2001年1月


31日(水)

ジミー・スミス

 いやー、新世紀があけて1週間強たって以降、かなり寒い日が続いていたが、ここんとこそうでもなくて何よりぢゃ。

 大笑い、じじい。これ、賛辞の言葉ですが。ご存じ、オルガン・ジャズの創始者、相変わらずの独善的パフォーマンスをぶいっと。もう、テキトーな日本語を混ぜたMCもそうだし、ちょっと危ないモン食っちゃたかなというジェスチャーもそうだし(今回は控えめだったかな)。それがあったかく、いい味。ワンパターンな書き方になるが、ああ黒人音楽的エインターテインメントの重要部分に触れているなあと思わせられちゃう。

 その一方、プレイはちゃんとしている。昔の溢れ出る感じは当然ないが、一度弾きだすと、ブルージーかつファンキーな塊がするするって聞き手側にやってくる。嬉しいっ〜。まあ、彼にとっては痒いところ無造作に掻くのと同じようなものなのかもしれないが、やっぱ持っているもの、積み上げてきたものが違いすぎるという感じ。足(フット・ベース)のほうも確か。実は新作『ドット・コム・ブルーズ』(ヴァーヴ、かなりの傑作。推薦)はすべてベース奏者(ライ・クーダー他でお馴染みのレジー・マクブライド)が入っていて、足が衰えてきているのかなと思ったら全然そんなことはなし。で、今回はレコードと同じマクブライドが同行している(初日当日にケブ・モのツアーを切り上げてやってきたという)にも係わらず、彼には最後のほうで2曲加わらせただけ。レコードにおけるベース奏者参加はアタックの強い音を求めるプロデューサー(BBキング、タージ・マハール他、ブルージーもの扱いに強いジョン・ポーター)の配慮であったのがよく判った。

 今回は特別編成のバンドにての来日で、やはりその新作でなかなかのプレイを聞かせていたユニヴァーサル契約ギタリスト、ラッセル・マローンが同行。若いときのメイシオ・パーカーとシドニー・ポワチエを足したような円満な顔つき。それは良かったんだけど、プレイはおとなしかった。

 スミスはオフも基本的には同様ノリの人。長島茂雄をもっと子供っぽくし、少しモーロクさせたような感じの俺様さん。で、それが、ブルーズマン的ないい味(なんか嬉しい不条理さ、とも言える)をかもしだす。取材したとき、俺は72歳じゃあと言っていたが、ずっとバイオでは1925年生まれになっていたはずだが。じいさん、今更サバよんでどーすんの。そんな彼を外でやさしく見守るマネージャーは元プロレスラーだったとういう息子さん。なるほど巨漢。おやじは痩身。なんか自宅の階段から落っこちて鼻の横を縫ったとかで傷が痛々しかったが、まだまだ生きると思う。ここのところ、ずっと彼は年1回のペースでブルーノート公演のため来日しているが、機会があったら見ても損はない人のはず。リヴィング・レジェンドの域に少し入っているかな。

 インタヴューの最後に、生まれ変わったらまたオルガン奏者になりますかと聞いてみた。「おうよ。もしくは鷹だな。鷹みたいに、見下ろせたら最高じゃないか」。同様の質問、マーク・リーボー(1月19日)にもしている。彼は自嘲ぎみに含み笑いしながら、「俺、虫でいいよ」。


29日(月)

ティーン・エイジ・ファン・クラブ

 グラスゴーの青春ギター・ポップ・バンド。さりげなさのテンコ盛り。コンサート終わったあと、飲みに行った場で赤尾美香嬢が一緒に歌っている男とは絶対付き合えない、とゆーオトコギあふれる(?)発言をしておったが、それは判る。ぼくが感じる観点と同じかどうかは知らぬが。いい曲書くとは思うが、ぼくは外様でけっこうですワという気持ちをなんとなく抱かせるバンドではありますね。

 そんなぼくが今回彼らに取材したと書くとムっとするファンもいるかもしれないが、分別をわきまえたいい人達。いい感じ。答えもしっかりしていたし、彼らはあれでいいかもナと思えたりもしちゃった。いい加減と言われるかもしれないが、かなり彼らとの距離が縮まったところありましたね。でも、人間なんてそんなもん。別に開き直るわけじゃないが。だからこそちゃんと評価を下そうとするときは、しっかり目を開きなさいと自戒するわけです。

