1999年7月



31日(土)

 フジロック2日目。さらに疲労。


30日(金)

 フジ・ロック初日。疲労。



29日(木)

 去る7月21日、ついに『新幹線大爆破』(75年、東映東京)が待望のLD化。早速購入済だったものを今日になって見た。公開当時見ているし、名画座やレンタル・ビデオで何度も再見しているが、改めて見直して、やはり傑作と再認識した。監督は「組織暴力」シリーズや「実録安藤組」シリーズで知られていた佐藤純弥。70年代の東映プログラム・ピクチュアでも深作欣二や中島貞夫と並び現代劇で力を発揮した職人肌の監督だが、正直言ってこの作品が成功するまではかなり地味な存在だったはず。

 東京発博多着の新幹線ひかりに、時速80キロ以下になると作動する爆弾が仕掛けられた、という設定のこの映画、当時話題になっていたハリウッド製のパニック映画、「タワーリング・インフェルノ」とか「ポセイドン・アドベンチャー」の人気をあてこんで和製パニック映画を作ろうと企画されたもの。「ゴッドファーザー」が話題になれば「仁義なき戦い」を作り、ブルース・リー映画が人気を呼べば千葉真一のカンフー映画を作り、「スターウォーズ」や「未知との遭遇」がブームになれば「宇宙からのメッセージ」を作り、とむかしからプライドも節操もない東映らしい安直な企画だったのだ。もちろんそうしたパクリものの大半はB級C級の失敗作、よくてカルト的珍品となるのが関の山だが、これは「仁義なき戦い」とともに本家を超える傑作となったごくまれな例だろう。その原動力は、一定のスピード以下に落ちると爆発する仕組の爆弾、というアイディアの卓抜(これは20年後に「スピード」に流用された)と、それをうまく組み込んで無理のない、しかし緊迫感の連続するサスペンスとして練り上げた脚本の見事さと無駄のない正攻法な演出だ。新幹線という最先端の科学技術のハードでメカニックなイメージと、高度経済成長の影で圧殺されていった社会的弱者としての犯人側の鬱屈したモチベーションをうまく組み合わせ、ハードなサスペンスとしてだけではなく、重層的な人間ドラマ、日本の戦後史の一断面まで照射した社会派ドラマとしても成立している。だからラスト・シーンのなんともやりきれない無常さ、空しさ、やりきれなさが観客の胸にずっしりと残る。読後感がちがうのだ。ただ派手なだけで中身カラッポのハリウッド娯楽ものの空虚さとはぜんぜんちがう。倒産した町工場主、全共闘崩れ、沖縄からの集団就職の若者、という犯人グループの人物造型はやや類型的とも言えるが、だからこそ犯罪に至るモチベーションには非常に説得力があり、したがってドラマに厚みが出る。俳優陣の演技も重厚で素晴らしい。宇津井健や山本圭もいいが、とくに高倉健の存在感は白眉。この作品で単なるアクション・スターからの脱皮をはたしたと言っていいだろう。ものいわずとも、犯人の切羽詰まった心情が痛いほど伝わってくる。

 この映画の後進に与えた影響は非常に大きい。脚本のアイディア面では前述の「スピード」もそうだし、最近の例でいえば「誘拐」(大河原孝夫)に至るまで通底した、抑圧され、差別され、搾取されてきた者への深い共感を軸とした日本的情念のハード・アクション/サスペンスのフィロソフィーを感じ取ることができるはずだ。

 これで一気に評価を高めた佐藤純弥は同じ高倉健主演で「君よ憤怒の河を渡れ」という作品を撮るが(脇に原田芳雄を配するというヨダレの出そうな配役にも関わらず)、これは失敗作に終わり、そのあと「人間の証明」野生の証明」「空海」「敦煌」と、空虚な大作専門のヒトになってしまった。脚本の小野竜之助同様、一生に一度のマグレ当たり的傑作だったのでしょうか。

 この作品はちょっと気の利いたレンタル・ビデオ屋にいけば借りられるはずだが、LDを見れる環境にあるなら一刻も早く手に入れた方がいいです。LDはだいたい初回プレスで終わりだし。LD特典の、エヴァの庵野秀明とガメラの樋口真嗣による詳細な対談解説もなかなかおもしろい。定価7000円。しかし秋葉原のダイナミック・オーディオで買えば15%引きだ。それにしても東映作品のDVDはいつになったら出るのか。

