1999年7月


31日(土)

シンプリー・レッド、リンデン・デイヴィッド・ホール他

 ルーツ・オブ・キングスというお題目の公演(30日と31日の二日間開催)を、ロンドンのハイド・パークにて。実はこの公演の値段がなんと35ポンド。ぼくはイギリスに着いてからこのコンサートのことを知ったのでダフ屋から買ったのだが(ねばりにねばって50ポンド、席は良好)、普通の値段でもこちらの水準から言えば目がとびでそうに高いのは間違いない。実は、この日の公演は当初29日に予定されていたものが延びたそうで、チケットは29日のものがそのまま流用されている。行きの地下鉄のなかでチケット持っていた隣の人がそう言っていたので混乱しなかったが、それを知らずにダフ屋から出されたチケットが29日のものだったら騙されたと思うよなあ。

 開演時間は4時だったが、まあこんなもんでしょと5時半ぐらいに会場に行くと、最初のグループがやっている。伸び伸びした、田舎臭い、アメリカっぽくもある女性シンガー。名前は忘れたが、まあ野外公演にはよろしいんじゃないでしょうかって感じか。

 ところで、会場は地下鉄のハイド・パーク・コーナー駅から10分ぐらいのところにドッカンと作られていた。結構立派なステージ。通常の野外コンサートのように土の上の座るのかと思ったら、ちゃんと椅子がならべられていてびっくり。後ろのほうはちゃんと櫓が組まれ、傾斜が付けられている。全部で1万強はあると思われたが、その椅子を持ってきたり、並べたりするだけで大変だろうなあと思うことしきり。で、集まっている人の年齢はかなり高め。ま、そりゃあそうだよなあ、この入場料じゃ。

 続いては、英国のニュー・クラシック・ソウルの新星みたいな売られ方を日本ではされたリンデン・デイヴィッド・ホール。これが良かった。全員黒人のバンド、3人の黒人女性コーラスを従えてのものだが、柔和でもあり生き生きしててもあり。アルバムはそれほど感激した記憶がなかったんだけどなあ。バンドもうまいし(少し前のエリック・ベネイのそれを遙かに上回る)、本人の声もいい。痩身の姿もなかなか。日本でももう少し注目されていい人だとしっかり感じる。

 休憩中に出店地帯をいろいろ回る。いろいろあって楽しい。柔らかい陽光に、広々とした空間、思い思いに和む人達。ぼくはそんな光景を見ながら、円満な土曜の午後の公園の風景を歌ったシカゴの「サタデイ・イン・ザ・パーク」を思わず口ずさんでいたりも。雰囲気がいいので、一人でいても全然苦にならない。ところで、不思議に思ったのは、販売しているのはソフト・ドリンクのみなこと。そのあと、よく観察したら、横のほうにシャンパン&シーフード・バーというのがあって、そこではシャンパン(ボトル27ポンド、グラス5ポンド)だけが売られていた。なぜ、他のアルコールは売ってないのか。ましてやビール好きの国で。この客層では、そう酔っぱらって悪さする人もあまりいないと思われるのに。

 ともあれ、いろいろ見ながら野外コンサートの解放感を味わうとともに、日本でやっているはずのフジ・ロック・フェスに思いをはせる。急にイギリス出張の話が来て乗ってしまったが、フジ・ロックはけっこう楽しみにしてたんだよなあ。お祭り好きのぼくとしては。なんせ、苗場ではドコモしか使えないと聞いて、それまでずっと使っていたツーカーをドコモに変えたぐらいだから。で、非常に後ろ髪引かれる思いもあったのだが、この野外公演の解放感に浸りながら、そんな気分を紛らわしたりも。

 8時過ぎに、真打ちシンプリー・レッドは登場。まだ空は明るい。サマータイムはいいのう。いつの間にか客席はばっちり埋まっている。

 彼らはライヴ・ヴィデオ(『ライヴ・イン・ロンドン'98 』) が少し前に出しているが、基本的にはそれと同じ(メンバーも同じか)。いい曲をいい歌といいサウンドで紐解く、それがしっかりとなされた横綱相撲のステージ。堪能できた。見ていると、彼らはまさしく英国(大人の)の国民的バンドなんだなあというのが実感できる。そんなバンドに二人の日本人が入っているといのも、なんか不思議なような、誇らしいような。

