2000年12月
| 18日(月) |
| ズボンズ/ブラック・ボトム・ブラス・バンド |
| 新宿・リキッド・ルーム。まず、ニューオリンズ・スタイルのブラス7人組、ブラック・ボトム・ブラス・バンド。見たかったバンドが見れて、素直にうれしい。リズムと低音管楽器がちゃんとしているので、そのうえで何をやってもはまる。気持ち良く高揚させられた。新鮮味もあって、ぼくはこの前に見たギャクティック(12月7日)よりも……。 そして、ズボンズの登場。なんかよくわからないが、とっても良かった。今まで見ていたなかで間違いなく一番。えらくテンションが高く、ぐいぐいと引きつける。ときに感じていた、ヴォーカルの弱さもこの晩は気にならず。いや、アイツがギターと一体化して声を出さなきゃ誰が出すと思わせられるところあった、と書くとちと誇張になるけど。とにかく、俺にとっちゃ、ある種理想の、グルーヴ感たっぷりの心意気ロックンロール。ちょっとした溜めとか間とか、汚れや綻びの感覚とか、共感できちゃうんだよな。 そして、アンコール2曲はブラック・ボトム・ブルース・バンドの管楽器4人が加わる。じつはその重なりにも新鮮な化学反応のようなものを期待したのだが、わりかし常識的な線でそれはなし。少し残念。 あっはっはー。そのまま、気持ちよく飲みに流れ、最後に行ったバーで、客がいないのをいいことに、リトル・フィートの77年のドイツでのライヴ・ヴィデオを見せてもらう。やっぱ、あのころは良かった。思っていたより、ローエル・ジョージは太っていなかった。ともあれ、先の来日公演(12月8日)で芽生えていたフィートに対する不信感が一気に吹き飛ぶ。ああ、良かった。やっぱ、飲めば海路の日和あり、だな。あ、なんか、この言葉いい。当分、座右の銘にしようか。……と思っていたら、うちにテスト・テープが届いていて、見たらそれと同じ。パイオニアLDC から2月9日にDVDで発売、『ロック・パラスト・ライヴ』(PIBP-5014)。なんだ、飲まなくても関係ないじゃん。ちぇっ。 |
| 17日(日) |
| オーガニック・グルーヴ |
| 今回は非オールナイトで、原宿・アストロホールにて。何がいいって、この会場は禁煙なのだが、この日はそうじゃないのがちょっとイヤ。入口でご親切にも、米国製タバコのサンプルと携帯灰皿を配っている。でも、会場内劇混みが逆に幸いしてか(人が密着していて、煙草が吸いづらいだろうて)、思ったほどは気にならず。そのぶん、別なハッパの匂いには敏感になったが。 まず最初に出てきたのは、サックス、アコースティック・ベース、ドラムス3人組のファット。やっぱ、ドラムがすごいね。打ち込み的な美点と生の美点を兼ね備えた、立体的といいたくなるそれを叩き出してて。ただ、音のヴァリエイションがトリオだと限定されすぎ。今、真面ジャズの世界だって、サックスとリズム隊というトリオでやってる人達なんて滅多にいないからな。それゆえ、サックス奏者は自分の音をサンプリングし、音をコントロールしループし、そのうえにまた生音を重ねたりもするのだが。でもやっぱり、ぼくはコード楽器を入れたほうがいいと思う。まあ、ストリート・バンドであることに誇りを持っているようだし、余分な楽器を入れずに、新しい地平を求めたいという気概も分からなくはないが。後半は、二人のジャンベ奏者が加わる。いろんな奏者とのコラヴォレーションというのも、ぼくはもっと見てみたい。それと、さらに広い層を相手にしようとするなら、もう少しメロディの立った演目があっていいとも感じた。下世話な意見ですが、有名曲のカヴァーもありなのでは。それをファット流の回路で解体した末に再浮上させる。それ、彼らの特質がくっきり出ると思うけど。 続いて、弾き語りの人、ケラー・ウィリアムス。入口の売店見たら、いろいろCD出しているんだね。