2002年1月
| 28日(月) |
| マニー・マーク |
| 会場の渋谷・オンエアイーストに向かおうと外に出たら、前方にパっと月があらわれる。ほぼ満月。じつはこの日は、いつにも増して仕事をこなしたゾという充実感が大アリで、寒くもなかったし、会場まで歩いていくことに決める。20分、月とお散歩……。 マーク・ニシタさんを主役とするライヴを見るのは確か3度目。昨年出た新譜はダメ盤だったが(来日記念盤『ラヴ・ステインズ』は大好盤で大推薦)、やっぱり、当然の如く素晴らしかった。なんと二管や2ドラムス、DJなんかを擁した編成によるもの。前座で、中国系カナダ人のキッド・コアラが回す。 ときにはギターを弾きながらを歌ったりも。しかし、ライヴを見て、やはり希有の人だと頷く。彼はジョン・レノンのような歌が作れ、歌える。でありながら、スライ・ストーンのような資質も持っている。それだけでも希有な人なのに、さらにはちょっと冗談ぽいながらジョン・メデスキ的ジャズと繋がったカっとびも出せる。そんな複合的な資質を持 つ人を彼以外、ぼくは知らない。しかも、だ。彼の音楽には子供のような無邪気さ、愛らしい音楽の輝きがしっかりとある。それが彼のすごいところ。掛けがえのないところ。 彼の音楽キャリアの表舞台は大工をやってて、ビースティーズのマイク・Dの家の門を直しにいって、彼と偶然話したことから始まったと『ラヴ・ステインズ』の資料に書いてあった。その話が事実なら、本当に人生とは奇なもの。神様がヘソを曲げなくて良かったあ。 マーニー・マークの魔法に乾杯。月に乾杯。 |
| 27日(日) |
| ブロンド・レッドヘッド |
| 青山・カイ。ニューヨークをベースとする、日本人女性とイタリア人男性双子による魅力的なトリオ・バンド。 ギター奏者二人とドラムス。でも、音的にはベース音やキーボード音もときに聞こえる。前者はギターで、後者はドラマーが出していたとのこと。本当はベース奏者を入れようとしたのだけど、合わなくて、しょうがないから3人でやるかと試行錯誤したらしい。でも、そういう変則編成(楽器だけでなく、男女や国籍という部分でも)も枠にはまりたくないという3人のしなやかな気持ちは出ているのではないか。ともあれ、いかにもNY産らしい、アーティスティックなギター・ロックを聞かせる。カズの歌は生だとちょっとビョークを思い出させるところも。ようは、好ましい奔放と訴求性を持つ。 そんな3人、とっても尖っていそうだが、取材したら、ほんわか気分のなごやかさんたちでビックリ。余計にファンになっちゃった。 |
| 24日(木) |
| ジョン・スコフィールド、チャーリー・ハンター |
| 今、ジャム・バンドという括りで米国では若年層に受けている、はみ出し傾向にある二人のジャズ・ギタリストのライヴを見る。それぞれ自分のバンドを率いてのもの。場所は南青山、ブルーノート東京。普段と異なる汚め、若い客層。 最初はチャーリー・ハンターのグループの演奏。1999年6月22日の項で書いているように、ギターとベースの音を一緒にやっちゃおうとしている人。ドラマー(鬼のように簡素なセットを用いる)とパーカッション奏者、サックス奏者を従えてのもの。けっこういい位置で見れて、彼の変速奏法をしっかり見る。といいつつ、そんな長い演奏時間ではなかったし、ギターを弾いてんなーという印象を強く残すものではなかったが。そのかわり、うーむと頷かされたのがパーカッション音に対するこだわり。2曲目からはジョン・スコフィールド・バンドのドラマー(アダム・ダイチ。見かけはまだ10代。ヒップホップ的装いで、ビースティー・ボーイズのデビュー時を思い出させる)もパーカションで加わり、打楽器X3で事をすすめる。