6月



30日(水)

 いよいよ本格的に仕事がヤバイ。夜は音楽ライター講座だが、恒例の酒宴もパスしてまっすぐ帰宅、原稿・原稿・原稿。ふと気がつくと明日締め切りの原稿が鈴なりになってる。どう考えてもヤバイ。ということで、今日はここまでとさせてください。

 READER'S FORUMへ投稿してくれた川村理恵さんの作品。彼女は3年ぐらい前から音楽ライター講座に通っている受講生だが、この作品はその彼女の3年間の集大成とも言える素晴らしい出来映えだと思う。どんどん感想を寄せてください。


29日(火)

 月も押し詰まってくると、いよいよ締め切りも間近に迫ってくる。今月は1日短いせいもあってか、とくにこの時期に集中しているような気がする。基本的に出来高制の仕事だから、数をこなせばこなすほど実入りがあるわけだが、にしても限界というものがある。特にいまは病み上がりということもあって、一日コンピューターの前に座っているのは相当つらい。目薬を差したり仮眠をとったり、だましだまししながら粛々と片づけていく。この日一番手こずったのは『クロスビート』次号のメッセージ・ソング特集に関するコラム。

 そんななか、こうやってHPのメンテをやったり日記を書いたりするのは一種の気分転換として、<いまのところは>楽しめている。昨日ライヴのあとに会ったフリー・エディターの吉田保元さんもHPを運営しているが、立ち上げて3ヶ月は夢中で更新したものの、そのあとはメンテも滞りがちだとか。「まだ飽きませんか」などと訊かれてしまったが、かってHPなどよりはるかに面倒で手間も元手もかかるミニコミを運営していた身としては、正直な話全然苦にならないのだ。まだ立ち上げて2ヶ月半だが、インターネットはほんとに生きているメディアだと実感している。ただのネット・サーファー(それも、あまり熱心でない)だったころとは、見えるものがまるでちがうのだ。これで生活が成り立つなら、活動の場として全面的に移行しちゃってもいいぐらいだけど、まぁそれはよほど強力なスポンサーでもつかない限り無理だろう。それにぼくは印刷媒体にも人並み以上の執着がある活字中毒だから、インターネットとはちがうチカラを持つメディアとして、雑誌を評価している。要は両方が補完しあって理想に近づくということ。このサイトに関して言えば、ここのところREADER'S FORUMの更新が一番頻繁になっているのが、とてもいい傾向だと思っている。さらなる投稿、そして感想をお待ちしてます。


28日(月)

 朝から病院に行って診察を受け、クスリをもらって帰る。昼食のあとクスリを服用してしばらくすると、気のせいかだいぶラクになった。まだ少しフラフラするが、とにもかくにも青山のヒートウエイヴへ、DE−LAXを再結成した宙也君の取材に向かう。

 宙也君本人からの電話で、いまDE−LAXのレコーディングに入っているという話を聞いたのが今年の春前ぐらいだったろうか。そのときぼくは素直な気持ちで「おめでとうございます」と言ったのだが、宙也君本人としては再結成にあたってはかなり葛藤があったようで、ぼくがそのように言うのは意外であったらしい。ぼくとしてはDE−LAX解散にまつわる話をいろいろ聞いていただけに、そして、必ずしも解散が彼の本意ではなかったことを知っていただけに、もう一度彼のなかでDE−LAXに向き合うチャンスがあるのは悪いことではないと思っていた。以前より肩の力が抜けた宙也君の今後は、注目していいと思う。もちろんDE−LAXのポップ感覚はいまだ錆びついていない。シングルが7/17発売、アルバムは年末近くになるようだ。

 取材終了後も体調は悪くなく、そのまま新宿に向かいヴァージン・メガストアやビックカメラをひやかして(収穫はキャプテン・ビーフハートのボックス・セット)、新生ロフトでのスリーター・キニー/ナンバー・ガールのライヴに向かう。

 なぜか当サイトの掲示板で盛り上がっているスリーター・キニー。人によってはかなり退屈だったようで、某評論家などは3〜4曲終わった時点でさっさと帰ってしまったらしいが、ぼくは楽しめた。まぁ言ってみればかってのスリッツがちょこっとうまくなったようなもので、曲はどれも同じだし、はったりめいたとこが全然ないので、単調といえば単調。だがどこか愛嬌があって、なかなかにタイトな音を出すわりにまったりした雰囲気があり、いまのオレの体調にはぴったりという感じだった。

 だが今日の主役は完全にナンバー・ガール。ライヴを見たのはこれが3回目ぐらいだが、今日が一番良かったと思う。演奏はあくまでもソリッドでシャープ、スピード感もあって素晴らしい。パワフルでエネルギッシュだがどこか醒めた風情も現代的でいい。

 ライヴのあと帰ろうとしたらレコード会社のナンバー・ガール担当の人に呼び止められ、「業界人気先行ですいませんねぇ」と言われる。一瞬なんのことかわからなかったが、すぐに思い当たり(掲示板発言#342)思わず冷や汗(^_^;)。雑誌のレビューで「過大評価する必要はない」なんてこと書いちゃったことでもあるし。あわてて「でも今日のライヴは良かったですよ、ほんと」と付け足すが、全然フォローになってねぇ(^^;)。

 なぜぼくがああいう皮肉っぽい言い方をするかというと、実体もないのにマスコミや業界主導でバンドやアーティストの幻想を際限なく膨らませていくやり方に疑問があるから。そしてそれは、しばしば音楽とは関係のない精神論や状況論やフィクションに倒錯していくから。いや、ナンバー・ガールがそうだと言うつもりはないよ。ただ、そういう危険性がないとは言えないということ。わかりやすい例を出せば、ストーン・ロージズのデビュー当時の日本での紹介のされ方などは、明らかにハイプだったと思う。ロージズ自体がハイプだったというつもりはないが、音楽自体を語るのではなく、さしたる根拠もなしに「とにかくすごい」「最高」「これ以上のものがあるわけない」「ぼくらの世代の代弁者だ」「救世主だ」と祭りあげる類の、音楽とは関係のないカリスマを煽り立てるだけの一部メディアのあり方にはうんざりしてしまう。もっともほとんどのロックが、音だけでは何も語るべきものがなく、そうした一種のキャラクター性やタレント性や物語性を取り沙汰するしかすべがないことも確かなのであって、ぼくが一時テクノしか聞かなくなってしまったのは、それが理由である。

 繰り返すが、ナンバー・ガールがそうだと言うつもりはない。いいバンドであることは確かだ。7/23発売のアルバムも、ライヴでのインパクトほどではないにしろ、いい出来である。ただ「とにかくナンバー・ガールはすごい」式の盲目的な絶賛ばかりがメディアで繰り返されることに、どこか違和感を持つということ。それはむしろ、彼らの飄々としたとぼけキャラとはかけ離れているように思えるし、音楽そのものに虚心に接する機会を奪うことになりかねない。それよりさりげなくライヴが評判となってジワジワと広がっていくほうがカッコいいんじゃないの、ということである。ま、こういうことを書くのは、結局は自分自身の喉元にナイフを突きつけるようなものなんだけど。


27日(日)

 引き続き風邪。昨晩ははやく寝たので、朝はやく目が覚める。原稿の締め切りや取材の準備もあるので無理やりコンピューターに向かうが、目が霞んで画面も見えにくいような状況で、再びダウン。昼過ぎに起きたら多少楽になっていたので、そろそろと仕事を始める。しかしなかなか進まないので一旦中断し、かねがね進めていた当サイトのトップ・ページのフレーム化に着手し、アップする。そのあとまた仕事を再開、ふだんの1/3ぐらいのペースで、ようやく原稿1本完成。頭に響くので大きな音で音楽も聴けず、ぼうっとしているので、日記で気の利いたことも書けません(>_<)。今日あったことをナニも考えずツラツラと書き連ねるだけで精一杯。メールや掲示板などの返事も遅れがちです。ごめんなさいm(_ _)m。

 そんなわけで、多少サイトの構成など見やすくなったと思うのだが、どうだろう。なんせこういう状況なので、リンクの具合などおかしいところを発見したら、教えてください、よろしくm(_ _)m。 

 ぼくが一口持っている伊藤雄二厩舎の競走馬ロードプラチナム(牡4歳)が、本日の函館競馬第5レースで後続に2馬身差をつけて圧勝!(^^)!。鞍上は四位洋文。共同馬主になったのはこれで4頭目だが、勝ちあがったのははじめて。単勝1番人気170円。買っておけば良かったかなー。


26日(土)

 風邪をひいてしまったようだ。夕方ぐらいから頭が重く、霧がかかったようになって、全然使い物にならない。すいません、今日ははやめに寝ますんで、これで勘弁を。


25日(金)

 一日原稿。最近すこし疲れが溜まっている感じだ。カラダの底のほうに澱のように沈殿していて、すこしづつ体力を奪っている、という感じ。村下孝蔵の急死の報を聞くと、他人事じゃねぇなぁと思ってしまう。そういうトシですからね。

 久々に元『炎』編集長・平野和祥氏と電話で話す。彼が『クロスビート』にいたころからのつき合いだが、『バーン』に移ってからは、ときたま偶然出会って立ち話をする程度で、すっかり縁遠くなっていた。会社を辞めた当初は体調も悪かったようだが、いまはすっかり回復して元気そうだった。近々奥さんともども食事でもと約す。


24日(木)