基本はアコースティック・ギター片手に歌うというものながら、いろいろな機材を駆使し、はったりをかませる人。最初はファットのサックスのように、ギターの音をとって、それに生音を重ねていたのだが、そのうちヴォーカルにハーモニー・ヴォイスはつくは、勝手にベース音は聞こえるは……。横にいた機材関係に詳しいだろう高橋健太郎さんも首を傾げていたから、ぼくに分かるはずもない。彼は大道芸みたいと言っていたが、ぼくも同感。と、思っていたら、後半本当にそういうパフォーマンス(ボーリングのピンみたいなのをお手玉する)をしたりも。ま、いろいろあらーな。 そして、当初のタイムテーブルより1時間以上遅れて、ボストンをベースとしているらしい、スリップの登場。ぼくがすぐに思い浮かべたのは、「アメリカン・ガレージ」のころのパット・メセニーをもう少しロックっぽくというか、ロック的ギザギザをかませた、といったもの。三者ともそれなりの技量を持ち、きっちりやりとりしようという意思はたっぷり感じられた。ビール品切れ、その前半で会場を去る。 |
| 16日(土) |
| 清水靖晃サキソフォネッツ |
| 錦糸町・すみだトリフォニーホールにて。物凄い音楽的才能あるサックス奏者による、イってるクラシック(といっていいのか)の公演。バッハのチェロ曲をサックスに置き換えて演奏する。独奏演奏とともに、最高それにプラスして8人のサックス奏者が付く。我が道を行く、ヒップな芸術。ある種、サックスによる響きの実験。クラシックではご法度だろう、サブトーンを活かせた奏法などもときに見せたりとか、クラシック流儀のなかでの自分の開き方をきっちり会得したんじゃないか。途中寝たりもしたが、ちょっと励まされる。しかし、遠目には清水靖晃って、老けないねえ。それと、やっぱ立派なホール。ステージ裏のパイプオルガンの偉そうなこと。この公演、行くつもりでいながらいろいろで気乗りしなかったのだが、オトコギ出して行って、良かったと思う。即売CD、やたら売れていた。 |
| 15日(金) |
| ロニ・サイズ・レプラゼント |
| 恵比寿・ガーデン・ホール。前回の新宿リキッドでの深夜ライヴをそんなに覚えているわけではないが、より良かったのではないか。モニターやキーボードを前にする4人のDJが中央に位置し、両端にはドラムスとベース。そういえば、ブリストル悲運のバンド=フェデレイション(まだ、存続しているのかな?)のサイ・ジョンはエレクトリック・ベースを弾いていたが、前回は縦ベースも弾いていたような気もしたが。ほんと、記憶力悪くなっているなあ。ハハハ。でも、どーでもいいや。ちと投げやりなわたし。いろいろあるもんで。 より生演奏隊が有機的に混じっているような気もしたが、それ以上に印象的だったのはオナリー嬢のヴォーカル。あんなに、いいシンガーだったなんて。それにしても会場内、暑すぎ。バカの一つ覚えで、暖房入れてたんじゃねーの。話は飛ぶが、電車に乗るたびにぼくは暑くて辟易する。普通、都内の電車に乗ってコートを脱ぐ人なんていない。電車のような密閉空間は暖房なしで問題ないはず。それなのに、暖房が入ってて。そう感じるのは俺だけか。毎日乗っている、勤め人の皆さんいかが。 アンコール始まる段階で、お座敷があるので離れる。そういえば、去年の師走は原因不明のだるさ(でも、明らかに飲み過ぎだったんだろう)に閉口していたんだよな。深夜、タクシーの運ちゃんに今日が忘年会のピークなんですってねえと話しかけられ、世の動向を知る。やっぱ、編集者とかライターとか、この時期つらいっす。ところで、そのタクシーは、京都に本部を置くMKタクシー。初めて乗りました。確かに慇懃な応対で、値段も少し安い。でも、運転手は東京に移って1週間とかで全然道を知らなかったりしたけど。その彼、標準語で対応していたけど、東京勤務者は関西弁を使うなという指示が出されているのだろうか。 |