 久しぶりにテレビ「とんねるずのみなさんのおかげでした」を見たら、「食わず嫌い王」に矢田亜紀子ちゃん(*^_^*)が。可愛い割に地味というか落ち着いているというか、あまりアイドルっぽくないとこが気に入っている。相手はリサ・スティッグマイヤーで、これもわりと好み。久々に見たら以前の娘らしさが消えて、キャリア・ウーマンふうに貫禄が出ていた。とんねるずの番組を見るのも久しぶりだが、ほとんど仲間うちの遊びみたいな「野猿」と「食わず嫌い王」だけで番組作っちゃうんだから、ラクな商売である。いまとんねるずの石橋は古館伊地郎と深夜のトーク番組をやっているが、喋り口調の端々に古館の影響がうかがえた。

 ということで、あしたからいよいよフジロック。そのため7/30〜8/1の間はサイトの更新、メールや掲示板等のレスはできませんので、あしからず。では、苗場でお会いしましょう。


28日(水)

 どうも夏風邪をひいたようで、朝はやく起きて病院へ。午後は銀座のヘラルド試写室で「オースティン・パワーズ・デラックス」の試写を見たぞ! 映画の出来そのものは、前作の方がコンセプトが明快なぶん完成度が高いような気がしたが、相変わらずのくだらないギャグのオンパレードでサイコー。さすがに全米拡大ロードショーだけあって、前作のようなエロ・ネタはやや抑えめ、代わりに子供向けのウンコチンコ・ギャグが満載になってる。ウィリー・ネルソンまで登場させ、チンコやキンタマの隠語を次々と紹介するくだりは笑った。あと、内外の映画のパロディ・シーンやセリフが連発され、そのネタ元を探り出す楽しみもある。そしてもちろん、コステロ&バカラックが登場し「恋よさようなら」を歌うシーンもあります。とにかく必見。オフィシャル・サイトはここ

 試写室でたまたま一緒になった広瀬陽一さんと終了後喫茶店に行ったら、「突破者」宮崎学氏と隣のテーブルだった。いや、それだけの話なんですが……。

 帰宅後、フジロック前に片づけられる原稿は全部片づけておこうとシャカリキになって原稿。

 夜になって「THE DIG」編集部の辻口さんと電話、原稿の打ち合わせをするが、途中から話がそれ、「なぜニュー・ウエイヴは再評価されないか」という話になった。

 最近では「ニュー・ウエイヴ・オブ・ニュー・ウエイヴ」なんて形で再評価されているようにも見えるが、基本的に70年代末から80年代初頭のニュー・ウエイヴは現在、ほとんど省みられない。なぜなのか考えてみると、現在の音楽シーンの価値観の切り取り方がサンプリング的/DJ的になってることと関係している。つまり今のミュージシャンは「スティーヴィー・ワンダーのメロディのあの感じ」とか「マーヴィン・ゲイのリズムのこの感じ」とか「スライのベースのその感じ」とか、音楽を断片的、サンプリング的に分解して、分解した各パーツを組み合わせることばかりに熱中していて、その音楽を成り立たせている社会的・歴史的・文学的構造、あるいはスティーヴィーなりマーヴィンなりが、どのようなモチベーションで音楽を作っているかなどについては驚くほど無頓着だということ。それは要するに、多くのミュージシャンたちが自分や自分の音楽について語る前に他人のミュージシャンや他人のレコードを語るのに夢中であり、また「こんなことを考えてるオレ」ではなく「こんなレコードを聴いてるぼく」という自己紹介のほうが、そのアーティストを説明するのにてっとりばやいという傾向を軌を一にしている。つまりそれはロックのナルシズムを否定するハウス/テクノ以降の潮流のあらわれでもあるのだが、音楽をあまりにその形式、ジャンル、サウンドからのみ捉えすぎ、その内面、精神性、文学的契機などといったものを捨象しすぎるという昨今の傾向でもある。そしてニュー・ウエイヴとは特定のサウンド・スタイルではなく、共通するものを強いてあげるとすれば内省であり、自分とは何か、自分と世界の関わりは、あるいは音楽するとは、表現するとはなにかという深刻な自問自答であったのだから、昨今のサウンド至上的な風潮のなかでは、しぜん語られにくくなるし、聴く側ももっとラクに聴けるものばかり求めるから、影がうすくなる。結局昨今の風潮のなかではサウンド・スタイルとして目新しかったり、あるいはワールド・ミュージック的にいろんな要素を取り入れミクスチャーしていったり、あるいはポップスとしてよくできていたり、あるいはダンス・ミュージックとして機能的にできていたり、そのいずれかでないと評価されにくいのである。ニュー・ウエイヴの多くは、そのいずれでもなかった(スタイルとしての目新しさは当時あったけども、今となっては意味は薄い)。