 過去の公演同様、実演はライヴならではのプラス・アルファを求めるものというよりは、曲をまあまあ忠実に(ハモリなんかはなかなか)、誠実に開いていくといういうもの。だけど、実際に生身の彼らが目の前で感情移入しやすい楽曲を開いていくだけで、ファンがうっとりしちゃうのはなんとかく判るような気も。まあ、冒険心やグルーヴだけが音楽の生命線ではないし、ね。

 ちなみに、ステージ上のメンバー3人は、新作『ハウディ』のジャケットの並びと同じ。ついでに言えば、取材のときも座る順は同じであった。偶然かもしれないが、それも彼ららしい。ちなみに、ライヴではちゃんと歌うジェラルド・ラヴは取材のときは他の二人にまかせてほとんど喋らない。シャイな顔して、ポツンと座っているだけ。でも、それもらしいかな。

 会場は渋谷のオンエア・イースト。さすがに満員、ギチギチ。途中、トイレに行きたくなって(ここは缶ビール、4種類おいていて、他のハコから比べると偉いっす)外に出ようとするがなかなか進めない。ほんと、まいるよなあ。で、戻ってきたら来たで、なかなか中には入れないし。


19日(水)

マーク・リーボー・イ・ロス・クバーノス・ポスティゾス、ファット

 NY地下シーン育ち、もっとも信頼できる感性を持つギタリストの“贋キューバ音楽”バンドによる来日公演。シエラ・マエストラもそうだが、彼のこのプロジェクトも日本で見れるとは。いやはや、ありがたや〜。

 渋谷・クラブクアトロ。どんな顔ぶれで来るのかと思ったら、きっちりとレコーディング面子を汲むもの。リーボーにアルセニオ・ロドリゲスの存在を教えたという古い仲間でもある腕利きアンソニー・コールマン(オルガン)、そしてジャズ・パッセンジャーズのブラッド・ジョーンズ(ベース、プライム・タイムのメンバーでもある)とEJロドリゲス(打楽器)。そして、なんとかエルナンデスさんというドラマーは新加入で、掟をやぶり(笑)キューバ人なのだとか。

 いやあ、洒脱ないい演奏。修羅場を潜った先にある……。なんか、すこっーんと抜けてて、いいなあ。シャープさや生真面目さが下敷きにある、嬉しい人間味ありました。途中からもう踊りまくり、手拍子でクラーヴェを入れるとどの曲も気持ち良かった。なんか、そのバカさ加減を生み出す温床となったNY自由地下シーンにも最敬礼。それなりに、追ってきて良かったァともしっかり思う。

 あの98年作のジャケにあるように座って弾くリーボーさん、かっこいい(後日、取材で会ったら、38パーセント減ではあったが)。飄々、なんか、いろいろと彼のなかで音楽観も大きく変わってきているのではという気もした。その内にある姿勢としては、NRBQいらい(1999年5月22日)惚れちゃったかも。リーボーの歌は脱力系でアート・リンゼーぽい。彼ってリンゼーに強く影響を受けているが、歌のほうもそうなんですか。

 気持ちよく飲みに流れようと思ったら、入口で高橋健太郎さんに声をかけられ、彼が扱っているファットのストリート・ライヴに拉致される。渋谷・西武デパートのA館とB館の連絡通路の下に、彼らは位置。なるほど、ほどよい音の返り得られるのかしら。だが、横でやはり3ピースのロック・バンドもライヴ中。おやおや。お客の動員はファットの圧勝。テーパーも少し、でもこの日は録ってもしょうがなかったんじゃないかな。横のバンドの音もがんがん入ってきて。

 だけど、見て良かった。それは“生”のファット音に触れられたということで。前回見たとき(昨年12月17日)と違い、この日はサックスは生音のみで、かなり曲の印象を決めたりするそのサンプリング〜ループ音は一切なし。だが、それがとっても良かった。まっとうな、グルーヴたっぷりの現代ジャズ・バンドって感じががんがんに出ていて。もうストロング。前回のライヴに、他の楽器が欲しいというようなこと書いたが、効果音なしで3人ががっちりかみ合ったこの晩の演奏を聞くかぎり他の音なんかいらん、この3人だけで突っ走ってほしいって感じがほんとしたもの。変に効果音が入ると、もっとメロディ楽器音が欲しくなるのだな、ぼくの感性においては。ドラムスはバスドラとハイハットとシンバル2枚とカウベルだけ。でも、やっぱり気持ちいいビートであった。あんまり、凝らずに、ストレートに行ってほしい。それが、切なるぼくの願い。それでも、あなたたちはしっかり今を闊歩できるはず。