おまけに、ハンターもサックス奏者も打楽器を手にする場面も。それで、ワシントン・ゴー・ゴーのリズムを延々とやったりもした。 そして、ステージ上のセッティッグを少しかえ、ジョン・スコフィールド・バンドが登場。イってる(傑作でもある)新作『ウーバージャム』の顔ぶれのままのライヴ。おお、こちらはスコフィールドを除くと若いし、けっこうヴィジュアル派ではないか。それは、チャーリー・ハンターのサイドマンと比べても明らか。演奏面でまず感心したのは、電気ベースのジェシー・マーフィ。彼は縦ベースもいけ、スコは4ビートやるときでも彼だけはメンバーに残すと名言していたが、癖のある電気ベースも魅力的。クラブ系の電気的低音も巧みに手弾きで出す。 現代的なファンク・サウンド(サイド・ギタリストによるサンプラー音はちょっと疑問の部分もあるが)のもと、スコフィールドも颯爽に弾きまくり。ちょうど1年前の同所でのライヴ(2001年1月11日)の5倍は良かった。やっぱ、スコはいい。信頼できると、認識しなおす。 最後にはそこにハンターも加わる。最後に加わってもパンデイロしか叩かない日もあるようだが、この晩はしっかりと(普通の、ベース音を出さない)ソロをとる。9時40分に始まり、たっぷり2時間。 |
| 20日(日) |
| 森山威男 |
| なんとなく、感動した! 60年代後半に爆裂山下洋輔トリオで名を売り、その後ずっと健在であるヴェテラン・ジャズ・ドラマーの演奏を新宿ピットインで聞く。サックスとリズム隊がついたワーキング・カルテットに、向井滋春(トーンボーン)と本田俊之(サックス)が加わった三管編成によるもの。実のところ、ヤクザ映画で穏健派の親分やったらぴったりきそうなルックスを持つ彼を生で聞くのは初めてとなるはず。やっぱ、俺、片手間ジャズ・ファンだナ。 ストレートな、強い、まっとうなジャズ。とにかく、サイドマンが彼のことをとんでもなく敬っているのが伝わってくるステージ。でも、それも良く分かる。とくに、最後のほうの彼のMCにはいたく感激。やっぱ、人柄って重要じゃ。それを聞きながら、ぼくもミューシャンやってて彼から誘われたら、もう一生ついていきますってなっちゃうんじゃな いかと思えたもの。それぐらい、朴訥で誠実な人間性が溢れ出るお話であり、それが演奏にも出ていたと思う。会場は超満員。でも、それもこんな人なら納得。音楽は人なり、なのでもありますね。 彼はこんなこともMCで言っていた。「いつでも、ライヴ(のある日)は特別な日」。いい言葉じゃないか! そんな味のある演奏を聞きながら、先日(1月15日)肺ガンで亡くなった老(79才)フリー・ジャズ・サックス奏者の井上敬三さんのことをふと思い出す。広島大学で、黄金の山下洋輔トリオの3分の1である坂田明の先生だった人。83年に彼のライヴを上野公園の野外ステージで見たことがあったんだが、彼はステージ横の池に最終曲を終えると飛び込んでしまったんだよなー。その不器用な感情の迸りの表出の仕方に驚かされるとともに、憧れもした。中年を過ぎてからからフリー・ジャズにのめりこみ、生真面目に(だからこその諧謔もあった)フリーであらんとした人…………。…………。…………。…………。…………。そのライヴを見た晩、ぼくは人としてあまりほめられないことをした。犯罪ではないが、少なくてもぼくの主義に反することではあった。後味わるかったので、よく覚えている。でも、今ならそうはしないだろう。齢を重ねてなんだかなーと思うことは多々。でも、損になってもオイラで行こうとあっさり腹をくくれるようになったのは、本当に歳をとって良かったなーと思えることだナ。 