2003年9月


30日(火)

ジャック・ジョンソン

 アメリカで大ブレイクしちゃった、ハワイ在住サーファー出身のシンガー・ソングライター。さすが羽振りは良いらしく、彼が本土で知られるきっかけの一つを作った恩人G・ラヴを、自分のレーベルに引っ張ってしまったらしい。

 前座として、やはり彼のレーベルから出るらしい、ドノヴァン・フランケンライターが登場。これが、なかなかのシンガー・ソングライター。軽いんだけど、それなりのメロディ性や含みや肌触りの良さがあって。また、バックをつけていたドラマーがやたらうまいのにもびっくり。実は、ジャック・ジョンソンよりもぼくはこっちの人のほうがずっと才能があり、素敵だと思った。

 彼のあと、ジャック・ジョンソンがベーシストとドラマーを従えて登場。ベースの音がやたら大きい。というか、大きすぎ。いつも浜辺でライヴしているのと同じ感覚で、ベース音を出しているんだなと思うことにした。ボブ・マーリーの「スティア・イット・アップ」をやったりもしたが、レゲエ風味を介するときも。ほんの少し、ドラムにダブ的エコーがかかったときもある。総じては、CDで聞かれるものをもう少しもさっと公の場で開いたという感じか。やっぱり、アメリカ人は今弱っているという事実を実感できた。


29日(月)

イールズ

 渋谷クアトロ。まず、ステージにバンド(ギター、ベース、ドラム)が登場。演奏を始める。みんなお揃いの赤い上着を来ている。そして、演奏途中で、主役のEが会場後ろから肩車されて、ハープを吹きながらステージに上がる。なんか、変なの。最初からそういう印象を与えるなあ。

 で、4人によりパフォーマンスは勧められるのだが、あれれ。こんなに、バンド音がタイトだっけか。なんかもっとふらりふらりした、捉えどころのない芸風なような気がしてたが。2年前のサマーソニック出演時のとき(2001年8月19日)はフード・コードの椅子に座り大酒盛りしちゃってて、零れる音を聞くだけであんまし見てないし、酔っぱらいだったせいもあり、あんまりクリアーな記憶ないんだよなあ。

 でもって、やる曲の線も太い。もうロカビリー有名曲とか、50年代アメリカン・ポップのカヴァーですよと言われたら信じそうな、アメリカの豊かさを感じさせるような、ちゃんと目鼻だちの立った曲をやる。って、例によって、カヴァーはそれなりにやっていたのか? ま、どっちしろ、Eは結構まっとうに実演を繰り広げていく。とは言え、妙な含みはあって、なんか姿勢がマット・ジョンソン(ザ・ザ)に近いかも、なんていうふうにも思ったかな。Eはギター持って歌うだけでなく、ピアノを弾いて歌うときも少し。

 曲の途中で、レコード会社のディレクター(たぶん、レコード会社の女性ディレクターのなかで特級に真面目な女性。トリッキーの『ブロウバック』収録の「ソング・フォー・ユキコ」はその彼女に贈られたもの)を呼んで、言葉を訳させる。本編でそれ2回やった。やっぱ、変な奴。だけど、とっても真心に溢れていて、コレデイイノダと思わすものがあって。で、途中から、これはとんでもなく味わいのあるアメリカン・ロックの一つであり、実に生理的に美しいしアメリカン・ロックだと思えてきて、心あたたまる。本当にポカポカしてきちゃった。

 客とちゃんとコミュニケートし、自身も楽しんでいるし、本当にミュージャンとしての姿勢が正しいと思える。ただ、今のご時世ゆえ、何からなにまでまっつぐに行けるわけもなく、斜に構えたりする部分も出てくるが、そうしたねじれたところも非常に理に叶った人という印象を受けた。ロックに限定するなら、今年のベスト3に入るんじゃないか。

 ただし、約束があって、最初のアンコール(4曲。こちらは多少しみったれた路線でやる)で、会場を出る。その後また出たはずのアンコールでもなんか見せてくれそうと思え、非常に後ろ髪ひかれた。


27日(土)

e−ha?