 アナーキー仲野茂、藤沼伸治とスカコア・バンド、ポットショットのメンバーの座談会の司会進行と取材。世代による立場のちがいがあるのは当然としても、お互いそれをじゅうぶんわかったうえで敬意を払っているのがわかり、気持ちのいい座談会だった。アナーキーのふたりは、いい感じで練れてきた感じ。「……と思う」とか「……かもしれない」なんて曖昧な言い方をしたくない、はっきりと言い切ってこそ俺だ、という仲野茂の言葉には共感した。かっこいい話になるとテレくさいのか、自分からボケてオトしてしまうシャイさもいい。なおポットショットのドラマーは元ジュンスカの小林雅之。ぼくが最初にやった日本人のインタヴューはジュンスカで、ライターとして駆けだしだったころ本当に勉強させてもらったものだ。解散して、宮田和哉はソロ、森純太はDJイヴェントなんかをやってるらしい。唯一バンドで頑張ってるのが小林君だというのは意外でもあり、当然という気もした。ポットショットには自分から是非バンドに入りたいとヴォーカルの子に売り込みをかけたらしい。寡黙なのは相変わらずだが、居心地はいまのほうがいいみたい。慣れないスカのビートについていくため、練習もジュンスカ時代よりやってるようだ。いい話だと思った。

 昨日に続きウインブルドン。杉山愛のふがいない負け方に対して、グラフのなんという強さ! 1セット目を落とし相手のペースになるかと思いきやいつのまにかリズムを取り戻し、2セット目に競り勝つと3セット目は相手にほとんど何もさせなかった。終始相手のペースに巻き込まれて自分のリズムを最後まで取り戻せなかった昨日のヒンギスの精神的弱さとはあまりに対照的だった。すごいなぁ、グラフ。あれでまだ30歳だっていうんだからねぇ。

 久々に大推薦書。高見広春『バトル・ロワイヤル(太田出版)。某新人賞候補にのぼるもあまりに過激な内容ゆえ、保守的な選考員の総スカンを食らって落選したという問題作である。まるで北朝鮮のような極度の管理国家になっていた<もうひとつの日本>を舞台に繰り広げられる皆殺しゲーム。かなりの大書だが、面白さは保証する。ちかごろのひ弱な<J文学>とは一線を画する骨太なストーリーとダイナミックな展開、多数のキャラクターを見事に書き分ける筆力。血生臭い描写が続くなか、染み渡る叙情が美しい。著者はちょうど30歳らしい。今後が楽しみな大型新人だ。


23日(水)おまけ

 マルチナ・ヒンギスのことを書くのを忘れてた。こないだの全仏で見たとき、ずいぶんオトナびて貫禄が出てきていたので驚いていたのだ。とくに女子ダブルスでクルニコワと組んだときの様子は、いかにも若いクルニコワに比べまるでキャリア・ン十年のベテランみたいな風情で、デビュー当時の小生意気な娘の面影は全然なかった。そのときは、テニス・ロボット・ヒンギスもお年頃なのかなと思っただけだったが、まったく無名の16歳ドーキックに、なすすべもなく完敗した今回のウインブルドンを見て、どうやらヒンギスは選手として重大な岐路に立たされていることに気づいた。つまり史上最年少の16歳で全英優勝をはたしたときの彼女は、怖いもの知らずの若者そのものであり、じぶんよりキャリアも歳もはるかに上のベテランたちに対して、あくまで攻めの姿勢で立ち向かい、その勢いで撃破していった。だが女王グラフと勝負づけのないまま早々と世界ランク1位になったしまった彼女は、弱冠18歳にして早くも「守り」に向かわざるを得なくなったのだ。おそらく今回のウィンブルドンでのグラフとの最終決戦こそは、守りにまわった彼女が攻めの姿勢で対戦できる唯一のカードだったはずだ。だが、かっての自分のような無名の少女が、おそらくは唯一自分に勝る、しかし最強の武器<若さ>を振りかざしガムシャラに挑んできたとき、ヒンギスは心ならずも守りにまわらざるをえなくなった。ヒンギスはグラフのように、守勢にまわって相手をねじ伏せるほど強くない。世界ランク1位といっても、彼女はまだ挑戦者なのだ。18歳にしてはやくも選手生活晩年を思わせる老成を見せ始めた彼女が今後巻き返すためには、もう一度オフェンダーとしての自らを駆り立てるモチベーションが必要だろう。

 う〜〜〜ん、オレ、ヒンギス好きじゃなかったんだけどなぁ。判官贔屓ってやつか。


23日(水)

 いまでこそ慣れたが、一時、おおげさに言えば会う人話す人ごとに、こんな会話をかわしていたことがある。

 「小野島さん、こないだは○○だったそうですね」
 「ああ、そうですけど……それ、お話ししましたっけ?」
 「いや、日記読みましたから」
 「……ああ!」

 このHP立ち上げて2ヶ月ちょっと、日記を書き始めて2ヶ月弱、正式オープンして一気にアクセス数が増えたのが1ヶ月半前だが、どうも不特定多数に向けて情報を発信しているという自覚にいまいち乏しいのである。いや、書く時点ではもちろんそういうつもりで書いているんだけど、ftp転送するあたりからなんとなくリアリティに乏しくなってきて、あとでインターネット接続してまちがいなくアップされてることを確認しても、それが「一般公開」されてるという実感がどうも湧いてこないのだ。これが印刷されたものであれば、たとえ旧NEWSWAVEのような少部数のミニコミでも、自分が編集してるわけでもなくただ寄稿してるだけの雑誌でも、不特定多数(少数)の人に自分の文が読まれているんだという実感を持てる。印刷されたものであれば、それは本屋とかレコード屋のように不特定多数の人たちの生身の肉体が集まり、肩を並べる場に置かれ、吟味されている。ぼくが書いた雑誌を手に取る人がいれば、それはなおさら生々しい手応えとなって印象づけられる。だから公的な情報としての機能性を実感できるのだが、コンピューターは原則としてパーソナルなメディアであり、ひとりで向き合うものだから、どうもそういう手応えが持てないのだ。いまオレの部屋のコンピューターでは、確かにオレの日記が確認できるけども、一歩外に出たらそんなものは影も形も流通してないんじゃないか、と。まぁそこまではいかないけども、直接の知り合いならまだしも、全然会ったこともないアカの他人が、自分の日々の行動や考えてることを逐一知っている(しかもほぼリアルタイムで)というのは、どうも現実感に乏しいし、だからこそ恐ろしくもある。

 ぼくは家族と同居しているが、彼らはおそらくこのHPを見ていないから、ぼくがここに書いているようなことはほとんど知らないはずだ。もちろん家族だから日々の会話のなかで、その日なにがあってなにを考えていたかぐらい話すことはあるが、それにしても家族にも一言も話していないことを、ここでは書いているということが多い。もっとも身近で日常的に接しているはずの家族が知らないことを、何千キロも離れたアカの他人が知っているのである。

 もちろん、いくら字数制限のない日記とはいえ、その日あったことや仕事の内容すべてを逐一書いているわけではないし、あまりにプライベートなことは触れていないから、このHPを見ている人が知るぼくという人物像は、ごく一部に過ぎない。だがそれでも確実にぼく自身であるわけだし、それを不特定多数の眼に晒しているという実感が、どうも持てないでいるのだ。これはぼくがネット上で情報発信することに、いまだ慣れていないということなのだろうけど、でもそれだけでもない気もする。

 なかなか仕事が進まない。一日かかって、レコ評数本だけ。コストパフォーマンスが悪い(>_<)。 


22日(火)

 ズボンズ、ドンマツオの取材。例によって雄弁に喋ってくれた。彼に最初に取材したのはセカンド・アルバムのときだが、「ストーンズでいえば、『ビトゥイーン・ザ・バトンズ』みたいなもんですかねぇ」と言っていた。それが前作『LET IT BOMB』では『ベガーズ・バンケット』ぐらいまできた、では新作『Bomb Freak Express』はどうかというと、『スティッキー・フィンガーズ』だという。ぼくは『ベガーズ・バンケット』と『レット・イット・ブリード』の中間ぐらい、つまりまだまだ成長途上であり、頂点までは間があると踏んだのだが、なんでもミック・ジャガーが当時のインタヴューで『スティッキー・フィンガーズ』を「以前のアルバムが時代遅れに聴こえるような出来だよ」と言ったことを意識しての発言だったようだ。「でも『スティッキー・フィンガーズ』までいっちゃったら、あとは下るしかないですもんねぇ」と半ば本気で悩んでるあたりがカワイイ(笑)。詳しくは『ミュージック・マガジン』次号で。なお今作の音質には相当自信を持っているらしく、「いい再生装置であればあるほど、良く聴こえるはずです」と力強く言い切るあたり、ナンチャッテ・オーディオマニアとしては頼もしい限りであった(^o^)Y。

 ところでウチの近くには、もう何十年も使われていないどこかの会社(たしか結構有名な上場企業だった)の社員寮がある。ぼくが物心ついたころにはもう誰も住んでいなかったから、少なく見積もっても30数年は使われていない。それでも数年前までは、付属のテニス・コートだけときどき使用され、手入れもされていたのだが、最近はそれもなく荒れ邦題。ほとんど幽霊屋敷を化している。不況でリストラやダウンサイジングが進むなか、23区内の土地を何十年も遊ばしておくんだからずいぶん余裕のある企業である。なんか事情があるんだろうが、よくは知らない。

 で、その荒れ邦題の社員寮あとに、ものすごい大量のカエルが住みついているという話。もともとこのあたりには多く、ウチの玄関先や道路にもよく姿を見せているのだが、今日のような雨上がりの夜は、実に気持ちよさそうにおそらく何百何千という数がゲコゲコゲコゲコゲコゲコと鳴いている。で、その社員寮の向かいの路地の家が猫の餌付けをしていて、近所の猫がノラ猫家猫問わず、これまた大量に集まってくる。そのうえ最近の犬ブームで、ウチを含めやたら犬を飼っている家が多く、散歩するとどんな時間帯でも必ず2〜3頭に会う。しかもウチの母親は野鳥の餌付けをしてるので、やたら鳥が集まってくる。つまり、ウチの回りは東京のド真ん中にも関わらず、むやみとどうぶつが多い場所なのだった。ま、だからどうだということもないんですけどね。