 ……てな話を口からでまかせ、思いつくままに喋っていたら、原稿を書く時間が減ってしまった。まずい(>_<)。


27日(火)

 最近諸事情で映画づいている。今日は新宿で「となりの山田くん」を見る。平日の夕方とはいえ、あまりにガラガラなので驚く。日本アニメ史上最高の製作費を投入したというのに。

 映画の内容はといえば、一言でいえば「サザエさん」みたいなもの。基本的に高畑勲はヒューマニズムの人だから、家族というものを主題に据えた瞬間、家族愛が描かれるのは当然の話だし、同じ朝日新聞朝刊の連載4コマとなれば、これはもう「サザエさん」になるしかない。別に不快な感じは受けなかったし、フルデジタル処理した動画は、確かにきれい。でもこれを1800円出して見る気にはなれないなぁ(まぁ、オレは見たんだけど)。そういう点では「もののけ姫」は好き嫌いはべつにしてよく出来ていたし、同じ高畑勲なら「火垂るの墓」や「おもいでぽろぽろ」のほうがアピール力は高い。そもそも制作者はこれを誰に見てもらいたいのだろうか。子供向けの内容ではないし、オトナが金出して見るなら、違うもの見るだろうし。


26日(月)

 相変わらず体調はよくない。このままだと苗場の3日間はつらいので、なんとかしなくては。もちろん日比谷公園で昼寝なんてヒマがあるわけなく、うだるような暑さのなかを青山のエイベックス・トラックスにむかい、アート・リンゼイの取材。ご本人はいたってフレンドリーだったが、レコード会社でつけた通訳とこっちの呼吸がまったく噛み合わず、とにかく会話が成立しない。外タレの取材は通訳次第と改めて痛感した。

 仕事の資料集めで渋谷の書店とレコード屋をいくつかまわり、帰宅して原稿。この仕事をやってると資料代が馬鹿にならない。へたすりゃ原稿料だけでは元がとれないこともある。まあ腐るものではないし、次にまた活かせればいいと思っているのだが、そう思ってそれっきり使っていない資料は山ほどあります。

 昨年すでにアメリカで発売されていた元ハウス・オブ・ペインのエヴァーラストのソロ『ホワイティー・フォード・シングス・ザ・ブルース』。ようやく国内盤で発売されたものを改めて聴き返してみると、これがなかなか、というかかなりの傑作と再認識した。ぶっきらぼうに歌うブルース調の弾き語りが実に生々しく、リアル。歌詞カードを片手に耳を傾けると、都会でもがきジタバタとしながらもなお生き延びようとする男の心情が浸みる。これこそ生きている音楽である。


25日(日)

 ここのとこエアコンの利いた部屋でずっとパソコンの前に座る毎日だったせいか、頭がぼうっとして体調が悪い。夜にテレビ「発掘あるある大事典」を見ていたらテーマは「休息」。左脳ばかり酷使している現代人は、マイナスイオンをとって脳を休める必要があるんだと。マイナスイオンは水がぶつかる場所にあるそうで、一番多いのは滝のそば、都会なら噴水のそば。公園の噴水の前のベンチでゴロ寝しているサラリーマンをよく見るが、あれは理にかなっているわけだ。最近夜は暑くて寝苦しくて熟睡できないし、なかなか疲れがとれない。あしたは日比谷公園にでもいって昼寝するか?