 それから、ステージ横に据えられた大きなモニターに映る映像の良さにはびっくり。下手なヴィデオより、いいもの。カメラアングル/構成がちゃんとしてて、これには脱帽。画質も屋敷豪太がすごい白髪が増えたのが判るぐらい、くっきりはっきり。大画面は先に出た二者でも見ることができたが、シンプリー・レッドのステージになると余計にその完成度が高いように思えた。

 アンコールではまずハックネルが生ギターの弾き語りで登場。本当にこの人は、その喉だけでお金が取れる。髭を蓄えていた彼、いい年の取り方してますね。なんだかんだで、1万円出したのも惜しくないぞと思う。終わったのは10時少し前。最寄りの駅はクローズドになっていて、少し離れた複数の駅にみんなゾロゾロ歩いて帰っていく。いい夜だった。   


28日(水)

ジャングル・ブラザーズ

 2 人組になったジャングル・ブラチザーズの新作『V.I.P.』はとってもポップで、広がりに満ちた好盤である。純ラップ・ファンは否定的な感想を持つ人が多いそうだが、ぼくはここんとこのラップ作としてはかなり優れもんだと思っている。そのプロデュースはプロペラヘッズのアレックス・ギフォード。ぼくは『V.I.P.』を聞いて、ギフォードって才能あるんだねとしっかり思った。実は昨日インタヴューしたのはジャングル・ブラザーズとアート・リンゼーだったのだが、お気に入りとして、前者はベックやシュガー・レイの名前を出し、後者はRAZやティンバランドの名前を出していたのが可笑しかった。

 ジャングル・ブラザーズの実演は西麻布のイエローにて。フロアは満員、たまらずステージを上から見下ろせる場所に向かうが、そっちも混んでいて、ステージ三分の一しか見えない位置でずっと見る(DJはしっかり見えたんだけどね。ぼくは感心しなかった)。だから、なんかすごい不十分な状況で見ていたんだけど、結構興奮したな。実演ではマッチョなほうが受けるので男っぽく行くという二人だったが、それにプラスしてちゃんと音楽としてエンターテインメントしていたのがぼくの印象を良くする。うーん、ちゃんと見たかったな。


27日(火)

映画『プレイング・バイ・ハート』 

 取材2本こなした後、多少ヘロりながら、六本木のギャガ試写室で、映画『プレイング・バイ・ハート』を見る。なんと、お客さん(って言うんじゃないよなあ。適切な単語が見つからない)はぼくを入れて3人しかいない。混んでいるのってとってもヤダが、3人ってのもなかなか寂しい。人間って勝手よのお。このサウンドトラック盤のライナー・ノーツを書くため観にいったのが、事前に聞いていた音楽と劇場中の音楽の印象はかなり違う。まあ、たまにあることで、驚きはしないが(でも、原稿はちと書きづらいよなあ....) 。内容のほうは、ロサンゼルスを舞台とする、数組の男女のうまくいかないやりとりを通して描く現代的風景といっていいかな。と書くと、結構病んだものを思い浮かべるかもしれないが、基本的にはいやあ人間ってムズカシいけどやっぱいいもいんですね的なことを言いたがってるという円満な作品です。そういえば、セックスを想起させるシーンはあっても、乳房さえも映らない映画であった。LAではめったに降らない雨の情景が結構使われたりしていて、意味深げ。普段はありえない大人の寓話なんですよ、そんなことを示したかったのかなとふと思う。

 ところで、途中から映画に集中できず。別に睡魔に教われたわけではない、場内が冷房の効きすぎでやたら寒くて。普段、ぼくは夏でもそういうことがあるから上着を持って外出する人なのだが、こういう日に限って持って出なかったりするんだよなあ。しくしく。で、途中から尿意ももよおしてきて、でも途中で用を足しに出るのもナンだし(また、ギャガの試写室のトイレはとっても離れた場所にあるんだ)とか思っているうちに、それはより高ぶってくるし。あ〜あ、オレなにしてんだか、と久しぶりに情けない気分になった。ぼくの好みの映画ではないが、最後の平和な終わり方はOK。ぼく、甘ちゃんですね。