 昨日のパンタに続きオヤジを紹介。チャーのクラブ・ミックスを集めた『Mixchar』。ウソかマコトか、最近チャーはクラブ・シーンで再評価されているんだそうで、そのスジのプロデューサーを起用、リミックスというよりは代表曲「シャイニン・ユー・シャイニン・デイ」などをクラブふうにリメイクしたものになっている。言われてみれば、チャーのつややかでしなやかな弾力のあるギター・プレイと、巻き舌のキザなヴォーカルは、クラブ空間には映えるかも。クラブといってもテクノやドラムン・ベースではなく、ソウル/ブラコンとフュージョンが混じったような通俗的なものだが、これぐらい下世話なアレンジのほうが、この人の古典的なロック・スターっぽさが引き立っていいかも。テクノではコ・フュージョンの『Live & Remixes』(6/25発売)が際だってかっこよかった。イシイ君の新作と共通点はあるが、正直言ってコ・フュージョンのほうがぼくの好みだ。

 この日からバナー広告を入れてみた。広告掲載サイトになるには代理店の審査を通らなくてはならないので、このサイトは最低限の媒体価値を認められたことになる。いろいろご意見はあるでしょうが、サイトを長く続けていくために必要なものと理解していただけるとありがたいです。 


21日(月)その2

 ゆうべ早寝したので、早朝(^_^)8時ごろ目が覚めてしまい、珍しく午前中から活動開始(証拠は掲示板発言#285)。ふだんは昼近くまで寝ているので、なんだか一日、時間を有効に使ったような気がしたが、こうやって振り返ってみると、ほとんど仕事が進捗していないのに呆れる(^_^;。

 夜は渋谷NESTで徳永憲。初のバンド形式のライヴということだが、いい意味でアコギ一本弾き語りのころと変わりない詩情がある。意外にバックの音に負けない声量があるので驚く。詳しくは『uv』次号で。

 なんとPANTAのニュー・シングルが届く。ここ10年ばかり、リリースものはライヴ盤を2枚出しただけ、ライヴも思い出したようにやるだけで、ほとんど一線から遠ざかっていたパンタだが、7月10日より中野武蔵野館でロードショー公開の映画『天使に見捨てられた夜』に、伝説のロッカー・トミー役(苦笑)で出演、その劇中で歌われる「雨の化石」という曲が、おそくは頭脳警察再編アルバム以来のスタジオ録音作としてリリースされるのである。なお映画の原作は桐野夏生の同名小説。監督は『800 TWO LAP RUNNERS』の廣木隆一。

 曲の仕上がりだが、これがもう、驚くほどいい。ヴァイオリンや笛を導入した中近東風なイントロから、静かに歌い出されるヴォーカル、アコギを基調としながらもドラマティックかつリリカル、美しくも力強い展開と、まさにパンタ節全開。相変わらず歌は無骨だが、ぜんぜん古臭くない! 時代を撃つ名曲! マジにこれは素晴らしすぎる! ブレヒトの「アラバマ・ソング」も収録。4曲入り1200円、フライング・パブリッシャーズ/バルコニーから7月25日発売。絶対買うべし!!!

 …………とここまで書いて不安になったのだが、みなさん、パンタって知ってますよね? パンダじゃないよっ!


21日(月)その1

緊急アップ! 実録・世の中にはこういう非常識なバカがいる

 18日の日記に書いたメールの件だが、今日になって急展開。おもしろいというより呆れ果てた展開になったので、早速ご報告。

 まずは18日にぼく宛に来たメールの全文(実名でいきたいとこだが、人物名、会社名等は伏せ字にしてある。○○は相手の名前、××は相手の会社名。また改行位置は適宜変更してある。以下同様)である。会ったことも話したこともない人だ。斜字体は相手メールの引用部分。

「はじめまして」

どうもはじめまして、○○といいます。
いきなりのメールをお許しください。

HPを拝見し、日記を読ませていただきました。

実は私の会社で日記集をだす企画がでたのですが、頭の固い重役連中に見せる見本となる日記を探しています。そこで不躾なお願いで恐縮なんですが、よろしかったら日記を書いて送っていただけないでしょうか?まだ企画段階ですので、本になるかもわからずましてや報酬もお払いできないのですが、もしこの企画が通り、本になるとしたら改めてお願いすることになると思います。無理なお願いということは承知しています、もちろんお断りになって結構です、が、もし面白そうかなと興味を持っていただけたら、明日の日記を送ってください。良い返事をお待ちしております。

梶~×××社 ○○○○(名前)


(署名・およびメールアドレス)

 この時点では、よくわかんないメールがきたなぁ、というのが感想。プロのライター相手(しかも、会ったことも話したこともない)の依頼文にしてはずいぶんぞんざいだなと思い、こいつはオレがプロのライターであることを知らないのか? もしかしたらイタズラか? という気もしたが、とりあえず失礼のないよう、疑問点をしたため、以下のようなメールをその日のうちに送り返した。

「○○様←小野島 大」

 メール拝受いたしました。たぶん「日記猿人」をご覧になったのだと存じますが、ありがたいお申し出と思っております。

 日記をお送りすること自体はまったく問題ありませんが(もともと公開することを前提としたものですから)いくつかわからない点があります。

 「日記集」とは、私ひとりのものなのでしょうか。あるいは、複数の書き手のものを集めたものなのでしょうか。

 また、私の日記に、ある種の「商品価値」を見いだしていただいたとするなら、どこにその価値があるとお考えなのでしょうか。

 寡聞にして、御社の業務内容を把握しておりません。失礼ながら、これまでどのような出版活動を展開しこられたのでしょうか。

 前述の通り、お送りすること自体はまったく構わないのですが、サイト上の日記をダウンロードしたものではプレゼン用としてまずいのでしょうか? 一旦公開したものが、いかなる用途で使われようと、それが著作権侵害にならない限りは、私は文句を言うつもりはありません。御社のプレゼン用として、メール送付したものでなくてはならない理由はなんでしょうか。というのも、「明日の日記」といっても、どのような内容になるかまだ見当のつかない段階であり、またプレゼン用を意識して「うけ狙い」のために無理やりおもしろおかしい内容にするつもりもないので、はたしてご期待に添えるものになるかどうか、という心配があります。日記ですから、なにも書く材料がないときもありますし、アップするのが何時になるかもわかりません。アテにならないものをアテにしていただくよりは、過去の日記の中で、○○様のご意向に添った、あるいはプレゼン用として適当と判断されたものを使っていただく方が無難と思うのですが。

 以上、ぶしつけとは存じますが、質問させていただきました。

 では、失礼いたします。


 (署名)


 で、これに対する返事は21日(月)にきた。


「Re:○○様←小野島 大」

改めまして、はじめまして小野島さん、○○といいます。
突然のメールに驚かれたかと思います。申し訳ありませんでした。

 メール拝受いたしました。たぶん「日記猿人」をご覧になったのだと存じますが、ありがたいお申し出と思っております。

はい、日記猿人で拝見させていただきました^^^

 日記をお送りすること自体はまったく問題ありませんが(もともと公開することを前提としたものですから)いくつかわからない点があります。
 「日記集」とは、私ひとりのものなのでしょうか。あるいは、複数の書き手の>ものを集めたものなのでしょうか。
 また、私の日記に、ある種の「商品価値」を見いだしていただいたとするなら、どこにその価値があるとお考えなのでしょうか。
 寡聞にして、御社の業務内容を把握しておりません。失礼ながら、これまでどのような出版活動を展開しこられたのでしょうか。
 前述の通り、お送りすること自体はまったく構わないのですが、サイト上の日記をダウンロードしたものではプレゼン用としてまずいのでしょうか? 一旦公開したものが、いかなる用途で使われようと、それが著作権侵害にならない限りは、私は文句を言うつもりはありません。御社のプレゼン用として、メール送付したものでなくてはならない理由はなんでしょうか。というのも、「明日の日記」といっても、どのような内容になるかまだ見当のつかない段階であり、またプレゼン用を意識して「うけ狙い」のために無理やりおもしろおかしい内容にするつもりもないので、はたしてご期待に添えるものになるかどうか、という心配があります。日記ですから、なにも書く材料がないときもありますし、アップするのが何時になるかもわかりません。アテにならないものをアテにしていただくよりは、過去の日記の中で、○○様のご意向に添った、あるいはプレゼン用として適当と判断されたものを使っていただく方が無難と思うのですが。
 以上、ぶしつけとは存じますが、質問させていただきました。


いきなり日記を送れ!ではわかりませんよね、説明が足りませんでした。

まずあくまで企画段階ということをご了承ください。
日記集というのは不特定多数の一般の方々の本当に普通な日記を、一日一人書いていただき、それをつなげていくというものにする予定です。もちろん匿名です。それで、日記の書いてあるHP等を調べてその作者の方々にメールをだしました。そこで囲いとして、「明日の日記」として、それを基準にこちらで見させていただこうということになった次第です。この説明でわかるでしょうか?