 「少年ジャンプ」や「少年マガジン」を読まないぼくは、マンガ読みとしては現役とは言えないと思うが、それでもマンガから完全に離れることもなく、なかば習慣としていくつかの雑誌を購読している。おもしろいものもいくつかあるが、久々に大傑作の予感を感じさせる新連載が。『聖』(ビッグコミック所載)。夭折した天才棋士、村山聖を描く作品で、作者は『どんぐりの家』『遙かなる甲子園』など、障害者を描いた力作で知られる山本おさむ。四冠・羽生の顔色をもなからしめる才気を示しながら、生まれながらに抱える心臓疾患で、ついに頂点に立つことなく終わった村山の凄絶な生涯を描くには、たしかに山本の真正面から切り込んでくるような力ワザな作風がぴったりだ。羽生の回想から入り、幼いころからつねに死を意識しながら育った病院暮らしの幼年時代の描写へともっていく展開からして、まぎれもない山本節。この作風は好き嫌いが分かれると思うが、本作は事実に基づいたリアリティがある。一度は読んでおくべき作品だろう。将棋指しを描いた傑作というと団鬼六の「真剣師・小池重明」があるが、碁やチェスに比べると人間臭さを出しやすく、人生のカリカチュアとして描きやすいのかもしれない。


24日(土)

 仕事の必要があって、映画ビデオを2本鑑賞。ひとつは『アムス→シベリア』。いままであまり馴染みのなかったオランダの映画である。売春、ゲイ文化、ソフト・ドラッグ解禁など、世界で一番自由な地アムステルダムを舞台に3人の若者が織りなすドラマを描いたもの。『トレインスポッティング』をちょっと思わせる軽快でテンポのいいエディット・ワークやスピード感があってからりと乾いた演出が心地よく、なかなか新鮮だった。放埒な自由に人生のモチベーションを失っているアムスの若者の心情が込められている。映画はオランダのテクノ/インダストリアル・バンド、ジャンキーXL。8月中旬から渋谷のシネ・アミューズで公開。

 もう1本は言わずとしれた「もののけ姫」。見るのはこれが2回目だが、その壮大な構想と想像力、旺盛な創作意欲と、ディテールまで凝りに凝りまくった完成度の高さ、かなり難解で深いテーマ、入り組んだストーリーなのにエンタテインメントとしても最上のものに仕上げる作家的腕力には毎度圧倒される。この反動として簡素なマンガ的表現を目指した「となりの山田くん」にスタジオ・ジブリが向かったのは、よくわかる。でもテーマ的にはいまひとつぼくにはリアリティに乏しく、いかにも「お話」めいて感じられたのだった。

 夜はチャトランさんら主催のパーティーに参加。先日の当HPオフ会に参加していただいたお礼も兼ねての出席だ。DJパーティーだがダンスはできないという変わった趣向。会場が狭く踊ることができないのだ。ピークで50人ほどいた会場のバーでは、各人がソファに座って、おしゃべりを楽しむ。なんか学生コンパっぽい雰囲気だったが、あきらかに年齢がうえで、しかもチャトランさんとリコさん以外知っている人がいないというぼくでも、楽しく時を過ごすことができた。終了後の打ち上げも盛り上がった。チャトランさんの宴会幹事としての才覚には目を見張らされました(笑)。ウチの幹事もやってもらおうかしら(笑)。ありがとう&おつかれでした。

 そのあとは同じ下北沢で、宮子和眞さんらのパーティー「ギター・ポップ・ジャンボリー」を覗くが、ちょっと疲れてきたので小1時間ほどで帰る。かける音楽の性質ゆえか、実になごやかな雰囲気。女子度も高し。この楽しい場でエイフェックス・トゥインやジム・フィータスやモグワイあたりかけたらどうなるかなぁ、とバカなことを考えていたのだった。


23日(金)

 ここで紹介するCDは輸入盤を除くと発売日前のものが多い。これは試聴用のアドバンス・テープやサンプル盤を入手した時点で書くことが多いからだが、ものによっては発売日から一ヶ月以上前の紹介になることがある。なんだかお預けを食らわすようなカタチとなるので、内心忸怩たるものがあるのだが、音楽は出会い頭の印象なりインパクトなりが重要だと思っているので(もちろん歳月をへてじわじわと魅力が増すものもある。トム・ウエイツの新作など、恥ずかしながらいまごろハマっている)、その新鮮な感覚をお伝えしたほうがいいと思い、発売前のものでも遠慮なく紹介させていただいている。