19日(月)

ウォルラスとサニー・デイ・リアル・エステート

 新宿・リキッドルーム。まず、前座に日本人4人組のウォルラスが。名前は知っていたが、聞くのはこの日が初めて。おお、前に立ってる3人はみんな身体が細いねえ。おお、歌がよく聞こえるぞお。歌詞までは判らないが、歌をちゃんと届けたいという意志はやたらちゃんと伝わってくるバンドというのが第一印象。素直に拍手したいなあ。興味深いナと思えたのは、曲が轟音系バンド・サウンドと遊離していると思えたこと。というか、あまりその手のバンドが採用しないような曲調の曲を(具体的に指摘するのは難しいが、キング・クリムゾンの「太陽と戦慄」のリフを参考にしたような曲もあったりと、プログレっぽさもあるかな。また、日本のフォークぽいぞと思える曲もあったかもしれない)、これが俺たちなんだといった感じで、けれんみなくこなしていく。ちょっと違和感を覚えるところもあったが、それもつきつめれば、また強い個性に繋がるだろうとも思う。それなりに力のあるバンドであった。

 そして、上記の印象は、サブ・ポップの4人組、サニー・デイ・リアル・エステートにも結構当てはまる。一聴耳に飛び込んでくるバンドの音が導く、あ〜こういうタイプのバンドねという聞き手の既知感のようなものと、実際にやる曲調や歌が持つ質感のズレ(けっこうコーラスを聞かせたりもする)から意外性や歪みを生み出しているようなところ。そして、サニー・デイ・リアル・エステートのそれをさらに増幅するのは、バンドのルックスであったりもする。とくに、リード・ヴォーカリストは東部のアイヴィ・リーガー出身てな形容も出来そうなとっちゃん坊主的保守顔で相当に違和感がある。なんか、けっこう朗々と歌う彼を観てて、途中から、品のいいフィル・コリンズがオルタナ傾向バンド従えて歌っているみたいなだなと思ったりも。たはは。健全さと不安定さの不可思議な重なり合い、それがサニー・デイ・リアル・エステートの面白さであると、実演を観てしっかりと実感した。

 ところで、日米両方のバンドを聞いていて、感じたことがもう一つ。おそらく両者とも、あまりブラック・ミュージックを愛好していないんじゃないかということ。愛好すればいいというものではないが、やはりぼくはそれが下地となっているロックが好きなのだ。それが音楽の表層に現れるか否かは別として、やっぱ黒人音楽を聞いているかどうかって、メロディ感覚とかノリとか微妙なところに現れちゃうんだよね。ただし、それはぼくの趣味。そうじゃないほうがいいという人もいるだろうし、それはただ好みの問題にすぎない。


18日(日)

ズボンズ

 新宿・リキッドルーム。会場後部の入口付近けっこう混んでいてステージが非常に見にくい。ところが、前のフロアに下りると、そんなに混んでいず楽にステージを眺めることができる。ただし、それをつなぐ通路に人が沢山立っていて、それをかき分けて行き来するのが一苦労。最近よく思うのだが、スタンディング会場の観客誘導をもう少し考えたほうがいいのではないか。通路に平然と立っている人にゃあ、ほんと後ろから蹴り入れたくなるぜ(まあ、身長の低い女の子の苦労も判るが)。ともあれ、前が見やすく、後ろが見にくい。ズボンズ公演はそれが顕著であった。それは取りも直さず、業界関係者が多い公演であることを示すものなのかもしれないが。

 ズボンズを見るのは、ほぼ1年ぶり。彼らはぼくにとってはもっとも判りやすい日本のバンドの一つである。ザラザラしたロック的なひっかかりと肉感的なファンクネス、それを最良のバランスで表出できしているバンドであるから。黒人音楽に対する愛着の膨らませ方も手に取るように判る。非常に僣越な言い方になるが、もし自分がバンドをやるとしたら一番近いんじゃないかと思わせられるのがズボンズだったりするのである。あ、ファンの人、この部分とばして読んでね。別に、悪意で書いているわけではないから。今回の公演では今っぽいサイケ感覚を求めようとする行き方も認められたが、ぼくはこれ以上そっちのほうを追求して欲しくないなともなんとなく感じる。ところで、今回、ヴォーカルが弱いと感じた。また、バンド内の歌のコール&レスポンス部分における烏合の衆的レスポンスが心もとないとも。これまで、彼らのことを何度も見ているが、そんなことを感じたのは今回が初めて。やりたいこと、バンドの方向性がバチっと定まっているからこそ、出てきた感想であると判断することにした。ファンです、頑張ってください。