とにかくご迷惑ならばかまいません。
もしこれでもOKとキョウミを持っていただけたなら、幸いです。

それでは

(署名なし)


 ぼくの質問に対してロクに答えもしていない。馬鹿なのか無礼なのか確信犯なのか? それともナメてるのか? これに対してぼくが即送り返した返事は次の通り。


「Re:○○様←小野島 大」

○○様 メール拝受いたしました。

日記集というのは不特定多数の一般の方々の本当に普通な日記を、一日一人書いていただき、それをつなげていくというものにする予定です。 もちろん匿名です。

 当方は一応プロのライター(音楽評論家)であり、文筆で生計を立てている者です。○○様のような方からみれば私程度のライターは「不特定多数の一般の方」なのかもしれませんが、私はそのつもりはありません。つまりそちらのお申し出は、悪意はないのかもしれませんが、私にとってきわめて無礼かつ不快なものであります。もし○○様が私をプロの音楽評論家であることをご存じなかったのだとしたら、つまりそれは私の日記およびHPのコンテンツの内容を確認しないで、先般のようなメールを送ってよこしたということであり、これまたきわめて無礼かつ杜撰であると判断せざるをえません。

 また、こちらの質問(御社の業務内容、私の日記の商品価値はどこにあるのか、公開済の日記ではなぜダメなのか、など)にも、そちらは答えてくださっていません。誠意に欠けるご返事であると、これまた判断せざるをえません。

 仮にシロウト相手の依頼にせよ、また「あくまで企画段階」であるにせよ、相手が初対面であるならば、「自分がどんなことをやっている会社のどんな人間で、どういう意図のどういう出版物を企画しており、ついてはあなたの文章のどこに興味を持ったので、ぜひお話を聞いていただけないだろうか」というところから始めるのは出版人として最低限の礼儀作法というものでしょう。とにかく私は「××××社」なる会社を存じ上げませんし(メールには電話番号や住所の記載もなかった)、もしそういう出版社があるにしても、○○様がそこの社員(あるいは編集者)であるという確証は、現時点ではなにもないのです(そもそも「○○」とい
う名が、あなたの本名かどうかもわからない)。もちろん、ネット上のやりとりとはそういう匿名性を帯びたものではあるでしょうが、ハンドルネームを使っての雑談めいたやりとりならまだしも、仮にもビジネスであるならば、最低限、自分がどこの何者であるのか、相手が了解可能な程度には明らかにすべきでしょう。もちろん、これがただのイタズラメールであったり、新手の詐欺であるなら、なにをかいわんやですが。

とにかくご迷惑ならばかまいません。
もしこれでもOKとキョウミを持っていただけたなら、幸いです。


 迷惑うんぬんというより、そちらのやり方が私の考える常識とはずいぶんかけ離れたものであると判断せざるをえないというだけです。また「不特定多数の一般の方々の本当に普通な日記を、一日一人書いていただき、それをつなげていくというものにする予定です。 もちろん匿名です」というのが、そちらの出版意図であるならば、お断りいたします。理由は、改めて書くまでもないでしょう。

(署名)



これに対する返事は、まもなくきた。

 
「わかりました」

大変失礼いたしました。
どうもこういったメールをだしたことがないもので、申し訳ありませんでした。
深く反省します、どうぞお許しください。

それでは、失礼いたしました。


(署名とメールアドレス)


 なんじゃコイツ?! 呆れているとそれから5分ほどして、次のようなメールがきた。


「それと一つ」

私の文章で理解していただけた方もいらっしゃいます。
そういった方々にお願いして、なんとか本にしてみたいと思います。

梶~×××社
東京都××区××△-△△-△
(03)□□□□−□□
●●部 ○○○○

一応疑われたままなのもいやですので、上が弊社住所、電話番号です。
確認の電話をされてもかまいません。

それでは、本当に失礼しました。

(署名とメールアドレス)



 どうやらこの男、非常識で無礼なだけでなく、相手の文意を読みとる最低限の読解力も持ち合わせていないらしい。詐欺だとかイタズラとか言いたいんじゃなく、初対面のヤツにモノを頼むんだったら、頼み方があるだろうと書いてるのがわかんないんだろうか。「私の文章で理解していただけた方もいらっしゃいます」という一文は皮肉のつもりか?

 調べてみるとこの出版社は電気関係の比較的堅い書籍を扱うところのようで、実在はしているようだった。ただし、電話はしていないし、○○なる人物が本当にいるかどうかまで確認はしていない。

 さあて、みなさん、どう思われますか? はたして私の対応や物言いが神経質すぎるんでしょうか? この程度は「よくあること」なんでしょうか?同業者、編集者の方の意見も待つ。


20日(日)

 「音楽ライター養成講座」の受講生、吉田さんの結婚披露パーティーに出席。こじんまりとした、だがなごやかな会。出会ってわずか半年で入籍という素早すぎる決断だが、お似合いのカップルであった。はやめに帰って(と言っても午前1時を過ぎていたが)、いろいろ作業をしようとデスクの前に座りコンピューターを立ち上げたが、なんとそのまま居眠りしてしまった(^_^;。トシはとりたくないねぇ。


19日(土)

 一日雨。いきなり梅雨まっさかりに突入した感じ。前にも書いたが犬の散歩をしなければならない身としては、雨は困る。寒暖の差がこれだけ激しいのも迷惑。

 数日前からサイトのアクセス解析サービスをうやってもらっているのだが、これがなかなかおもしろい。時間別、曜日別の訪問者数、人気のあるページ、どこからリンクを辿ってきたかなどが一目瞭然。さすがに誰が来たかまではわからないが(わかってしまったらインターネットの魅力は薄れてしまうだろう)、サイト運営上は参考になる。結果に基づいてサイト構成をすこし変えてみた。

 たまっているサンプルCDなどを片っ端から聴くが、いまひとつ心惹かれるものがない。特に期待していたリンプ・ビズキットの新譜は首をひねってしまう出来。ミニストリーの新譜やレッド・ホット・チリ・ペッパーズの新譜も物足りなかったし、どうもこの種のラウド系バンドは転換期にある気がする。マッド・カプセル・マーケッツの新曲も、従来の彼らのイメージを完全に裏切る驚愕の展開だったが、シーン全体が殻を破れなくて模索している感じだ。あとはレイジ・アゲンスト・ザ・マシーンとナイン・インチ・ネイルズがどうでるか、だが……。



18日(金)

 ブランキー・ジェット・シティの浅井健一に、別バンド<シャーベッツ>としてインタヴュー。以前ここで書いたような疑問を率直にぶつけてみたが、浅井もまた率直に答えてくれた。これだけの傑作を作ってしまうとブランキーの先行きが不安になるというものだが、どうやら心配はなさそうである。詳細は「uv」次号で。

 夜は新宿で「NEWSWAVE ON LINE」創刊を祝い(笑)、旧NEWSWAVEスタッフが集まり宴会。出席者は小野島、久保田、吉村、柴垣、北岡、小松、岩崎に加え岩崎ダンナの「李」さん、なぜか「フールズメイト」の石井の9人。10数年前はこういうメンツでしょっちゅう集まって飲んでいたものである。当時はみな学生やフリーターやペーペーのサラリーマンだったので、金はないがヒマだけはあったのだ。ひさびさに集まって熱い音楽談義が交わされた、なんてことは一切なく、いつもの通りの馬鹿話に終始(^_^)。最終的には「NEWSWAVE」発祥の地である阿佐ヶ谷(以前小野島は阿佐ヶ谷のアパートに住んでいて、スタッフは日曜毎に小野島のアパートに集まって編集作業をしていた)に移動、深夜まで。話題の中心は、この日の朝ぼく宛に来た1通のメールについてだった。このメールがなかなか興味深いもので、その返事をぼくが書き、いまはその返事待ちの段階。それ次第ではおもしろい展開になりそうなので、また報告します(なんのことだがわかんないでしょうが、いまは差し障りがあってまだ書けないのです)。ひさびさに涙が出るほど笑った。最近大声を出して笑うことが少なくなったからなぁ。

 帰りは当然タクシーだったが、なんと乗ってからサイフの残金が極少なのに気づきアセる。残金ギリギリまで乗って途中下車、残り30分ばかりは徒歩で帰宅。めちゃカッコ悪い(>_<)。こんなとこに書かなきゃバレやしないんだけどねぇ……トホホ。



17日(木)

 深夜になって更新作業にかかろうとしたら、いきなりHTMLソフト(ホームページ・ビルダー)が立ち上がらなくなった。あれこれいじりまわし、インストールし直そうとしてもうまくいかず、悪戦苦闘3時間。最終的にはレジストリを書き換えるという荒技で、ようやく復旧。いや、一時はどうなるかと思った。ホームページ・ビルダーはスグレモノだけど、あまりそれに頼りすぎるのも危険だ。

 さて、この日記の横に「日記猿人」とあるが、これは個人の日記を公開しているサイトのリンク集で、読んでおもしろいと思った人の投票で順位を決めるというもの。ま、ほとんど自己満足みたいなもんですが、投票してくれるとうれしいな、と。投票資格をえるのがちょっと面倒ですが。

 あしたの取材に備え、ブランキーの浅井健一の別バンド、シャーベッツの新作『シベリア』を繰り返し聴く。前にも書いたが、これはほんとうに傑作。正直いってブランキーの近作よりいいと思う。素晴らしすぎる。当然今年のベスト・アルバムの有力候補だ。もう何十回となく聴いたが、まったく飽きない。



16日(水)

 いよいよ暑くなってきたので、床屋でばっさりと髪を切り、さっぱり。なじみの床屋さんなので会うなり「痩せましたねぇ〜〜」と言われる。食事を変えたぐらいなのに、なぜこんなに急激に体重が減ったのか謎。なんか悪い病気だったりして(^_^;。

 そのあと音楽ライター養成講座へ。受講生の作品の講評をおこなう。出来不出来はともかく、みな一生懸命書いてくれるので、読む側も真剣になる。人の作品を批評することで、こっちの原稿にもいい意味で緊張感が出てくるのである。こんど同業者でも呼んで批評してもらおうかとも思う。終了後はいつものように酒宴。またも午前様(^_^;。最近とみに外で酒を飲む機会が減っているので(この日記読んでる人はわかりますね)、毎月第1、第3、第5水曜の酒宴は楽しみのひとつではある。酒宴の席上で当サイトの話題になり、OFF会開催の話になる。くわしいことは掲示板に書いたんで、参照してください。

 お知らせ。この日記の5月11日にも書いたシンガー・ソングライター徳永憲の、初のバンド形式(トリオ)でのライヴが21日(月)に東京・渋谷のNESTでおこなわれます。これまでずっとソロの弾き語りのみだったが、5月11日のパーカッション奏者を加えたライヴが良かったので、たぶんバンド形式になればさらに期待できるはず。時間があればぜひ。もちろんぼくも行きます。


15日(火)

 珍しく昨日今日と時間があったので、HPのメンテなどをチョコチョコと。過去ログの閲覧ページ、期間限定掲示板(11/7注……現在休止中)の開設など。保科さん岡村さんのページも更新。ニフティのHPを見ていたら、チャットのサービスを始めたとの掲示が。チャットねぇ。ぼく自身、キーボードを打つ速度に自信がないこともあって、チャットには参加したことがない。でも需要があれば設置だけでもするか。みなさん、あった方がいいですか?