 で、これも発売がかなり先(10月6日予定)なので、申しわけない限りなのだが、月曜日の取材用に今日届いたばかりのアート・リンゼイの新譜はかなりヨイです。前作までのブラジル路線を保ちつつも、ただのナゴミ路線ではなく、かなりアヴァンギャルドな歪み感や退廃的な空気感も漂わせて、絶妙としか言いようのないバランス感覚。ヘタウマなヴォーカルもあたりが溶けていくような甘美な毒を含んでいて、蠱惑的だ。曲によってはトリッキーを思わせるオルタナティヴなダーク・チューンもあり、ハマる。アドバンス・テープには「DEMO」とあるので、これからまだ変わる可能性もあるのだろうが、ひとまず期待を上回る2年ぶりの新作だ。暑い夏にはピッタリ。でも出るのは秋なんだよなぁ。発売はエイベックスから。


22日(木)

 ひさしぶりに松山晋也さんと電話。彼がまだスタジオボイスにいたころにお借りしたまま返しそびれていたCDを、フジロック3日目にどっかで待ち合わせてお返しするという用件なのだが、それは最初の5分で終わり。あとは中年男ふたりのしょぼくれた近況報告というか、愚痴のこぼしあいというか……(^_^;。松山さんとはいままでそういう話はしたことがなかったのだが、人間、トシをとって世間的なしがらみが増え、社会的な責任も増してくると、いろいろあるよなぁと実感。いまはまだいいけど、10年後20年後にオレたちはどうなってるんだろうという話も出た。まさか20年後までやれ激ヤバだやれストリートだなんて原稿を書けるわけないし、だいたい、いまと同じように仕事がくるとはとても思えない。将来性を考えるとどうにも首筋がサムいというのが、この職業をやっていての偽らざる実感なのだ。あ〜〜あ(-_-;)。

 夜にソニーの人から電話があって、このHPを見た鹿野淳さんが、ぜひぼくと会って話がしたいとのこと。もちろんぼくは鹿野さんに対して個人的に含むところがあるわけじゃない。いやむしろ、こんなHPのことなんて無視すればいいものを、わざわざ人を介して話をしたいと言ってこられるぐらいだから、すごく熱心で真面目な人なのだろうと思い、かえって好感を持ったぐらいだ。まぁフジロック直前でお互いバタバタしてるだろうし、実際に会うのは来月ぐらいになるのかな、と思っていたら、夜の11時半ぐらいにいきなり鹿野さんから電話。おお、思い立ったら即行動。直情の人だなぁ(^_^)。こういうふうに真正面からぶつかってくるヤツに、ぼくは弱い。音楽でも人間でも。

 で、1時間近くに渡って話したのは、もちろん先のフューチャー・ミュージック・フェスティヴァルのパネル・ディスカッションでの鹿野さんの発言について。まず前提として、あれはテクノ・アーティスト全般について語ったわけではないし、また日本のプレスの総意として話したつもりもないのだが、もしそう聞こえた、またはそうとれるように話していたのだとしたら、それは自分のミステイクである、と鹿野さんから説明があった。ぼくがあの発言で一番反発を感じたのはそこだったが、鹿野さんは、あの発言はあくまでも個人的なものである、とおっしゃる。ただし自分としたらかなり切羽詰まった気持ちでのものなので、発言自体は撤回するつもりはない、ということだった。