 3月13日の深夜ライヴのとき知り合ったドラマーの角田ミキさんのお誘いを受けて、彼女が叩いている女性トリオ・バンドを六本木ピット・インで見る。みんな、二の腕きれいだな。デビュー・アルバム『ONE ONE ONE 』を記念してのもの。ギターとベースは対等にリード・ヴォーカルを取り、ちゃんとハモる。総じては、質量感とふくよかさを持つポップ・ロックという感じ。普段だとセカンド・セットはゲストなども入れて迫るそうだが、この日は3人だけですっとばす。けっこう3人が噛み合いインストでぐいぐい責める場面もあって、それを聞いていると、そういうところを全面的に出せば、あちらのジャム・バンド・ミュージック界でも支持されるんじゃないか、と思ったりも。そこそこ腕がたつし、3人でドロドロになる部分もあるし、彼女たちの持つオールド・スクール感覚もプラス要因になるはず。どんなもんだろ? しっかりしたロック感覚を持つ演奏のうえに、歌心や広がりあるポップ感覚をしなやかに乗せようという意図のもとやっているんだと思うが。アンコールでは、ビートルズのカヴァー・アルバムに提供したという「サムシング」をやる。ジョージ・ハリソンの曲を選んでいるのはなんか意外な感じがしたが、それは女性らしい視点によるものなのかな。六本木ピット・インには物凄〜く久しぶりに行ったが、こんなに広かったっけかーっていう感じ。彼女たちは定期的にここに出ているそうだが、こういうロックも今はやるのか。


26日(金)

トニー・アレン

 昔お世話になったレコード会社勤務だったおじさん(かつて、その人が業界きっての善人だったのは多くの人が認めるだろう)が赤坂に出したお店に行って(ジャズ・クラブのB−フラットのあるビルの1F。トレーンという名前)、なぜかそのあと新富町のバーに行き、深夜に渋谷に戻る。ラ・ファブリークでフェラ・クティの黄金期バンドのドラマーを勤め、現在はソロとなり、素敵なリーダー作を出しているトニー・アレンのライヴ。朝霧ジャムに行かずに見れて、嬉しいっ。開演時刻となっていた2時半ごろに行くと、お店の前はけっこうな人だかり。中が混んでて、入れないらしい。Pもしたかったし、近所の飲み屋で待機しかけたら、中に入れると連絡あり。で、階下に降りたらうわうわうわ。もの凄い込み具合。人人人人。暑いし、けむいし。とにかく、空気が汚い。うひい。横を見ると、昼に取材したトゥ・バンクス・オブ・フォアのお二人(ガリアーノを率いていたロブ・ギャラガー、ヤング・ディサイプルのエンジニアをやっていたデイル・ハリス)もいる。見合って、苦笑い。ステージ高がないので弾力とスピード感ある音は聞こえるが、演奏者たちは何も見えない。即、2階のほうに回り、なんとか楽に立てて、なんとか見える位置を確保する。なんか最近“生活勘”が落ちていると感じるが、この判断は良かったナ。とにかく、アフロ・ビート基調の、圧倒的に熱く、今がある実演。トニー・アレンに加え、ギター、ベース、ドラム、ラッパー(英国で活動している、タイ)という編成。ばっちり、2時間半近くもやった。あの悪条件下、ぜんぜん帰ろうと思わなかったのだから、ものすごい力のあるライヴであったのは間違いない。後日、ミュージック・マガジンでライヴの原稿を書くことになって、少し慌てる。もう、楽しむことだけに専念していたので、細かいことはちゃんと覚えてないよ〜ん。でも、あのサウンドを真っ向から受け、身体を揺らしたことが重要なのだと思う。


25日(木)

テレヴィジョン

 昨年のフジロックに続く、来日。基本的にはあのときと同じ。というか、昔と何も変わらないと書いたほうがいいのか。ただ、今回の渋谷・アックスのうほうが格段に音が良く、しっかりと見れるぶんだけ、アラが見えたのも確か。昨年見たときは、7月26日の項に触れているようにアフリカ/ファンクを取り込む前のトーキング・ヘッズなんかとも重なる感触を覚えたところがあり、ちょっとダダが入ったNYアート系ニュー・ウェイヴ・バンドは合い通じるところがあるのかなとぼくは感じたが、疾走感欠如の今回はそういう感想を持ちにくかったもんな。トム・ヴァーラインはソロ時代にジミー・リップを雇っていたこともあったなと、すごい昔話を思い出す。リップさん、82年神宮の野外でやったP−ファンク系セッション・バンドにもギタリストとして同行したんだよなー。彼、ミック・ジャガーでも来てるっけか。


23日(火)

ミルトン・ナシメント

 キーボード、2ギター、ベース、ドラム、パーカションというバンドを率いてのもの。最初の2曲はバンドだけのインスト、その後ミルトンが出てきて歌いはじめるが、一緒に出てきた白人女性ヴォーカリストがほぼデュエットという感じでフィーチャーされてて、おやおや。こりゃ、どーなることやらと案じたファンも少なくなかった? 途中から、彼が中央にいるものになったけど。ずんぐりむっくり、でもなんか愛嬌があるナシメントさんは、インコグニートのブルーイがすだれ頭のズラを被ったという感じも。その一方で、やはり一時代を築いた大物感覚もさりげなく出していたかな。