 R&Sのドラムン・ベースのコンピレーション『フィジカル・エンカウンターズ』(国内盤、6/19発売)。アナログで発売されたシングルを中心にコンパイルしたもので、ドライでハードなダンス・トラックばかり。甘口なとこがないので聴く人を選びそうだが、内容はかなり質が高い。

 最近のトレンドは「ブラス・ロック」だっ!というわけで、スカパラ、ブラック・ボトム・ブラス・バンドに続いてイキのいい連中がデビュー。ホット・ヒップ・トランポリン・スクールという大阪の十人組で、デビュー・アルバムのタイトルは『コレがほしいんだろ!』と、ちょっとお下品ですが(^_^;、中身はなかなか。前出2バンドのようにスカやニュー・オリンズ・ファンクといった背骨が通っているというよりは、ソウル/R&B/ロック/ダブなどを巡ってより雑然としたミクスチュア感覚を聴かせる。ある種のソフィスティケイトされた現代性を特徴としているようで、クラブ音楽世代らしい軽やかなセンスが感じ取れる。ちょっと甘い脱力系のヴォーカルといい、むかしのオリジナル・ラヴや小沢健二みたいな「渋谷系」と共通する匂いも。スカパラの冷牟田竜之のプロデュース。PRYAIDレコードから発売中。


14日(月)

 町田康の小説に「フォーク並びを主張する男」って出てきますよね。フォーク並びっていうのは、銀行のキャッシュコーナーとかスーパーのレジとか駅の券売機とか、複数の窓口や受付がある場合、受付毎に列を作るんじゃなく、一列にまとまって並ぶやり方。で、空いたところに順に移動するわけである。このやり方なら列の消化のちがいの関係であとから来た人が前に並んでた人より先に用を済ますって理不尽がない。外国とか銀行なんかでは定着してるけど、日本ではあまり一般的ではないですね。町田康の小説の登場人物もそれを声高に主張したら白い目で見られてしまうわけだが、ここでワタシもフォーク並び励行を激しく主張したいのだ。なぜかといえば、駅の券売機でも、スーパーのレジでも、ワタシが並んだ列はことごとく消化が遅くなってしまうのである。一番並んでいる人が少ない列の最後尾につけても、たいていの場合モタモタしたジジババや、窓口に到達してからよっこらしょと巨大なハンドバッグを出し、サイフをごそごそ探し始めるオバハンや、ワケのわからんクレームを係のねーちゃんにつけてるオッサンなどが出現し、たちまち流れが滞ってしまうのだ。ひどいときには、ぼくの目の前のババアのときにいきなり券売機が故障し、仕方なくちがう列の最後尾に並び直したこともある。なぜだか知らないが、ぼくの並んだ列が隣の列より早く消化したなんてことは滅多になく、おそらくは90%近い確率で流れが滞る。こないだのカナダ出張のときの税関や入国/出国検査もそうだったし、今日買い物にいった近所のスーパーでもそうだった。むかし相原コージが「日常生活の些細な怒りをぶちまけるバンド」というテーマで、時間切れ間近のキャッシュコーナーで通帳記帳だけしてるオバハンを糾弾するパンク・バンド(笑)を描いていたけど、ぼくも実はそういう些細なことにはきわめて気が短いほうで、列に並ぶたびにイライラしっぱなし、実に精神衛生上よろしくないのである。みなさん、あしたからフォーク並びをやりましょう。

 前日からこの日にかけて多忙にかまけて怠っていた「AUDIO / VISUAL」「INTERVIEWS」を更新、「READER'S FORUM」に寄せていただいた投稿のいくつかに感想を書く。この日記とともにアップしているはずだ。いただいた投稿に関しては時間の許す限りぼくの感想を書き添えるつもりなので、積極的にお寄せください。もちろん、みなさんの感想もお待ちしてます。

 オウテカの新作『ep7』(国内盤、6/19発売)。メカニカル・ビューティーといった趣の幾何学的ピュア・テクノ。大きな音で聴くとそのカチカチと引き締まった硬質な電子音がとにかく最高に気持ちいい。オーディオ・ファンや音響派好きの人にもいいだろう。


13日(日)

 3週間ぶりにゆったりした週末。G1観戦も3週間ぶり。安田記念のグラスワンダーの敗戦は、いやな予感があたった感じ。京王杯のときにも書いたが、どうもこの馬、まじめに走っていないのではと思わせるのだ。こういう一本かぶりの大本命馬を確実に勝たせる信頼性も、的場にはない。まぁ今日のエアジハードは一生に一度というような鬼脚を使った感じ。もう一度やれといわれても、たぶん無理だろう。蛯名の騎乗も冴えに冴えている。いつのまにか3着に食い込んだシーキングザパール武豊もさすが。

 トッド・ラングレンの『ライヴ・イン・シカゴ'91』(国内盤・6/23発売)。ぼくがこの人にもっとも夢中だったころの名作ライヴ『バック・トゥ・ザ・バーズ』を思わせる佳作。歌唱力はすこし衰えた感じだし、やたら厚ぼったくデジタル・シンセ臭い演奏は気に入らないが、久々にこの人らしいソウルフルな歌が聴ける。曲も名曲揃いです。トッド・ラングレンのカラオケが入ってるボックスがあれば、ワタシはいつだってとんでいきます。80年ぐらいまでの曲なら、全曲歌える(たぶん)。そういえば昨日の渡辺さん/美馬さんのパーティーでもトッドが流れていたが、「Can We Still Be Friends」なんて別れの曲を使っちゃいかんでしょ、やっぱ。


12日(土)

 クロスビート編集・美馬亜貴子さんと東芝EMI渡辺成一さんの結婚パーティーに出席。有力媒体の編集者と大手レコード会社制作マンの結婚だから、関係者ばかり二百数十人も集まり壮観なパーティーだった。オカムラ、佐藤、保科、赤尾といった本サイト連載陣のほか、知り合いがゾロゾロ。人が多すぎて、新郎新婦とあまり接する機会がなかったのは残念だったが、なごやかないいパーティーだった。元クロスビート初代編集長・森田敏文さんと会うが、彼が手がけていた雑誌で休刊中だった「DIG」が秋ごろ復刊するという。復刊企画について軽く打ち合わせ。

 会が退けたのは午後4時半と中途半端な時間で、飲みにいくにはすこし早いし、遠出をするには遅すぎる。映画でも見ていこうかと思っていたが、久々に人がたくさんいる場ですこし疲れたのでそのまま帰宅。小林信彦『コラムは誘う』(新潮社)を読む。「エンタテインメント時評」とサブ・タイトルがついた中日新聞に連載中のエッセイの単行本化で、これが3冊目。数日前の日記にすこし書いたが、この人が中原弓彦名義で書いた『日本の喜劇人』と『世界の喜劇人』を学生時代に読んだことが、その後のぼくのエンタテインメントに関する嗜好や世界観を決定づけたところがあるので、すっかり小説家専業になってしまったいまも、この人の書くものは興味深い。とくに有望な若手のお笑い芸人が出てきたとき、この人がどう評価するか、とても気になる。半分お笑いだったころの電気グルーヴやスチャダラパーを見ていたら、どういう評価をされていたか。この書では、まだブレイクする前の爆笑問題が取り上げられ、高い評価を受けている。しかしこのコラム集の主軸は、お笑いというより、テレビ、映画、ラジオ、演劇などエンタテインメント全般に関するもので、特にアメリカ映画に手厚い。『日本の喜劇人』『世界の喜劇人』のような、豊富な資料や取材に基づく緻密なものではなく、ほとんど一筆書きのような気楽な読み物だが、ただストーリーを紹介しているだけのような内容なのになんとなく読ませてしまうのは、長年のキャリアのたまものか。そんなうまい文章とも思わないが……。

 新庄、敬遠のボールを強打して阪神サヨナラ勝ち!\(^o^)/ 8回の同点ホームランといい、とても去年まで2割2分台で低迷してた2流選手とは思えない。いきなりの4番で結果を出しているんだから大したもの。野村監督は「地位が人を作る」と言っていたが、ほんとにそうなるかも。ノーアウト満塁で点が入らなかったときはどーなるかと思ったが、いやー、野村ファン、アンチ読売党としては痛快な日でした(^_^)。


11日(金)