16日(火)

リーフ

 やっぱ、男は黙ってロックンロールぢゃ。実はここ数日、風邪気味で微熱あるような気もし、夜に入るとそれをお酒で誤魔化していたりもするのだが、ポワーンとした頭でしっかりそう思う。<BR><BR> 11カ月ぶりの来日。もう4度目かな、彼らを見るの。大きな変化は、女性バッキング・ヴォーカリストがついたこと。それと関係あるかどうかはいまいち分からないけど、これまでより王道っぽいというか、じじいっぽいというか、まったりした部分が出てきた部分はあるのではないのか。それと、リード・ヴォーカル君の髪が短くなっている。遠目にはちょっとサーストン・ムーア的だったりして。以上、赤坂ブリッツ。<BR><BR> 酔っぱらって家に帰ってから、ものすごーく久しぶりに楽器類を触る。バンドやりたいのか、俺は。学生時代、ストーンズぽいのばかしやってからな。


15日(火)

シエラ・マエストラ

 昨年暮れからやっている新しいハコ、渋谷・AXにて。どんな会場なんだろうと楽しみにして行ったら、なんと代々木球技場の会場内とおぼしきところにある。ありゃあ。どういう経緯で空いている土地にあれが立てられたのか。なんか不透明な構図が見えるような気もしたが、それはぼくが世間知らずだからということにしておこう。

 会場前には冠についているキリンのラガー・ビールのでかいフィギュアが。ステージ横のPAの上にも置いてある。そこまでするんだったら、ビールを安く提供してほしい。しかも、今回はセコく消費税上乗せでお金を取っていた。525 円。あれ、キリンの意思ではなく、あのハコに入っている業者の意向という感じもあったが、キリンのイメージ悪くしましたね。で、ジン・トニックとかのカクテルは少しサーヴしていたようだが、ここもお酒でちゃんと商売しようという意思感じられず。ストレートな(?)酒ってビールだけ。悲しくて、声も出ない。

 赤坂ブリッツを一回り小さくした感じのハコときいていたが、なるほどそんな感じ。縦の長さが短いか。ここも期間限定っぽい、少し安っぽい作りながら、ブリッツよりかは少しまっとうな質感を感じさせるところあるかも。まだ出来たばかりで綺麗だからそう感じたのか。この日は、一階席の半分強は椅子席でした。

 ともあれ、シエラ・マエストラ。なつかしい。ぼく、サルサはそれ以前に買っていたけど、キューバものとしては初めてレコードを買ったグループ。80年代中期にビクター音産から日本盤出たことあったんだよなあ。そのころは、ソンを爽やかに自分たちのものにしているアマチャーの新進グループと売り出し中だったわけだが、ずっと年輪を重ねていたのね。

 9人編成だったか。管はトランペット(彼だけ世代が違うように思えた)のみで、これは昔からそうだった。声とギターと打楽器の絡み合い〜相乗で、味とノリをグイグイ出していく。なんか行儀よく座って見ているのも、なんだかなあって感じは濃厚。グラスをおいた丸テーブルを囲んで寛ぎながら見るって感じだったらまた別だが。オレはなんとなく最初いごこちが良くなかった。でも、それはシエラ・マエストラ側も同様だったのでは。途中、アップテンポの曲で場内が明るくなったのを機にけっこうな人が立ち上がって以降、メンバーもより笑顔になって、演奏のノリもよりのびのびといい感じになったような気したもの。

 以後は、味わい深く、重厚に。細かいことはなんも説明できないが、いい気分いい気分。本場現役のだいご味のようなものはばっちり味あわせていただきました。


13日(土)

リンプ・ビズキッド

 幕張・メッセ。駐車場に止めると、前の車が米軍のナンバーがついているクルマ。おお、リンプやなあと思う。たしかに、米国人目につきましたね。

 ところで、会場がいつも音楽公演をやっている場所と違っていて非常にとまどう。同様に、公演会場が分からなくてウロウロしている小僧どもがけっこういたりして、もう少し場所案内の仕方を考えてくれてもよかったはず。

