいいのか)で始まり、デュラン・デュランの曲で終わるというもの。CD聞いても思うけど、やっぱ歌が弱いよね。40才、なかなかの笑顔を持つ彼ながらやはり老けた。集まっていた人はさすがに女性が多かったが、彼女たちにはどんなふうに今の彼は映ったのだろうか。実はこの前日に彼に取材したのだが、同じTシャツ来てたナ。パンツは変えてたけど。


5日(火)

映画『ブエナ・ビスタ・ソーシャル・クラブ』

 渋谷のパルコ・パート3前の映画館でヴィム・ヴェンダーズが撮った映画『ブエナ・ビスタ・ソーシャル・クラブ』を見る。ライ・クーダーがキューバの往年のラテン名手を引っ張りだしてきて作った例の同名作に端を発しての映画( その名前はもともと、かつてハバナにあったクラブの名前から来ているんですね) 。そのいい味出しているキューバ人たち(と、勿論それをお膳立てしたライ・クーダー)を主役においたもので、マテリアルはブエナ・ビスタ・ソーシャル・クラブ参加者によるアムステルダムとNYでのライヴと、キューバでシューティングした各人へのインタヴューや個々の演奏シーン等。うーん、音楽は人が作るものであり、人には人生がある、そんなことを実感させてくれる映画。とにかく、キューバの人達がみんなどーしようもないぐらい魅力的。ほんと、彼らという題材を得ただけで、この映画は成功が約束されているようなもんではないか(編集等も上手いが)。

 ああ、遙なりキューバ。ぼくがキューバに遊びに行ったのは94年の暮れのこと。そのころとはいろいろと状況も大きく変わっているはずだが、50年代のヴィテージ・カーが走るハバナの旧市街の町並や、大波が押し寄せる海際の道路なんかを見て、約10日のキューバ滞在を思いだす。いろんなことあったなあ。スペイン語覚えなきゃとしっかり思ったはずなのになあ(ダメなぼく....) 。

 CDを聞いたときは、ライ・クーダーが入ってなきゃもっといいのにと思ったが、これを見て、不遇な境遇にあった名手たちが再びレコーディングに望めたばかりか、世界にでるチャンスを得て、喝采を浴びて喜んでいる様子を見ると、まあしょうがねえかという気持ちにもなってくる。一般公開は来春とか。お勧めできます。

 ところで、髪の毛の量が大幅に少なくなって、けっこう斬新な反応を何人かから受けたりも。義理の父(姉の旦那の)が亡くなったので、髪の毛を切っちゃった。ぼくも人の子なもので。まー元々、ヘア・スタイル等はころころ変える人間ではありますが。