やっぱ、小器用に生きちゃいかん。 ところで。文体が微妙にチェンジしちゃいますが、ぼく、最近わーって感じ。実は井上先生がお亡くなりになった晩に飲んでいて、話が盛り上がり、ある啓示を受け(?)、次の日からいい加減気味ではあるものの、それをゲーム感覚で実践してたりするんですねー。ちょっとフレッシュな日常にして、うーむもしかして今年はひとあじ違うんじゃないかなんて思いもほんの少しではあるが感じて、多少は辛くもあるんですけど、なんとなーくハリのある日々を重ねる今日このごろ。実はそれは、ぼくをライヴの場から遠ざけかねないものでもあるのだが、はたしてどーなるやら。ともあれ、自分で自分が楽しみ。もし、そのまま遂行できちゃったら、そのキッカケとなった15日の晩(異常なぐらい、あったかい夜!)を物忘れの激しいぼくであっても忘れないだろう。なーんて書いていると、すごいことやろうとしてそうだが、そこはオレのこと、ぜんぜん大したことないんだけどネ(笑)。あ、それから、今年から青色申告用に現金式簡易帳簿つけてるのも目新しいコト。これも新鮮。なんか、家計簿おばさんやってる気分。でも、去年分の申告の計算/記載だれかやってくんないかなー。ぼく、とてもじゃないけどあんなの自分じゃできまっしぇーん。って、矛盾しておるなー。 あー、器用じゃないけど軽い、オレの人生。ははは。 |
| 13日(日) |
| バッファロー・ドーター |
| うわ。ほぼパーフェクトのパフォーマンス。いやあ素晴らしく示唆され、浮かれさせられた。ロックであること(の普遍性)と、今のロックであるために必要とされる非ロック的な方法論をこれだけ見事な整合性を持ちつつ表出できるバンドがどれだけあるというのだ! そして、そこからこぼれ出るのは、しなやかに時代を漂流している感覚。その清新さ、なにものにもかえがたいよなー。なんか、見てる途中でデイヴィッド・バーンもこれを見たら微笑むだろうナと唐突に思う。トーキング・ヘッズが一時期(80年前後)担っていた身体性の重要さ意識しての英知冒険ロックなるものの、2002年版と言えるものを彼女たちはまさしくやっていると感じたから、かな? ステージ後方に映し出される、映像も良かった。こんな素敵なことを同胞がやっている、世界の奴らザマーミロ。ぼくはほんの少しだけナショナリストにもなっちゃった。それからかなり上手な演奏にも感じたな。けっこう、インプロヴィゼイショナルだと感じる部分もあったし。あの良くできた新作よりも、ぼくはライヴのほうが気に入りました。 おそらく、今年のナンバー1の公演になるのでは、とも思うぐらい、嬉しいって感じて身体を揺らし、飲む。そのあと、オーガニック・グルーヴを見に行く予定がそのまま、飲んでしまう。ああ、今年もお酒には流されまくるのか。 |
| 9日(水) |
| リチャード・ボナ |
| 南青山・ブルーノート東京、カメルーン出身のベーシスト/シンガーのワーキング・バンドが出演。ほとんど曲はヴォーカル・ナンバー、カメルーン仕込みのフレイヴァーとフュージョン的洗練を重ねたパフォーマンスを聞かせる。ジャコ・パストリアス・フリークとして知られる彼、最後の曲はウェザー・リポートのカヴァー。普通、他人の当たり曲で本編を締めないよなあ(1時間半ぐらいの本編でアンコールなし)。柔らかい光の感覚を伴う、その柔和さは彼ならではのものだと思うが、ぼくにはフュージョン臭が強すぎるナ。キーボード奏者が少し若いときのデイヴィッド・マレイに似ていて、ほんの少し嬉しくなった。 |
| 8日(火) |
| スピリチュアライズド |