 ともあれ、やはり飛行機の格納庫のような場でのコンサート。1万人強のオーディエンス。音は小さめだったが(会場の音響の問題があるのか?)、けっこう声はよく聞こえた。ステージ美術などは非常に簡素。この手の規模のものとしては珍しくモニター・スクリーンはなし。まあ、それはいいとして、ステージがあと1メートル高いとどこかでもきっちりステージが見えるんだけどなー。でも、前の人は見上げる感じでしんどいか。

 ロック的ギザギザとラップ的屈強さの掛け合わせ。まあ、今の産業ロック最たるものという感想と、やっぱロックは黒人の発明ブツの後にあるのだナというという思いがふつふつ。

 手慣れたステージング。発散を促す、様々な“鍵”を埋め込んだ表現がサーヴィス満点に送り出される。フレッド・ダーストのMCは日本語ですぐに通訳される。思ったほどダサい感じになってなかったし、やっぱ言っていることが逐一分かるのっていい。まあ、煽り文句ぐらいで、大したことは何も言っていないのだが。途中で女の子を沢山ステージに上げたり、メタリカの曲をやったり、ダンサー軍団をフィーチャーしたり。そして、最後にフレッドは会場後方にある“島”に来て歌ったりも(ペットボトル、ぶつけられてましたね)。デカい会場の“遠さ”Aカヴァーする、一つの手段。あれ、どうやって移動したのかな。


11日(木)

ジョン・スコフィールド

 青山・ブルーノート。ありゃ、すいている。(デカいほうに引っ越していらい)これまで行ったなかで一番入りが悪いかも。どんな出し物でも、かなり混んでいるのに。それとも、世間ではまだまったり正月モードなのか。スイートベイジルのとき(1999年5月11日)も強烈に入りが悪かったが、ジョンスコ人気なんてそんなものなの? 悲しいのお。

 新作『ワークス・フォー・ミー』はビリー・ヒギンズやブラッド・メルドーらを起用しての自分なりのアコースティック4ビートのりのアルバム(ぼくは相当買ってます)だが、来日公演はそれとは違いジャム・バンドのりのものと喧伝されていた。でも、それを強調するものでもなかったよな。そんなにグルーヴィじゃなかったし。まあ、これまでのジョンスコを少し違う編成でやってますという感じ。ジョンスコ好きには問題なかったろうけど。彼に加え、ギター、ベース(生/電気両刀)、ドラムス。サイド・ギタリストとドラマーは一部でサンプラーも使用、だがあくまで使用という感じで、それが音楽的発展につながっていたかというと、んなこたあないんじゃないのって感じだったが。

 スコさん、フレイズ少しまんねり。そして、それ以上にちょっと寛ぎすぎ。どこかツメが甘い。もっと、グリグリ行ってくれよ。


10日(水)

LSK

 渋谷・クアトロ。昨年ライヴを最後に行ったのが18日だったので、20日以上行っていなかったことになる。だから、どーしてたってことでもないが。でも、ゆっくりできた年末年始ではあった。楽しいことけっこうあったし。

 LSKの来日ライヴは昨年のショーケース・ライヴ(10月14日)に継ぐもの。ギター、ベース、ドラムス、DJ、サンプラー、5人編成のバンド(それにプラスして、まだ19才だという妹がバック・ヴォーカルで付く)はめそのときと同じもの。DJやサンプラー奏者がいてもキーボード奏者を入れていないのは、音楽的効果を狙ってのものではなく、単にいいナと思えるプレイヤーが周辺にいないだけで、本当は入れたいのだとか。

 そのデビュー作『LSK』は聞き手のなにかをさらりと刺す綻びや儚さのようなものがソウル応用音楽の水面下に流れていて、うーむと唸らせれたりもしたのだが、実演においてはそういう感触はなし。もっと、彼は屈託なく、ストレートにモノをすすめる。そして、ライヴだとよりヒップホップ的な志向を強めたりもする。前回のライヴではバンドがダメという話もあったが、今回はまずまず。彼のまっとうなソングライティング能力やまっつぐな歌の力をきっちり出していた。途中でアコースティック傾向で2曲、もっとやってもいいかも。やっぱり、シンプルなこっちのほうが訴求力は大きいかな。声もちゃんと伝わるし。