15日(木)

ブルーノートを扱った映画。

 銀座のヘラルド試写室で見たのだが、つまらなかった。正式のタイトルも忘れちゃった(資料もどっかいっちゃった)。創始者であるアルフレッド・ライオンという人の人生を前に出しつつ、モダン・ジャズ最強のレーベルであるブルーノートの歩みを認めようとしたものだが、いろいろと問題あり。本来ドイツでTV/ヴィデオ用にまとめられ、それがブルーノート設立60周年ということもあり劇場用にリメイクされたものだというが。当時の映像とかがどうしようもなく不足しているのはわかるが(でも、さすが演奏シーンとかはかなり力がある)、後からつけた関係者コメント等のネタがあまり美味しくないとともに、なんといっても構成/編集(ついでに字幕も)が弱い。ただ、エンディングにはほんわか共感を持つ。昔の写真を見ながらボブ・クランショウ(ベーテスト。リー・モーガンの「サイドワインダー」で弾いていたりする人)が「俺、変わったかな」かなみたいなことを言って、仲間のミュージシャンが「いやあ、眼鏡を(昔のものに)換えれば同じだよ」なんて答える。これ、本編のコメント取ったときの“捨てシショット”なのだが、これをさらりと流す終わり方はほのぼのとした含みがあっていいなあ。ジャズもブルーノートもそうなんだよ....、どーしようもない希望的観測であっても、そう思いたくなる気持ちは、ぼくの心のどこかにもほんの少しだけどあるからなあ。


14日(水)

ハイラム・ブロック

 大昔、ハイラムのギター・ラインとジョー・ウォルシュのそれは一部けっこう似ていると思ってた人なんですよね。ついでに書くと、ウォルシュのライヴ盤はぼくの人生中一番回数多く聞いているレコードかもしれない。ビートルズやストーンズ以上に。だから、どーしたってなもんだが、高校の頃、あのファンキー且つ豪快なファンク・ロックはさん然と輝いていたなあ。

 さて、ハイラムという人、心の底にはザ・ビートルズとジミ・ヘンドリックスがまずありきというミュージシャンで、ずっと俺はロックやりてえ、歌いてえって、レコード会社と戦いつづけてきた人である。まあ、本人の語彙のなかに確かなジャズ・/フュージョン感覚もあるのは間違いのないところではあり、それがちょろちょろ顔を出すのも間違いのないところではあるけど。で、このところ毎年のように固定したバンドでやって来ているハイラムは当然のように歌モノ路線で攻めている。だが、今回なんとなく、ロック方面のことをやりたいという意欲がボケぎみにぼくには感じられたのはどうしたことか。まあ、ファースト・セットは結構曲を変えていたりするそうで、その曲の並びに左右された部分もあったのかもしれないが。それから、ぶくぶく太りすぎ。隣の朋友たるウィル・リーが見事に痩身だから余計目立つ。やっぱ、あれではちょっとなあ。話は脱線するが、多少は似た位置で活動しているロベン・フォードのヴォーカル盤『スーパー・ナチュラル』(ブルー・サム/ユニヴァーサル)は素晴らしい大人のロック・アルバム。おそらくフュージョンのほうに分類されて、多くのロック・ファンの耳には届かないだろうが、余裕があればチェックしてみてほしい。