 最後は代表曲「マリア・マリア」で締める。やっぱり、心の琴線に触れ、鼓舞せされるちゃう広がりにあふれた曲。しかし、やっぱり、それを聞くと近年のアルバムに如実に表れているように、喉が衰えているというのを実感せずにはいられなかった。同様に音楽的にも……。南青山・ブルーノート東京。


21日(日)

ロイハーグローヴ R.H.ファクター

 南青山・ブルーノート東京。1曲目にいきなし、エレクトリック・マイルスのパターンで延々。おお、パブロフの犬になっちゃう。かっこいい。趣味の憧憬プロジェクトという実態を、そのオープナーは物語っていましたね。

 ディアンジェロ関連のバッキングをやって、ポップ側にも名を売ったジャズ有名奏者ハーヴローヴ(2003年2月18日)のソウル・ジャズ的プロジェクト。R.H.ファクター名を名乗るのは、素直に名前を出すと、まだジャズかと思われるのを危惧してのことだそう。

 キーボード2(うち、女性のほうは歌も)、ギター、ベース、ドラム2、サックス2、そしてトランペット/フリューゲル・ホーンのハーグローヴ。終盤はもう一人女性シンガーが入る。全員黒人。最後のほうはハーヴローヴも歌いまくる。全体的には、ソロもいっぱい回すソウル・フュージョンといった感じかな。2時間を大きく越える演奏時間でした。


19日(金)

映画『私の小さな楽園』

 ブラジル映画で、同国のソニーがお金を出しているような00年制作映画。渋谷・シネカノン試写室。

 ブラジルの北東部のなーんもない田舎が舞台。電気も水道も、豊かな自然もない(あるのは、索漠としたサトウキビ畑と荒れ地だけ)、寒々しい環境(普通の人だったら、それだけで暗くなるはず)のなかで描かれる、人間的とも言えるのかな、ゆったりとしたストーリー。私生児をもうけた女性が(その子供は、途中で父親である農園主に預けられる)、傲慢な老人と結婚し、別の人の子供もうけ、また別の男性の子をもうけ、でも彼女と3人の男性と二人の子供は同じ屋根の下に住み……。最後の場面は、その奇妙な均衡で成り立つ生活がこれからも続くことを暗示しているんだろうな。ロケ地は、現代ブラジル表現の一大宝庫であるレシーフェだそうだが、都市部は出てこない。

 キャッチーさや商業性から逃れた部分で勝負しようとする、かなり荒涼とした風景が続く、ダークな映画。でも、人間や社会の持つ不条理さを淡々と描いていくなかで、不思議な救い、ユーモアが生まれてくる。人間なんてどうなろうと生きていけるし、回りの時間もゆったりと動いていくだけ……みたいな、諦観を観る者に抱かせるか。妙な奥行きというか、含みを持つ、実話を元にしたという映画でした。

 過酷な、貧しい生活での唯一の潤いが、たまのダンス・パーティ(と、そこでのお酒)。その設定には、深く頷く。やっぱり、人間にとって重要なものと自分は関わっているのだと、思えたほうがヘルシーじゃん。音楽担当はジルベルト・ジル(ブラジル文化大臣なんだっけか?)。なかなか、合っている。ライ・クーダー的な才覚も持つのだなとも思った。


17日(水)

リズ・ライト

 ああ、通天閣〜ジャンジャン横町。夜、新横浜で降りて、赤レンガ倉庫・モーションブルーヨコハマ。ヴァーヴからデビューした23才のシンガー。まず、外見がいいナ。大柄で坊主あたま。肌の色はそんなに黒くないんだけど、ルックスはアフリカ的な美人、どっかの村一番の器量良し、みたいな感じ。イメージとして。そんな彼女は、シンプルなピアノ・トリオをのバッキングを得て、低めの声で悠々と歌う。多くはゆったりしたテンポの曲が多い。ある意味、年のわりにはコンサバな志向を持つと言えるか。でも、不思議な広がり、おおらかさ、ニュートラルさがある。そういう、普通ぽいんだけど、風通しが良くって、なんか今気持ちよく感じるわあという彼女のポイントはずっとライヴのほうが出ている。その微妙さに着目したのだとしたら、よくヴァーヴは取ったよね。


16日(火)