| いやーん。浮かれている間に世間はけっこう通常モード。ちょっとお尻に火がつきぎみ。普段、まず締切りをやぶらない早筆の私であるが、週明けにもらえると有り難いと言われていた複数原稿を約15000
字分いまだ抱えていたりする。うひゃ〜。 スピリチュアライズドの新作は、この日ライヴに行く前に初めて聞いた。おそっ。目先の仕事においまくられて、聞きそびれていた。が、そうであってもライヴはチェックしたいと思うワタシでありました。 ……数年前にとにかく自任するようになったのは、義務感を持って音楽を聞くのはやめようということ。以前は欲深〜い知識摂取欲もあり、これは参考になるかもしれない、対象を理解するための一助になるかもしれない、やっぱコサレは聞いておかなきゃなぞと思いながら、チェインドランカーの如くレコードを購入し、日常生活を犠牲にして(笑)のべつまくなしにレコードを聞いていた。それが快感だった。で、当然のことながら、ほんとレコード屋が好きだった。レコードを探していると手が汚れてくるが、昔はその指の汚れがいとおしく思えたもんなー。マジで。であるぼくだったのだが、今は必要以上にレコード屋に足を向けないようにしている。行けばやっぱ買いたくなるから。買えばいいぢゃん。でも、聞かないんだよねー、いや何故か聞く時間がない。それって聞きたいと思う対象が増えている&コレクション数がどんどん増大しちゃっているというのが最大の理由であると考えられるが、それとともにあんまりモノを所有しちゃいけないと思うようになったことも大きい。ぼく、音楽ソフトに限らずモノに対する所有欲はげんざい限りなく小さい。貴重盤でも、もし欲しがる人がいたらあっさりあげちゃったりする。そんなふうに思うようになった決定的な出来事は関西大震災が起きたこと。あの惨事の報道ニュースを見て、いろんなものを悦にいって揃えても大地震が来たら一発でなくなっちゃうんだよなー、虚しいなー、だったら労力や財力は決して壊れることのないもの〜体験や経験といった無形のものに注ぎ、ぼくの身体のなかに蓄積させたほうが良いとぼくは思うようになったのだった。エリック・ドルフィーの有名な言葉ではないが、空に消えてなくなるなんて粋じゃないか。そした ら、ぼく物忘れ激しくって、ある意味キャパは底無しであったんだけど(苦笑)。それに現実問題として、オレそんなに狭くない住居に住んでいると思うのだが物理的にブツを置く場所がもうなくなりつつある。なのに、聞きもしないCDをバカバカ買う阿呆がどこにいる。昔は資料になるとか思って買い、事実買っててよかったァとなることもあることはあったが、今は置いとくと見つけられなくなっちゃうからなー(それって、ストレス溜まる)。だったら、買うな。お金は別の楽しみに使え、ですね。って、音楽を聞く時間がないという話から、だいぶズレてきたな。まあ、ようは音楽ソフトを買いこみすぎるな、家に籠もって音楽を聞きすぎるなと思うようになっておるということなのであります。でね、のべつまくなし音楽を聞きまくることだけが善ではない〜それだけが音楽に対する感覚や理解度に磨きをかけることに繋がるわけでもない〜と、音楽の物書きの仕事を続けるうちに思うようにもなったわけ。まあ、音楽に触れることがトップクラスの楽しみになってすでに30年、とんでもない蓄積を持ってるよなあと思うからこそ胸を張って言えるのだが。それに、無理しなくてもオレはいい音楽と出会う星の下にあるというおバカな自負も多少はあるし。そういやあ、この仕事を続けていくなら音楽を聞くことだけに楽しみを求めてはいけないと認知したのは10年ぐらい前にスキーに物凄くはまったときだった(学生時代はロッカーはスポーツやっちゃいけないと思ってて、彼女に誘われても絶対に行かなかった)。