 ところで、ハイラムの今回の公演はヴォーカリストとしてレイラ・ハサウェイが同行。ちゃんと単独でフィーチャーされたのは1曲だけだったが、それがかつての持ち歌とかではなく(まあ、歌われても判らんけど)、なぜかマーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」を歌った。だったら、親父(ダニー・ハサウェイ)の曲聞きたかったなあ。そのレイラ、まだまだ若く見えるものの、ずんぐりむっくり。ヴァージン・アメリカとのディール以後、確か彼女はソロとしてレコード契約を得ていないが、その最たる理由は外見にアリか。だって、偉人の二世であることは大きなアドヴァンテイジになりこそさえすれ、マイナス点にはならないだろうし、何よりちゃんと歌えていたもの。うーん、ポップ・ミュージックって厳しいっ。以上、青山・ブルーノート東京にて。


11日(日)

エリック・ベネイ

 エリック・ベネイ、やはり新宿・リキッドルーム。40分おしのスタート。観客の女子専有比率がけっこう高し。まあ、野郎に囲まれて、アーティストの登場待つよりはマシだやね。流れていた音楽もP−ファンクやオハイオ・プレイヤーズなど、気分を高めてくれるものだったし。じわじわ。観客の期待を焦らしに焦らして、ベネイはようやく登場。回りの女の子たちから、歓声とともに、わあカッコいいってな溜め息がものすごーく漏れる。うん、思わず口をついて出てくるのはよく判るなあ。ぼくも即カッコいいと思ったもん。バンドはベーシストをリーダーとする、健闘していたバック・コーラス二人を含む8人編成(管はキーボードの一人がサックスを兼任するのみ)。ドラムスがもう少し繊細に叩ける人だったならとは感じたが、贅沢は言うまい。なにより、ショート・ドレッドのような髪形になっていたベネイ君は光っていたもの。もっと言えば、ちゃんと基本を抑えつつ、今を生きようとする颯爽とした一アフリカン・アメリカン像を彼は出していた。そこをぼくはものすごーく評価する。実は今年出た2作目の中庸な出来にぼくはけっこう失望したりもしていたのだが、やっぱり次作を期待するぞおときっちり思わせられたなあ。何より大きな驚きというか収穫として記しておきたいのは、フォーキーだったりラテンぽかったりとかいう外し気味のナンバーよりも、ゴスペルぽかったりブルージーだったりするコンヴェンショナルな香りを持つ曲のほうが、より彼のしなやかさはアピールされていたこと。そんなこと、これまで考えたことなかったもんなあ。やー、有り難や実演。ただし、最後にやったアル・グリーンの「ラヴ・アンド・セッピネス」の一部下品極まりないリズム・アレンジはいかん。けっ。それから、黒人アーティストとしては望外に日本語を散りばながら進めるステージングも本人の真心を十分に知らせるものだったと書けるかな。別に、日本語をMCで言えばいいというものでもないが、なんかあったかいものありました。で、あのルックスだもの、そりゃ女の子は息絶え絶えにもなろうて....。帰り道、オレがその五十分の一でもいいから異性を絶え絶えにできるとしたらそれは何かなあ、どうすりゃいいかなあなぞと少し考えたが、すぐにアホらしくなってやめる。ま、いいや。人それぞれ、今日のように雨が降っているあれば、晴れている日もあるサ。


8日(木)

バウンティ・キラー

 新宿・リキッドルームでバウンティ・キラー。フツーに開演時間(7時)に入ったら、まだサウンド・チェック中。とうぜん客入れ前だった(なんで、すんなり入れちゃったのか?)。なんか、人がいないリキッド・ルームのロビーは全然勝手が違っていて新鮮。内装変えたんのかなあって思ったもの。聞けば、なんだかんだで本人は9時半ぐらいとか。出直し。近所の飲み屋で飲んでたら止まらなくり、戻るとバウンティの実演は始まっていた。すまんのお。ちょっと傍観者的キブンで、ステージを眺める。おお、大きなバンドがちゃんとついているじゃないか。三管、ターンテーブル付きでやっている。あれれ、良く見るとなんとこれが日本人のバンド。バウティは単独でやってきて、鷹揚に日本人によるそれと合わせているのだとか。ほとんど三管の必然性とか感じない音であったが、そんなに噛み合いの悪いものではなかったように思う(もう、酔っぱらってたからなあ)。バウンティの昨年作『ネクスト・ミレニアム』はそれほどレゲエを熱心に追いかけていないぼくが聞いてもいいじゃねえかぁ、こりゃごっついレゲエDJ盤だァと感激させるものがあったが、シュープさには多少欠けたものの、その有り難さのようなものは十分に受けることができた。終わってから軽くやったあと、BMR誌の連中と高円寺のクラブへ。このやろーなんでもっとファンクかけね〜だア、途中からダダをこね、ただの困った酔っぱらいオヤジとなる。たはは。すみません。