ビル・エヴァンス&ザ・ソウル・インサイダーズ

 大阪行き。前日に、阪神タイガースの優勝が決まって良かったナ。過剰な喧騒は……。野球はどーでもいいというぼくには(昔はそんなことなかったのになー)、阪神タイガースは読売ジャイアンツと同じ穴のムジナ、彼らを応援するのは程度の差こそあれ、同様のメジャー志向というふうにしか思えない。阪神ファンのほうがマゾ度は強いかもしれないが。ともあれ、80年代初頭マイルス・デイヴィス・グループにいたサックス奏者率いるグループをブルーノート大阪で見る。

 開演前に本人に取材したのだが、エヴァンスの話は意外なくらい面白かった。はっきり言って、実演よりも。彼の価値、それにより3割増し。マイルスからウィリー・ネルソンを紹介され(マイルスは70年に「ウィリー・ネルソン」という曲を吹き込んでいる。蛇足だが、カサンドラ・ウィルソンは新作でネルソンの曲を取り上げている)、その後ずっと付き合いがあること、昨年ナッシュビルでカントリー・アルバムを吹きこんでいること等、いろんな興味深い話がポンポンと出てくる。いろいろとやることが時期によって変わる人だが、ここ2作はわりとどすこいなファンク・ジャズ調路線を進んでいる人で、ハイラム・ブロックを特別ゲストにいれての今回もそれ仕様の出し物(と言いつつ、今年夏場の欧州ジャズ・フェス・サーキットは、ランディ・ブレッカーとの双頭によるソウル・バップのカルテットで回ったそうだが。ソウル・バップというのは、本人の発言による)。東海岸の人だけど、キーボードはシスコのサンタナなどのバッキングでも知られるトム・コスタ。やっぱり、いろいろ繋がりあるんだろうな。


15日(月)

マグネット
マシュー・ハーバート・ビッグ・バンド

 渋谷・クラブクアトロ。ノルウェーのベルゲンからやってきた、カウボーイ・ハットをかぶっている(ステージでは、途中から被った)お兄さんの個人ユニット。冒頭、生ギター弾き語り、2曲目はドブロの弾き語り。それから、3人のバックアップ・ミュージャンがついて、気負いなしでパフォームしていく。終盤、ボブ・ディランの「レイ・レディ・レイ」(カサンドラ・ウィルソンが新作『グラマード』でこの曲を取り上げている)をけっこういい感じでやったりも。なるほど、アメリカの素朴な音楽に対する共感がまずありき、そこに今の北欧感覚を差し込んで、ある主の現代的含みを持つひそやかなポップ表現に昇華させている人なのネと強く了解。そこには、音楽の持つ、好ましい飛躍〜移動の感覚があるよナとも。強い印象を与える人ではないが、こういうポップ・ミュージックはあってしかるべき。

 続いて、南青山・ブルーノート東京。マシュー・ハーバート・ビッグ・バンド。エレクトロニクス/キーボード(一曲だけ、洒落でアコーディオンを手にしたりも)を担当するご本人、音楽監督/指揮のピーター・ライト、3分の一ぐらいで歌った女性シンガーのダニ・シシリアーノに加え、トランペット4人、トロンボーン4人、サックス5人、そして縦ベースとドラム……総勢20名による。うち四分の三は近作と顔ぶれが重なる。

 面白かった。管楽器奏者はあんまりソロを取ることはなく、アンサブル中心。ジャズの部分イメージを好意的(悪意を感じさせたり、挑戦的だったりする感じはない)に抽出したものに、ハーバートの綻び電気音が干渉する。逆に、ハーバート発の音にビッグ・バンド音が絡んでいく、と感じさせるものもあり。ときにハーバートの干渉音はアート・リンゼーのギターなんかが持つノリを思い出す。そっかーと頷けたのは、曲によってはバンド・メンバー全員で新聞を破く音や姿を下敷き効果音/絵として使ったり、インスタント・カメラのシャッター音やフラッシュの光を聴〜視覚効果として用いたりしたこと。キッチュ。モトマスが足踏み音をステージで使うのと同様だが、音楽表現に枠を設けない開かれた感覚、人を食った飄々としたユーモアなんかをそれらはしっかりと感じさせる。もう少しノイジーで、もっとアヴァンゾキャルドなところがあってもいいとは少し思ったけど。しかし、ハーバートっておでこ広いなあ。


12日(金)

ジョアン・ジルベルト

 有楽町・東京フォーラムのホールA。魔法のボサノヴァの元締めにして、最良のパフォーマー。とはいえ、すげえよなあ、この大会場3日間とパシフィコ横浜だもんなあ。とくに、この日は早々に売り切れが伝えられていた。単独のギター弾き語りで、12,000円。うわあと思うオレは認識が甘いのか。ジョアンの才覚を低く見積もっているのか。