 一日原稿書き。海外出張の疲れをまだ引きずっている感じで、あまり体調がよくない。とりあえず今日で仕事は一段落する……予定だったんだけど……(T_T)。

 ローカストのマーク・ヴァン・ホウエンのソロ『プレイング・ウィズ・タイム』(国内盤ソニー 6/19発売)。胸元にフッとたぐり寄せられる感じのレトロ・フューチャリスティックな音響アンビエント。おそろしく深淵で蠱惑的な電子音楽の世界。これは推薦盤だ。

 快楽亭ブラック著『日本映画に愛の鞭とロウソクを』(イートハーヴ出版)。立川談志門下の落語家である著者の、足かけ8年に渡る映画鑑賞記。14年連続して年間365本以上の映画を、それも試写状などに頼ることなく自腹を切って見続けているという。とくに戦後公開された日本映画は全部見ることを目標にしているらしく、その熱意と知識の埋蔵量はすごい。18歳のときたまたま偶然見たピンク映画が大傑作で、これだけの傑作なら当然各誌のベスト10で選ばれるだろうと思っていたら誰も選んでいなかったことで一切批評家を信用しなくなり、それ以来メジャー、マイナー問わずすべての日本映画を見続けているという。ジャンルは違えど一応プロの批評家であるぼくにはめちゃ耳の痛い話だ。ぼくも大学の4年間で見た映画は1000本近くあるけど、社会人になったら激減してしまった。もちろん著者は落語家としての仕事もバリバリこなしながら、この本数だ。ほとんどのプロの批評家はハダシで逃げだすしかあるまい。見た本数が批評の質を決めるわけじゃないが、せいぜい十数本見たぐらいでエラそうにキネ旬ベスト10に参加してる名前だけの批評家は恥じるべき。著者のエラいところは、ピンクやC級ヤクザ映画を愛好するマニアにありがちな無闇なメジャー敵視がなく、たちえば山田洋次みたいな監督、「男はつらいよ」みたいな大衆作もきっちり評価してること。ピンクでもメジャーでも分け隔てなく、つまんないものはつまんないと歯に衣着せぬとこ。これはなかなかできないことだ。とにかく我が身を振り返って反省させられることばかりだった。もちろん、単純に映画に関するエッセイとしても楽しく読める。96年ごろまではすべて劇場に足を運んで見ているのに、その翌年ぐらいからビデオ鑑賞やCATV鑑賞が増えてくるのは、考えさせられた。並木座も文芸座もなくなって、邦画の旧作を上映する名画座はほんとに少なくなってしまったのだ。著者と同じく邦画の偏愛者であるぼくも実感してるとこだ。なお、近々映画に関するコンテンツを登場させる予定。なにかいいアイディアがあったらメールください。


10日(木)

 若干二日酔いのカラダをひきずって、ベイ・エリアのラウド系バンド、マシーン・ヘッドの取材。ヴォーカリストのロブは鼻ピアスのコワモテ風だが、まるで映画スターのように端正なイイ男で、ちょっと見惚れてしまった。あまり愛想のいい方ではないと思うが、といって非協力的なわけでもなく、淡々と答えてくれた。意外なほど健全、というかまっとうな考えを持った人のよう。詳細は『クロスビート』で。

 一旦帰宅、また出かけた先は、なんとドラゴン・アッシュ降谷建志の取材。おおお〜〜〜っメジャーな仕事してるな、ワレながら(^_^)。シングルを3枚同時にベスト10にチャート・インさせ、来たるアルバムもミリオン・セラー確実と言われる期待の新星である。まちがいなく、ぼくが過去取材したことのある邦楽アーティストで一番売れてる人だろう。光栄なことではありますが、なんせ相手は20歳。オレの半分の年齢である。ヘタすりゃ親子(笑)。始まる前にはどうなることかと思っていたが、案ずるより生むが易しというか、スムーズに進んで一安心。年齢からは信じられないほど大人びた印象で、考え方も実にしっかりしている。売れたという先入観があるからそう思うだけかもしれないが、確かに大物の風格はあった。詳細は『ワッツイン』『tribe』(ソニー・マガジンズの新雑誌)で。

 降谷も若いが、この日ドラゴン・アッシュの他のメンバーの取材に来ていたライターの石井恵梨子さんも若い。『DOLL』『フールズ・メイト』『クロスビート』などで、主にラウド系バンドの記事を書いているが、たしかまだ21歳かそれぐらいだろう。待ち時間の間に久しぶりに話をしたが、この人も実は「音楽ライター養成講座」の出身。昨日の話の続きをいえば、彼女は「2回目の課題」も見事にクリアする技量と応用力があった。そしてさらに重要なことは、彼女には「どうしてもプロになりたい」という強い意志があった。率直に言って、講座に通っていたころの石井さんより、文章技術的にみれば同等かそれ以上の人は何人かいた(いる)かもしれない。だがプロになれるかどうかの分水嶺は、どれだけ自分の目標の実現に向けて熱意と努力を傾けられるかどうか、ということなのだと思う。


9日(水)

 夜から音楽ライター養成講座で講義。本来は先週の予定だったが、出張のため1週延ばしたもの。ほぼ2週間に1回というペースはもどかしいようでもあり、ちょうどいいようでもある。講義の基本は受講生に一定の課題を与えて作品を書いてきてもらい、それを全員で読んで感想や意見を交換しあうというもの。1回目の課題は任意のレコードを1枚選んでもらって、それに関する評文を書く。また2回目の課題は原則的にはこちらから作品を指定して、それに関して評文を書いてもらう。このパターンはどの期でもほぼ同じである。もちろん例外はあるが、ふつう1回目の課題は受講生の人も自分の好きなレコードやアーティストを選ぶから、評文も熱のこもったいいものになる。だが2回目の課題の場合、必ずしも自分の愛好するジャンルの音楽ではないし、また多くの場合まだブレイク前のアーティストを指定することが多いので情報が少なく、手探りで書かねばならならない。だから、1回目の課題でキラリと光るものを見せた人も、ここで躓いてしまうケースがけっこう多い。そしてプロのライターとしてやっていけるかどうかは、2回目の課題のような「応用力」がどれだけあるかにかかっている。プロのライターが自分の好きなアーティストやジャンルについてだけ原稿を書いてると思ったら大まちがいなわけで、自分になじみのないジャンルやアーティストでもこなさねばならないこともある。どんなものもその人なりの切り口で書くことを求められるわけで、それを高い平均点でクリアしていかねば、プロとして一人前とは言えないだろう。音楽評論をひとつの自己表現としてとらえれば、題材とする音楽やアーティストはなんであれ、その人なりの個性や意見、感性を評文に反映させることができなければダメである。もちろんライターとして一定の得意分野を持つことは悪いことじゃないし、心惹かれるアーティストやレコードについてどうしても語りたい、という熱意はなんにも増して大事だが、これはそういうこととはまったく別の、プロとしてのスキルの問題なのだ。この講座出身で、現在商業誌などで原稿を書いている人は、そうしたテーマをある程度以上の水準でクリアできたわけである。

 2回の講義のあとは酒宴。まぁこれはいつものことだが、ふだんは8時からの回の人としかつきあえないのに、今回は6時の回の受講生、さらに前期に通っていた人(OB)も集まって、大変な大人数になってしまった。おそらく総勢40人近くいたんじゃないか。8時の回の受講生は社会人が多いが、6時の回の受講生は学生が多く女性率も高い。さながら合コンのような趣もあり、オヤジのうえ女房持ちの私は、いささか眩しい思いでありました(^_^;。翌日は朝はやくから取材なのに、帰宅は午前4時。ワレながら懲りない男である。



8日(火)

 いつのまにか東京は梅雨に突入しているらしく、蒸し暑い。足元の犬もぐったりしている。わずか3日前までは外国にいたとは信じられないぐらい、当たり前の日常。一日、取材準備のための新譜テープの試聴や資料あさり。文章書くのも音楽聴くのも大好きだけど、仕事は好きじゃないなぁ(当たり前か)。

 日曜日に帰国し、家に帰ると犬が尻尾を振りながら出迎えてくれたわけだが、ぼくが外出から帰るたびにいつもこんな調子なので、別に「ご主人さま、お久しぶりでございますぅ〜〜」などと言ってたわけではない(と思う)。そもそもこの犬は、ご主人さまがしばらく家を空けていたことに気づいていたのか?という疑問がフツフツとアタマに湧いてくる。だいたい、犬があからさまに嬉しそうな様子なのは、毎日の散歩と食事のときぐらいで、あとはご主人さまの帰宅だろうが見知らぬ人に頭を撫でられようが道ばたで他の犬に遭遇しようが、同じように尻尾を振っているだけである。人懐っこいことでは人後に、いや犬後に落ちないのは結構なのだが、そもそもこいつは、ふだんナニを考えておるのか? 映画「ベイブ」みたいだったら楽しいけど。「さんぽさんぽさんぽさんぽ」とか「ごはんごはんごはんごはん」とか、ループ状態になってるんだろーなー(^_^)。

 内容のない日記で申し訳ない。あしたはもう少し頑張りますm(_ _)m。


7日(月)

 ようやく今日から、日記もリアルタイム更新となりました(^_^)。

 さすがに疲れが一気に出たのか、午後2時半まで泥のように眠りこける。起床してメール・チェックしたら、佐藤さん今井さん渡部さんと原稿が到着している。ぼくが無事帰国したのを確認して送ってきたようだ(^_^;。そりゃそうだ。管理人がいなけりゃ、原稿送っても誰も更新する人がいないもんね。久保田稔人の新連載も開始。本人も書いているように、まだエンジンかかかりきっていない感じの内容だが、ひとまず管理人との掛け合い漫才のつもりでおつきあいいただきたい。