ザアって思いどおり滑り下りるのってバンドでガツンっと上手く行ったときと同質の快感があるぞと感激したりして、と同時に自然の物凄さに触れたりもして(本当に凄いのよねえ)、あんときこりゃ音楽の聞こえ方が変わるゾとしっかり思ったもん。そう月並みな言い方になっちゃうが、やっぱりいろんなことを体験したほうが豊かに感じることができる。音楽の聞こえ方だけでなく、文章の書き方にも幅が出 る。うーむ、それにならうとめちゃセックスやっている人は実は凄い聞こえ方がするのかもしれない。なんて書いていると、結局はドラッグ摂取の事項に辿り着いてしまう……。 なんか、新年スペシャルで(笑)行替えなし一本勝負でとりとめもないこと書いてしまったが、スピリチュアライズドのたがが外れたような妄想を精緻にかたちにし直したような音をどう生の場で再現するのかしらんと渋谷・アックスに行ったわけですぢゃ。そしたらさ、プレイヤーがぞろぞろと出てきてなるほどにゃーと納得。木琴兼打楽器奏者や6人ものホーン隊(うまかったらその半分でできるようなことをやっているが)がいるなど、総勢13人もがステージ上に登場。事情通によれば英国ではさらに荘厳なコーラス隊もついたりしちゃうそうで、ずげえぞ人海戦術。おまけに量でも勝負ということではないだろうけど、2時間をはるかに超える演奏時間。ファンなさらさぞ嬉しかったろうて。ぼくにとってはメロディもヴォーカルの質もいまいち身近に思えないところもあるが(それも、新譜即チェックに向かわなかった理由か)、正の奇妙さをじわじわと放出していたのは間違いないないし、もう一つの極北のビーチ・ボーイズ、極北のゴスペルと言いたくなる演目もあったと書けるところあたり、やっぱり見所ある存在なんでしょうね。いじょう、カエターノ・ヴェローゾの新作2枚組ライヴを聞きながら。 |
| 5日(土) |
| インプログレ、DCPRG、 KANKAWA122 |
| 新年、なんかいいなー。けっ、たかが365 日のなかのパートにすぎないじゃないか。と、斜に構えたがるワタシはではあるのだが、やっぱしな〜んとなく、ネ。同じ飲み会でも、忘年会と称するものよりも新年会のほうがどこか気分的に晴々、うれぴー。 この日も一つこなしたあと、吉祥寺のスター・パインズ・カフェにオールナイトのイヴェントに行く。会場に入るとすでにボンデージ・フルートゥは終わっていて、インプログレなるユニット(吉田達也とホッピー神山とナスノミツル)がやっている。すりすりひゅー。さっそく、赤ワインをボトルで購入(3000円)。なんと、甲府のワイン。クセのない味。酔ってるアタシに分相応? 意識してワインに接するようになって、初めて国産モノを飲んだよーな。 会場はかなり混んでいる。オトコ占有率、高い。ミュージシャン率も高い(まあ、出演者の数も多いしナ)。1時すぎに、菊地成孔ひきいるデートコースペンタゴン・ロイヤルガーデン。ぐりぐりぷー。 3時ぐらいに、ヴェテラン・オルガン奏者の寒川敏彦が小僧どもと組んだ新ユニット、KANKAWA122。本人のサン・ラー風いでたちはともかく、これがなかなかかっこいい。ごりごりぎゅー。 あ、それから、昨年末のハンコック講演原稿の訂正。レニクラのバンドで叩いていたのはシンディ・ブラックマン(ワシントンGO GOサークル出身のドラマー。一時マイルス・バンドにも在籍)で、テリ・リンではあらず。黒人女性ドラマーということ以外、なんの共通点もない。あちゃー。ええん、またケアレス・ミスやっちゃったー。やっぱ、アタマ壊れてきてるなあ。まずは勢い第一だが、気を付けます。 日曜、爆睡。なんか、いー年になりそうだ。 |