| 8日(金) |
| リトル・フィート |
| うーむ。入口で2時間半たっぷりやりますからと言われ、そんなの望むところだぁと心の中で答えていたのだ。だが、徐々にまだやるのという気持ちになっていった、ワタシ。 紛れもないリトル・フィートであった。ローエル・ジョージなきあとの。セット・リストを見ると、中盤以降ローエル在籍時の曲が多くなり、もう昇天しちゃうはずあった。だが、ぼくの心は曇っていったのだ。 なんで、あんなに一曲一曲を長くするかな。それが適切な場合もあるが、そうじゃなく無駄に長いと感じる局面が多々。なんかしまらない。かつて味わえた良さがザルからすべり落ちていく感じで、こぼれていく。 もちろん、いいところもあったけど……。でも、昨年(だったよな?)のポール・バレルとフレッド・タケットのデュオ公演で感じた感激の半分も味わえなかった。集まった人は年長者が多かったけど、他の人はどう感じたろうか。あーあ。今年出たリトル・フィートのボックスを年間復刻ベストみたいなのに入れたりしたのだが、撤回したくなるぐらいに失望させられた実演。 |
| 7日(木) |
| ギャラクティック |
| なんとパークタワー・ブルース・フェスティヴァルの番外編として、ギャラクティックが出る。去年の同フェスよりなんか入りがいい。ジャム・バンド人気というよりは、ニューオリンズ・ファンク・ファンが集まったという感じかな。 まず、ボブ・ログ三世をギター/ヴォーカルとドラムスで分業させたような日本人ユニット。ドラムスはガレージっぽいのやってましたてな感じの女性。どーせ俺たちにはマジなブルーズなんかできないんだもんね、だからもっと好き勝手にぐちゃぐちゃやれせてもらいますワ的な部分があってもいいと感じたが。 続いて、確かファット・ポッサムからもアルバムを出していたポール・ジョーンズ。こちらも、続いてギター/ヴォーカルとドラムスの変則編成にて。ああ、ブルースって元々イビツな表現、定石なんかありゃしない、って感じがモワモワとしてきて嬉しくなった。そういうのに照らし合わせると、ジョン・スペンサー・ブルーズ・イクスプロージョンのベースレス編成もいたってフツーのことなのだと思えたりして。 そして、ギャラクティック。屈託のないニュー・オリンズ・ファンク娯楽ショー。欲を言えば、もう一歩なんか突き抜けるところが欲しい感じもしたものの楽しめた。途中、山岸潤史も登場。その前にちょっとお話。彼のニューオリンズの家はベッド・ルームが一つあまっているそうで、よおーし。 このフェスは売店がいろいろと充実しているという印象があったのだが、今回は普通の公演と同じ出場者CDの即売テーブルが出ているのみ。残念。 |
| 6日(水) |
| デイヴィッド・サンボーン、ジョー・サンプル、 リチャード・ボナ |
| リーダー作をそれぞれメジャーから発表している、フュージョン界の名のある人が集まったカルテット編成バンド。なんでも、この夏にこの顔ぶれで欧州を回っていたそうだが。南青山・ブルーノート東京にて。 額面以上のお楽しみははなっから期待しないほうが良いのは自明の理。そんななか、ぼくの一番のお目当ては一部渋味ロック方面でも叩いているブレイドだったが、意外に古臭いというか、けっこう伝統的とも言える、ちょっと不器用にジャズっぽい叩き方をする人だった。 サンプルは全体の枠組を定める演奏に徹していて、それほどソロを取らず。だけど、話のほうでは個性を発揮。とっても分かりやすく、場を弾ませる話をする。彼はアンコールのとき、一人で出てきて、なぜかジェリー・ロール・モートンの曲をソロで披露。あら、なんか20世紀のまとめという感じが出てきて、ああ世紀末なんだな、なんて思ってしまったりも。 |
| 4日(月) |