 留守中に届いていたアドバンス・テープや試聴用CDのチェック。ザ・ザの新譜『nakedself』(8/4発売予定)がかなり良さそう。もう少しじっくり聴き込んで、ご報告します。マシーン・ヘッドの新作『The Burning Red』(7/21発売予定)もかなりイカす。ロス・ロビンソンをプロデュースに迎え、かなりイマ風のヘヴィ・サウンドに。コーン・ファンにはおすすめ。


6日(日)

 午後2時過ぎに成田到着。荷物が出てくるのにやたら時間がかかったため、空港ロビーに出てきたのは3時半近く。そのまま解散し、箱崎行きのリムジン・バス、地下鉄半蔵門線を経て帰宅。荷ほどき、たまりにたまった郵便物の整理、未読70件のメール処理などで忙殺される。ヤッフーからメールがあり、無事登録されたとのこと。申請に対して登録される率は10%以下という噂もあったので、まずは一安心。次の目標は「クール」のゲットか。不在中の当サイトの訪問者は800強。約5日半ぶんだから、一日150人弱ぐらい。それまでが一日約180前後〜240前後だから、当然ながらだいぶ減っている。でも、更新がないことはアナウンス済なんだから、掲示板だけ見に来た人の数と思えば、とてつもなく多いかも。夕食、ダービーのVTR確認のあと、日記の更新にかかるが、結局3日までのぶんをアップしたところで力つき、就寝。疲れた。


5日(土)

カナダ・ツアー始末記・5

 早朝6時に起床、空港へ。トロントの免税店で土産物でも買おうかと思ったが工事中で簡単な売店ぐらいしかない。商売っ気がないねぇ。もう2度と来ることもないであろうカナダ、そしてトロントの最後の時はあっさりと過ぎ、10時5分発のノースウエストでデトロイトへ。トランジットの間に、貧弱な免税店で買い物。しかしなんでカナダ旅行なのにハワイ産のクッキーやカリフォルニア・ワインを土産にせなあかんねん(^_^;。時間潰しで立ち寄ったカフェは、行きに寄った店と同じだった。ウエイトレスのねーちゃんのダラダラぶりも同じ。

 1時間余のトランジットの後、一路東京へ戻る。とくに仕事らしい仕事は何もしなかったが、疲れは澱のように溜まっている。しかし機中では寝付けず、結局宮部みゆき『クロスファイアー』(光文社カッパブックス)上下巻を読了。もちろん力のある作家だからつまらないということはないが、彼女の最高傑作は『火車』であるという自論を変えるまでには至らず。


4日(金)

カナダ・ツアー始末記・4

 ズボンズのメンバーと昼食をともにする約束で、小屋敷さん、黒田さんと彼らの滞在するホテルにむかうが、場所が見つからず、あちこち探しているうちに小屋敷さんらとはぐれてしまう。あれれと思っている間にマネージャー河原崎さんと遭遇して一安心。トロントの住所表示はロンドンと同じで、すべての通りに名前がついている。ところが彼らの滞在するホテルの通りは途中で公営アパートの敷地のようなところを通り抜けていかねばならず、とてもわかりづらい。まぁ日本に比べれば全然わかりやすいけども。結局小屋敷さんらとは再会できず。

 昼食はチャイナタウンの中華料理。ドン・マツオ氏のヤマ勘で選んだ店だったが、これが大正解。安くて量が多く、味もそこそこ。特にスープがおいしい。

 最初の予定では、昨日のエル・モカンボの翌日、つまり今日、モントリオールでのライヴが予定されていたらしいが、直前にキャンセルになったようだ。せっかくエル・モカンボのライヴで調子が出てきたところなので、マツオ氏はできればもう一発ライヴをしたそうなそぶりだった。エル・モカンボの機材が最悪という話になったが、海外ツアーをやっていると、いろんな意味で「期待しなくなる」らしい。つまり、ライヴ・ハウスの設備や現地のスタッフをアテにせず、自分たちのチカラでなんとかベストなパフォーマンスをできるようになる。どんなにボロな機材であっても、その範囲内でベストなライヴをする、というある種のしたたかさ、逞しさが身に付くというのである。「弘法筆を選ばず、でも選べばもっといいライヴができる、ということですかね」とマツオ氏は言う。ギターウルフにしろコーネリアスにしろバッファロー・ドーターにしろ、そういうバンドが多く出てきたのは頼もしい。堀脇さんの話によれば、バッファロー、コーネリ、ピチカート・ファイヴ、チボ・マット、ボアダムズなどはすでにニュー・ヨークのファンの間でもかなり知られた存在のようだが、ズボンズがそうなる日も近いだろう。

 彼らと別れ、ホテルまでの道すがらをブラブラと歩く。カナダはアメリカ以上に喫煙者に厳しい街で、公共の場所ではまず百%禁煙。オフィス・ビルの前の路上で、サラリーマンやOLがプカプカ煙草を吸っているところには、しょっちゅう出くわす。ぼくは煙草を吸わない(やめた)から関係ないけど、小屋敷さん、黒田さん、近藤さんらはヘヴィ・スモーカーなので大変だったみたい。

 トロントは治安のいいところのようで、夜中に出歩いてもそんなに危険を感じない。ホームレス、というか物乞いは結構多く、うら若い女性が紙コップを持って道ばたに座り込んでいるのはちょっと驚いたけど、町中はおおむね安全。カナダ一の都会ではあるが、ニューヨークや東京ほどゴミゴミしていないし、殺伐としてもいない。といって田舎臭いわけでもない。気候も思ったほど寒くないし、そこそこ便利。過ごしやすい土地のようだ。英語が堪能で、稼ぎ口があるなら、トロントに住むのもいいかもしれない。

 こんなとこに来ても気になるのはやっぱりレコード屋(^_^)というわけで、いくつか発見。DJ向けのアナログ専門店や、日本でいうと「ワルシャワ」みたいなインディもの専門店もあった。コーネリや嶺川貴子嬢はここでも人気。ほかにジム・オルークなどシカゴ派周辺が注目を集めているあたり、あまり日本と事情は変わらない。レコードは日本より安いが(というか、店によって差が激しい)、品揃えそのものは日本の方がいい。地元カナダのインディものなどもあるが、よくわからないので、今回はパス。その代わり、タワー・レコードで、音楽関係の書籍を何冊か。収穫はドアーズとザ・フーの、それぞれの全コンサートのデータをまとめた本。

 ホテルに帰るとすぐ小屋敷さんから電話があり、時間を決めて近くのイタ飯屋で夕食。トロントでの最後の晩餐ということになる。味はまぁまぁ。テラスで風に吹かれながらの食事は気持ちがいい。赤ワインを頼もうと思い、カベルネ・ソーヴィニオンを頼んだら、ウッドブリッヂが出てきてがっくり。これって、日本でしょっちゅう飲んでるヤツじゃん(>_<)。それでもボトル1本ひとりで明け、心地よく酔ってホテルに戻る。戸梶圭太『闇の楽園』(新潮社)読了。第3回新潮ミステリー倶楽部賞受賞作だが、ミステリというより、筒井康隆の影響をうかがわせる活劇もの。人物造型に魅力がないのでもうひとつのめり込めなかったが、読みやすいので、すらすらと読み終えてしまった。


3日(木)

カナダ・ツアー始末記・3

 まずは朝一番で『スター・ウォーズ』鑑賞。おおげさに言ってしまえばトロント中の映画館がスター・ウォーズを上映している感じ。東京でいえば、渋東シネタワーの4つの映画館のうち3つでスター・ウォーズをやっているというところ。平日の朝一番ということもあり、午前11時半に入った場内はガラガラだった。入場料は驚きの6ドル半(約600円)。もちろん早朝割り引きで、夜の回だと10ドルだが、それにしたって900円前後だ。日本のロードショー料金の半額から1/3。日本の料金体系ってどうなってるの?

 さて肝心の内容だが、まぁまぁというところか。600円なら満足だが、日本で1800円払ってこれだと、ちょっと微妙なとこだ。もちろん字幕がないから細かいとこはわかんないが、それにしても1作目のときより言葉に頼る比重が多く、映像だけで圧倒していく明快さに欠ける。ただ、たしかにSFXや音響効果はすごい。とくに音はこの映画の肝なので、なるべく音響設備の充実した映画館を選ぶべき。ナタリー・ポートマンは心配していたより良かった。ユアン・マクレガーは存在感なし。日本では『タイタニック』の興業記録を抜くかどうかが注目されているようだが、この内容ではまず無理だろう。家族連れ、男同士、あるいはアベックもこの映画を見るかもしれないが、女の子同士で『スター・ウォーズ』を見ることはあまりないと思えるからだ。『タイタニック』はもちろん、映画も含む現代資本主義社会のコマーシャル/ファイン・アートの商業面を支えているのが、女性パワーなのは明らかである。むしろ『スター・ウォーズ』は映画以外の、ビデオも含むマーチャンダイスで空前の売り上げとなりそうだ。

 夕方からエル・モカンボで、ズボンズのリハーサルを見学。ひとつひとつ丹念にエンジニア(日本から同行している)と音を決めていく作業は一見退屈だが、よくみるととても興味深いものだ。スネアのスカーン!と抜ける音が気持ちいい。ドラムスが代わって初めて彼らのライヴを見るが、リズムの芯が太くなったのを感じる。聴く者を巻き込んでいくようなグルーヴが逞しい。ドン・マツオはリハーサルなのに目一杯のシャウト、そしてジャンプ。聞けばリハーサルはもちろんスタジオでの練習でもこの調子だそうだ。めちゃくちゃ好感の持てる連中である。リハが終わって、ダンがスタッフ、ゲストの入場料と、レコーディングに使用するならマイクのレンタル料をよこせと言い出して一悶着。ゲストはともかく、スタッフの入場料まで払えとは前代未聞だが、はるばる日本から、それも大メジャーのEMIがTV局のクルーやジャーナリストまで引き連れてやってきたということで、とれるとこから金はふんだくってやれと考えたのだろう。彼の強欲ぶりを批判することは簡単だが、ときには自腹を切ってインディペンデントなアーティストをバック・アップしていかねばならない立場なのだから、そういうやり方はある意味で正しいと思う。