 開演時間を過ぎ、何度か<ジョアン・ジルベルトは只今会場に向かっています。開演が遅れますのでご了承ください>みたいなアナウンスが流される。ものすごい変人、気難しがり屋なんて言われる人だけに、その度にらしいなあ、みたいな苦笑、ざわめきが会場に漏れる。そういえば、いつ怒って帰ってしまうかも知れないから、1日目のチケットを買うと言っていた人もいたっけ。

 きちんとスーツを来た70才ちょいの老人がガット・ギターを持って登場する。つぶやくようにアリガトと言い、ぺこり。もったいぶらず、すぐに演奏を始める。パっと見る感じは、シャイな、適度にヤレた紳士という感じだが。知人から回してもらったチケットは、前から4列目。一挙一動がよ〜く見える。嬉しい。横のテーブルには、水(結局、飲まなかった)と時計とおぼしきものがおいてある。曲間はほとんど客席を見ないで、下を向いている。曲リストが床に置いてあって、次は何をやろうかと考えているようにぼくには見えたが。

 淡々と繰り広げられる、私のボサ・ノーヴァ。全盛期から見れば冗談みたいだが、やはり独特な味があり、ひきこまれる。ああ、この声、このギターみたいな感じで、接していて嬉しくなる。世界人類国宝のような人。お初だし、1万2千円でもOKと思えたのは確か。

 ゆったりしたテンポの曲が中心。リズムの不思議な絡み〜綻びが生む<ブラジリアン・ハーモロディック>という瞬間がある曲のエンディングでチラリと表れたときには、うひゃあとなった。鳥肌もの。昔はそういうのが延々と繰り広げられたときもあったんだろうな。1時間近く遅れて始まり(前日はもう少し遅れたらしい)、アンコールを含めてきっちり2時間はやったはず。


11日(木)

イエロージャケッツ

 あじい。ここのとこ、一体どーしちゃてんの。今年一番の暑さ? 暑いの、何がイヤと言えば、汗をかくこと。であると、この日、免許の更新に行ったりもしながら、確信した。それがなければ、多少暑くたって我慢できるんじゃないかにゃー。

 汗かきながら満員の東横線に揺られ、赤レンガ倉庫のモーションブルー・ヨコハマ。西海岸の長寿コンテンポラリー・ジャズ・グループ。まあ、フュージョン・グループと言う人もいるかもれぬが、普通のフュージョンにならない、骨っぽさやクールさや飛躍の感覚が彼らにはある。もっと、丁々発止してくれても良かったのでは、とは感じたが。


9日(火)

ポンティアック

 ポンティアックといっても、ほとんどの人が?であろう。アメ車のディーラーではない。ジョン・ルーリーの外し冗談ブルーズ・プロジェクトのマーヴィン・ポンティアックを想起する人も多少はいるか。日本のバンドです。

 ぼくが大ファンだった、ディキシータンタス(1999年4月23日、6月23日、9月30日)の二人がやっているトリオ・バンド。ただし、黒人音楽がヤラれた人がやっているという以外、直接的な連続線はあまりなく(過去の、よく書かれた曲はすべて封印しているようだ)、とにかくこっちは直線的に、がちんこで、よりロッキッシュにせまる。誰もがその音を聞いて思い出すのは、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンか。これから、どんどん変わっていくと思うが。なんにせよ、ぼくは応援したしたい! なお、彼らはもう少し柔らかくもアコースティックにせまる、スモール・ポンティアックというのでもライヴ活動をやっているそう。下北沢・ベースメントバー。


2日(火)

セルジオ・メンデス&ブラジル2003

 南青山・ブルーノート東京。ご存知、インターナショナル志向の、ボサノヴァ・ビヨンドのブラジリアン・ポップ〜ブラジリアン・フュージョンの先駆バンド。70年代〜80年代、彼のバンドはLAの腕利きセッション・マンの登竜門的存在だったこともあった。過去の功績を、無理なく(スリルなく、とも書けるか)、さらっと押し出す。小洒落たラウンジ味は思ったほどは強くない。それは、少し残念。3人いる女性シンガーは多くをユニゾンで歌う。それ、ちょっと子供っぽい印象を持たせるか。「マシュ・ケ・ナダ」などは、本当にいい曲。しかし、メンデスさんは顔はじじいだが、恰好は赤いパンツにアロハ。老舗の海の家の強欲オーナー、てな風情。