 ぼくとしたら、あのときの発言は話の流れからするとかなり唐突に思えたのだが、鹿野さん自身は、それまでの話で海外レーベルのオーナーなどが再三「日本のテクノ・シーンは未成熟で遅れている」というニュアンスの発言をして、いわば日本を見下しているように思えたことに対する反発があり、しかし議事進行の都合でなかなかそのあたりが議論として噛み合わなかったことに、内心すこし苛立ちがあり、それがあの発言というカタチで噴出したらしい。海外にあって日本にないものといえばもちろんひとつにドラッグの問題がある。それをもって日本のテクノ・シーン、あるいはテクノの語られ方には欠落したものがあると言われれば(実際ぼくもそういう指摘をされたことがある)確かにそうなのだが、そうは言ってもノン・ドラッグなぼくたちでもテクノに感動できるし、テクノの魅力を語ることができる。ぼくにしても鹿野さんにしても、そういうところとはちがう回路で、つまりドラッグが公にはテクノ理解の助けにはできない日本という国で、テクノ・カルチャーを普及させていこうという意志は共通しているわけだが、鹿野さんの立場とすれば、そのためにはやはりミュージシャンの側の協力がないとどうしようもない、という思いが強かったようだ。彼は初めてインタビューをしたテクノのミュージシャンであるオービタルの取材で打ちのめされた経験を話してくれ、もし海外のテクノ・レーベルが本気で日本でテクノを広めたいと思ってるなら、雑誌メディアというものがとても重要な位置を占め、ミュージシャンの発言がすごく影響力を持ってる日本という国の特異さを理解して、取材でも協力してくれないか、その思いがああいう発言になったのだ、と説明してくれた。ミュージシャンの発言が(ある意味ではライターの書く文章より)すごく影響力があると感じるというのは、インタビュー主体に誌面を作っているロッキンオンの人ならではだと思うが、それだけにあの発言が、たとえ鹿野さんの個人的な思いであったとしても、切実なものだったことはなんとなく理解できる。もちろんそれが感じられたからこそ、16日の日記ではそれを指摘したうえで、「責任転嫁ともとられかねないようなことを、少なくともあの場で喋るべきではなかった」と書いたのだが、かなりリスキーで、誤解を生みかねない発言だったことはご本人も覚悟されていたようだし、あの場で喋っていいものか、という逡巡もあったようだ。

 以上が電話での鹿野さんとの会話の概要である。うまく書けてるかなぁ。鹿野さん、もし「オレが喋ったことと違う!」ようなら、遠慮なく指摘してくださいね。

 「クロスビート」の原稿でも書いたこととも重なるので、ここでは詳しく書かないけど、もし海外のテクノ・ミュージシャンやレーベル一般が、インタビューや取材という場で「自己検証」することに熱心でない、という傾向が仮にあるんだとしたら、テクノという音楽の特性に加え、インディ・レーベルのプロモーションやディストリビューションのシステムが確立されている海外に対し、それがない日本という国の立場のちがいもあるかもしれない、という気はした。つまり海外ではいいレコードを作りさえすれば、それを売り、広めることは人がやってくれる。だから取材とかインタビューで自分をアピールする必要性を、それほど感じないのではないか。「いい音楽を作りさえすれば、結果を自ずとついてくるよ」とオプティミスティックな発言を繰り返す海外側に「そんな簡単なもんじゃないよ」と反発を感じてたのが、鹿野さんはじめ日本側だったのかもしれない。

 「立場のちがい」「見方のちがい」というものもあるし、インタビュアーの自己検証こそ必要というぼくの考えは変わらないから、16日の日記に書いたことを撤回する必要は感じないけど、鹿野さんの言い分を(ぼくの言葉でではあるが)、ここで掲載することができたのは、ほんとに良かったと思ってる。ロッキンオンは自前のサイトを持っていないが、ネットの重要性を鹿野さんはじゅうぶん理解しているようだったし、それだけにきっかけはどうあれ、このサイトのことを知ってもらったのは良かった。

 1時間の会話は穏やかに、紳士的に進行して、こうやって話す機会があったことはとても幸運だった。鹿野淳34歳、しごく真面目でなかなか「熱い」男であった。オレ、そういうヤツ好きなんだよな(^_^)。


21日(水)

 暑い。

 フジロック10日前にして、いよいよ夏本格化。おととしみたいなことにならなきゃいいけど。梅雨明け宣言はもう出たのかな……とか言ってる間に、いきなりの雷雨、集中豪雨。いやはや。でも、こうやって一歩一歩夏に近づいていくのだろう。やっぱり夏は暑いほうがいい。

 この季節になると、路上でエンジンをつけっぱなしにした、そしておそらくはエアコンも全開にしたクルマのなかで、営業マンらしき人が昼寝をしているのをよく見かける。まぁモラルの問題とか環境問題とかエネルギー問題とか、そもそもそういうヤツがいるから余計外が暑くなるんだとか、決して褒められた行為ではないのだが、以前外回りの営業マンだったぼくは、彼らの気持ちがよ〜〜くわかるのだ。