 彼らの出番は4バンド中3番目、11時半ごろ。トリじゃないのかと思われるだろうが、店側によればこれが一番いい時間帯ということで、ズボンズの要望は最優先で聞き入られたらしい。ということで、一旦ホテルに帰り、食事をして待機。10時すぎごろ会場に向かう。

 1番目、2番目のバンドも見たが、正直言って時差ボケで半分寝ているような状態だったので、よく覚えていない。それまで閑散としていたフロアがズボンズの出番になると一杯に埋まり、確かに彼らがこの日の主役であることを示していた。とはいえ、この日の客は評判を聞いて駆けつけたものの、実際に彼らの演奏を聴いたことがあったわけではなさそうで、最初は様子見が明らかだったが、あまりのアーティストの熱演、エネルギー、強靱なグルーヴの迸りに、すぐ大声援になったのは、数日前のオーディオ・アクティヴと同じ。去年の暮れのクアトロ以来の彼らのパフォーマンスにはいろいろ思うところはあったが、詳しくは、これから書く各誌の記事を見てください。

 すべてが終わったのは2時半ごろ。心地よい疲労が身体を包んでいた。


2日(水)

カナダ・ツアー始末記・2

 ホテル近くのピザ・ハットで朝食兼昼食、それからニューヨークから来た堀脇さんというコーディネイターの方と落ちあい、いよいよ『エル・モカンボ・クラブ』へ向かう。堀脇さんは映像関係の仕事もされているらしく、3日のライヴでは近藤さんとともに堀脇さんもカメラを回すらしい。今日はいわば、エル・モカンボ側との打ち合わせ兼ロケハンである。

 エル・モカンボは古いキャバレーを居抜きで譲り受けたような古い三階建てのビル。英米のライヴ・ハウスやクラブ、パブにはよくあるタイプの店構えだ。外見も中身も汚く、とてもストーンズが録音に使った名門クラブとは思えない。1階と2階にそれぞれステージがあり、3階は楽屋と事務所。ズボンズのライヴは2階でおこなわれる予定である。ズボンズのマネージャー、河原崎さんとも面通し。以前スマッシュにおられたころに、この方にはお世話になった。ズボンズのマネージャーを引き受けることになったのは、ごく最近らしい。

 ところが到着した途端、いきなりエル・モカンボのマネージャーのダンが怒り狂っている。ズボンズ側にはまったく関わりのないことだが、ひとまず彼の怒りが収まるまで待機。どうやら相当クセの強い人物らしく、いきなり毒気に当てられた格好だ。今回のズボンズのライヴは、昨年たまたまここでやる機会があった彼らをダンが気に入り、今回おこなわれる「NEON PALM FESTIVAL」という、カナダを中心にアメリカ、イギリス、ニュージーランドなどからのインディ・バンドを集めたイヴェントの目玉として、改めて招待したということらしい。地元の『ヴィレッジ・ヴォイス』みたいなフリー・ペイパーにズボンズのインタヴュー記事が載ってるし、エル・モカンボの作成したポスターやチラシ、広告などはドンマツオのジャンプする写真を使うなど、完全なメイン・アクト扱いである。なんだかおもしろくなりそうだ。チケットは前売りで500近く売れているらしい。

 2階のフロアはステージに向かってやたらと横に長く、奥行きのない作り。かなり変則的な構造で、近藤さんたちはカメラの位置決めに四苦八苦している。当日はさらに応援のカメラマンが2名きて、合計4台で回すらしい。そうこうしているうちにメンバーが到着。今日予定されていたリハーサルは明日の本番前に延びたのだが、下見と、機材の確認で訪れたようだ。ダンもやってきて、当日のライヴの打ち合わせをあれこれ。もちろんぼくには直接関係のない話なので、隅でおとなしくしている。ジェット・ラグでやたらと生アクビが出る。ぼくは基本的に時差ボケには強いのだが、やっぱトシなのか(>_<)。

 エル・モカンボから帰り、一休みしてから堀脇さんが探してくれたシーフード料理店で夕食。ニューヨーク大学の映像学科を卒業されているという堀脇さん、近藤さんと映画の話で盛り上がる。ニューヨークで評価の高い日本の映画作家は、やはり北野武だそうで、もはや巨匠扱いらしい。今度ハリウッド資本で撮るんだよね。そしてこっちではもうスターウォーズが公開中。堀脇さんによれば、やはりSFXはすごいようだ。日本公開は7月10日だが、いま見ておけば1ヶ月は自慢できるか。そういえば第一作のときは大学生で、初めてのヨーロッパ旅行のときにロンドンで見たのだった。確かアメリカの公開から半年か1年遅れての日本公開だったので、日本のファンの間ではかなり飢餓感があったのである。とはいえメディアの報道もいまほどではなかったから、その熱気はあくまでも映画マニア、SFマニアの間だけだった。でも今回は全然ちがう。ぼく自身はLDで3作分揃えているぐらいで、特に熱心なファンでもないが、一見の価値はありそうだ。

 ホテルに戻り、また読書。高島哲夫『イントゥルーダー』(文藝春秋)。これも買ったまま積ん読になってたもの。おもしろいけど、ちょっとプロットに無理があるような気がした。 


1日(火)

カナダ・ツアー始末記・1

 夜半3時までなんやかやと準備、就寝したものの、うとうとし始めたころに起床、7時に出発。午前11時10分発のノースウエストでデトロイトまで、トランジットでそこからトロントにむかう。同行するのは東芝EMI宣伝の黒田さん、小屋敷さん、スペースシャワーTVの近藤さん。スペースシャワーでエル・モカンボのライヴを中心にズボンズの特番を組むらしい。小屋敷さんとは、彼がdipの制作担当だったころからの知り合い。ズボンズのスタッフやメンバーは一便あとの出発となる。

 飛行機の旅というのが、あまり好きではない。ていうか、コワイ(>_<)。離陸のとき、乱気流に突っ込んだとき、着陸のとき、自分でも情けないと思うぐらい、全身の筋肉がこわばっているのがわかる。何度やっても、こればかりは慣れない。

 とはいえ、今回の行きの旅は奥田英朗『最悪』(講談社)がかなり面白く、集中して読めたので、苦手の飛行機もあまり気にならなかった。ノースウエストは機内は汚いしサービスも粗雑、機内食はマズイと三拍子揃っているが、ひたすら本を読み、ワインを飲んで、眠くなったら寝るということを繰り返すうち、いつのまにか飛行機はデトロイトへ着く。小屋敷さんがアメリカ入国の際の税関検査でひっかかり、いきなりの怒りモード。トランジットで立ち寄っただけなのに、なに神経質になってんだろうね。どうもアメリカという国の、こういうアンバランスさが気に入らない。

 ところが乗り換えのタイミングが悪く、結局4時間以上をデトロイトの空港のカフェで潰すことになる。うす〜〜いビールと大味なオムレツを口に運びながら、無駄話をしてまったりと過ごす。なんか、のんびりした旅になりそうである。『最悪』を読了、東野圭吾『秘密』(文藝春秋)を読み始める。

 現地時間午後3時過ぎにトロントに到着。空港からタクシーで市の中心地に向かう道すがら感じたのは、摩天楼が立ち並ぶ北米の大都市らしい無機質さと、英連邦の一員らしく古いヨーロッパ風の街並みが同居したハイブリッドぶりだ。飛行機は嫌いだが、初めて訪れる国はいつもワクワクする。

 ホテルはダウンタウンの真ん中あたりにある「DAYS INN」というところ。団体客向けの気楽なホテルだが、あちこち出かけるには、ちょうど良さそうなロケーションだ。一休みしたあと、ズボンズ側との打ち合わせがある黒田さん、いつのまにかどこかへ出かけてしまった近藤さんをのぞき、ぼくと小屋敷さんで、ガイドブックに載っていたチャイナタウンの中華料理店に出かけることにする。結局30分近くかけてたどり着いたものの、目当ての店は見つからずじまい、手近な店(もちろん中華)に入り、空腹のままにどんどん注文していたら店のおねーさんに「そんなに頼んだら、多すぎて食べられない」と注意される。味付けはかなり濃かったが、まぁまぁ。だがやはり量が相当多く、半分近く残してしまった。でもビールを2杯づつ飲んでふたりで65ドル(1カナダドルは約90円)ほど。安い。

 ホテルに帰り、付属のパブでビール。ズボンズの取材で来たのに、なぜか小屋敷さん担当のセックス・マシンガンズというバンドのプロモーションを受ける(^_^;。パブには誰かが連れてきたシベリアン・ハスキーがうろうろしていた。でも別に誰も気にする様子もなく、ふつうに飲んでいる。いいなぁ。こういうの、やってみたいんだよね。都心でも犬の散歩をしている人は多く、ホテルのロビーや店にも遠慮なくずかずか入ってくる。犬には寛容な国であるようだ。それだけでなんとなくカナダに好印象を持ってしまった。

 1時過ぎぐらいに部屋に帰り、『秘密』の続きを読み、結局読了してしまう。去年初版のときに買って、そのまま放っておいたものだが、これもかなり面白い。藤川毅さんは好みではないようだけど、ぼくは割とこの手の泣かせものに弱い。中年、それも年頃の娘のいる人なら大泣きかも。広末涼子と小林薫主演で映画化されるみたい。どうも広末は『鉄道員』といい、オヤジどもの思い描く「理想の娘像」であるようだ。