| エリオット・スミス |
| 弾き語りによる公演。前回クアトロで見たときはバンド付きのパフォーマンスだったが、綺麗な曲を書くのになんでこんなに汚れたギターの音を採用するのと首を傾げたくなるものだったので、今回の設定は歓迎できるものといえるか。 本人は出てきて、椅子に座ってパフォーマンスする。会場の新宿・リキッドルームは普通下のフロアで見る(結局、それが一番見やすい)のだが、この日はそのため首から上しか見えない。おやおや。おまえ、コンパイ・セグンドだってきっちり立ってパフォーマンスするんだから、あんたもしゃきっと立ってやらんかいと少し思う。やっぱ、手元も見たいよね。 ところが、ビールの2杯目を買いに一度出て、今度は一番後ろのところからステージを見たら、そんなには混んでいないせいもあり、ちゃんと全身が見えるではないか。そーゆーこともあるんですね。 女性ファンならニッコリするかもしれない、優男ふうなビミョーな情緒ありの自然体パフォーマンス。曲がうろ覚えで途中で止めたり、やり直したりするのも、緊密感覚を増させるものかもしれない。ま、持ち味は出していたのかもしれないが、思ったよりは技量や訴求力のある人でないのを示していた弾き語り実演という感じもしたが。でも、会場にはと優しい空気が充満。見ながら、デイヴィッド・ポーの公演(1999年9月18日の項参照)を思い出す。ポーさんったら、可哀相。 |
| 2日(土) |
| コンパイ・セグンド |
| ブエナ・ビスタ・ソーシャル・クラブにおいて、もっともアピールしていた傑物老人、有楽町の東京フォーラム・ホールCにて。93才、背筋ピン。ずっと年齢の若いジミー・スコットよりも遠目には元気に見える。途中から加わった管はなんとクラリネット三本(うち、一本はバスクラ)。ノスタルジックな情緒(もっと具体的に書くなら、ときにスウィング・ジャズやクレツマーの体温を感じさせる……)を出していたが、そういう編成ってよくあることなのかな。総体としては、あんなもんなのか。みんなで歌っているので、主役の声が判別しにくい。単調だなとも思えたが、やたらライヴはやっているんだろう、手慣れたところは随所に。くどいようだが93才、すげえ。俺は何才まで生きるだろうか。欲張りだから、健康なら長生きしたいけれど。とっくに、人生の折り返し地点を過ぎていると感じているワタシ……。 |
| 1日(金) |
| レッドマン、メソッド・マン |
| 新宿リキッド・ルームで、デフ・ジャム・ジャパン設立のイヴェント。設立とはいえ、ユニヴァーサル・ミュージック内の一部署という感じのようだが。ラジオで募ったらしい若人もいっぱい、ぎゅうぎゅう。 最初、ダボとニトロ・マイクロフォン・アンダーグラウンドというデフ・ジャム・ジャパンと契約した日本人ラッパーたちが登場。その後、当初予定されていたL.L.クール・J が都合が悪くなり変わりに急遽来日したレッドマンとメソッド・マンのショウ。ぼくはそっちに変更になって嬉しかった。ダボを聞いててなかなかやるじゃんと思っていたが、やっぱ彼ら、声の太さとかノリとか全然違う。けっこう堪能。キャラもやっぱ面白そう。と思いつつ、ぼくが漠然と考える音楽という形態からラップは離れているかもなあと感じたりも。そこらへん、うまく説明でなないが。ただ、非常に大衆的な行為であり、ブラック・ミュージックやその文化を支えてきた何かをきっちりと受けたものでもあるとも再確認させられもしたのだけど。 あちらの社長も来日。日本ユニヴァーサル・ミュージック側のお偉方も勢ぞろい。なるほど米日双方かなり力を入れようとしているのだナというのは伝わる。所詮はビジネス……、だ。だが、ビジネスなくしてポピュラー・ミュージックは成り立たない。いいことやって稼ぐのは当然のことだとも思う。それに携わる人間の品性、その他の問題……。 |