2日(金)

マーキュリー柳田さん、どうぞ安らかに。

 国立でやっているサッカーの五輪予選を見に行く予定で、その“ライヴ”のことを書くはずだったが。以下の文章はまるっきり個人的なことで、業界にいない人には?印のまったく意味のないものである。でも、許してください。書かせてもらいます。

 午前中、知人の電話により、訃報を聞く。マーキュリーの、現在は洋楽部次長を務める柳田一彦さんが亡くなった、と。この日の(日付が変わった)深夜、駅から自宅へ向かう途中(おそらく最終電車ぐらいだったのでは)、ダンプカーに跳ねられてしまったのだという。


 ほのぼのとした外見の、好漢(オカムラも、彼のファンだった)。最初はジャズの担当で、その後はポピュラーのほうに移り、アクシオム、トーキング・ラウドとかを担当。どっちかというと、英国ものが多くて、スウィング・アウト・シスターは彼がやったなかでは一番売れたブツかな(去年のU2のベスト盤も担当した)。また、自分で企画してブラジルに乗り込んでアナ・カランのアルバムを作ったり、英国でスティーヴ・ウィリアムソンのアルバムを作ったりなんてしたことも彼はした。ずっと続いていたカエターノ・ヴェローゾの貴重な復刻も彼が係わっていたはずだ。人一倍仕事をかかえ、こなしていた人。大学時代ジャズ・ドラムを叩き、卒業時にプロになろうか真剣に迷った人。山小屋を仲間たちと作ってしまうなど、行動力ある趣味の人であった。アウトドアな人で、へんな道も良く知ってたっけなあ。そして何より、お酒が大好きで、いい音楽とお酒があればニコニコだった人(モシカスルト、コノ人ハ俺ヨリも酒好キカモト思ワセテクレタ、業界デハ数少ナイ人デシタ)。楽しむことにかけて、とっても広い世界を持っていた人。とともに、ちゃんと家庭も両立させていた人。ぼくとは2歳しか違わなかったけど、そんな人だからこそ実際以上に年の差があるような感じをぼくはいつも持っていたのかもしれない。彼がいなかったら、ぼくが95年に組んだコンピレーション・シリーズ“フリー・ファンク”は実現しなかったかもしれない。本当に、ほんとうにお世話になりました。もっともっと、一緒に飲みたかった....。そういやあ、女の子挟んで飲んで、その娘つぶして、家まで送っていって、紳士的に寝かしつけて、勝手に冷蔵庫とか開けて一緒に料理したこともありましたね。どうぞ、安らかに。ありがとうございました。ずっと、覚えていますから。


1日(木)

渡辺貞夫

 渡辺貞夫が毎年開いているキリン・ザ・クラブ、六本木ラフォーレにて。彼はこの春に、NYの若手プレイヤーたちと久しぶりの純ジャズ・アルバム(『リメンバランス』)をリリースしたが、それに則ってのライヴ。NYからやってきた黒人ミュージシャン4人を従えてのもので、音楽のまとめ役は巨漢サイラス・チェスナット(ピアノ)、ドラマーはまだハタチだそうだ。2部構成で、長々と。前半部は(チャーリー・)パーカー曲他、オリジナルで攻めていたアルバム外の曲で行く。御大けっこう吹けていて、やっぱりハード・パップって、膚の合う“家”のような感じもあるのかな。最近の彼はクロージングの曲としてなんとかという(曲名失念)非常にナイスなメロディのアフリカの曲をやるのだが、ここではニューオリンズ・ジャズ+ゴスペル風味を効かせて披露。本人は歌も堂々歌う。終演後、その歌が客席側からさらに歌われ、それに合わせるようにカルテットが再び登場、演奏を始める。確実にハプニングしていた。あったかい気持ちになれた。