 もうかなり以前の話になるけど、会社員時代に名古屋転勤になり、セールスマンとして最初に担当した地区が三重県で、赴任してまもなくの夏、津の街で道に迷ったことがある。津は三重県の県庁所在地だけど、四日市のほうがはるかに繁華で、津は人気が少なくてなんだかガラ〜ンとした街なのだ。いまはどうだか知らないけど、以前はね。で、クソ暑い夏の昼下がり、おも〜いセールス・カバンをさげとぼとぼと、まるで土地勘のない閑散とした津の街をあるきながら、オレはいったいナニをやってるんだろうなぁ、としみじみため息をついたことを覚えている。それまで細々と培ってきた人脈も知識もナニも役に立たない。小野島大という独立した人格ですらない。この見知らぬ街でぼくはただ、○○○○という会社のご用聞きでしかないのだ。あのときのわびしい、さびしい感じはいまでも鮮烈だ。

 まぁ慣れれば、というか割り切れば地方出張のセールスという仕事は楽しくないこともないんだけど、名古屋在住の3年で、最新の音楽事情からはずいぶん遅れをとってしまい、取り戻すのにけっこう時間がかかった。いまはそんなことないだろうけど、当時は名古屋で輸入盤を扱っていたのは音楽堂、愛曲楽器など3〜4店しかなく、それも国内盤売場の片隅にひっそりと置いてあるだけだった。ちょっとマニアックな輸入盤は通信販売に頼るしかなかったのだ。だから名古屋在住の間、買い逃した、というか、出たことすら知らないレコードはけっこうあると思う。いまでも中古盤屋などで、こんなもん出てたのか、と驚くことはままある。そのときの遅れを取り戻すために久保田稔人らと始めたのが旧「NEWSWAVE」だった、ということもあったのだ。


20日(火)

 朝起きると、なんとなく家の中がまったりとしたムード……と思ったら、今日は祝日なのだった。こういう仕事をしていると曜日の観念がなくなる。起床すると着替えて顔を洗い、犬の散歩に出る。忙しかろうが余裕があろうが、これは毎日欠かさぬ習慣である。

 ウチで飼っているのはラブラドール・レトリバーという犬種で、5歳になる。飼い始めたころはゴールデン・レトリバー(毛がふさふさした方)。の方が人気だった。いまは散歩していてもラブラドールの方がずっと多い。なかでも最近は黒ラブが人気のようだ(ボアのヨシミちゃんのとこのスパイや、鮎川誠さんとこのロクセットはこの犬種)。ラブラドールは盲導犬や介護犬に使われるぐらいで、利口で温厚で人間に従順な種とされる。利口なぶんいたずらも激しく、ウチの駄犬はその典型だが、この犬種のもうひとつの特徴は食い意地が張っていること。散歩に連れ出すと犬は電信柱や植え込みに染みついた他犬の匂いをチェックしてまわり、自分の匂いをそこにマーキングして存在を主張するわけだが、ことウチの犬に関しては、道ばたに落ちている食べ物を漁るという行為がそこに加わる。うちはドッグフード以外の食べ物を与えていないから、つねに腹の減っている状態なのだろう。それこそ目を皿のようにして、鼻の穴を全開にして食べ物を探す。

 道ばたに食べ物なんか落ちてるのかと思われるだろうが、これが実にいろいろなものがあるのだ。おにぎり、パン、フライドチキン、野菜、くだもの、お菓子から、誰が置いていくのか食いさしの弁当まで。こないだなんか生魚がまるごと落ちていたし、ラーメン屋の前を通ったらトリのアタマが転がっていた(笑)。基本的に犬は肉食なので、野菜や果物より肉に反応する。食べ物を見つけて食いつくその速度といったら実に素早い。食いついたのに気づくとすぐ口に手を入れて吐き出させるようにしているのだが、最近は犬も心得たもので、口に入れるとすぐ飲み込んでしまう。腐ったものだろうがおかまいなしなので、それで腹をこわしたこともある。小さいころにきちんとしつけておけば良かったのだが、もう遅い。だから散歩の時間は、いつも下を向いて犬の視線の先を見て歩かなければならない。

 人間様の食事の時間になると、犬は横に座ってじ〜〜〜〜っと見ている。そのときの表情たるやなんとも哀れを催すもので、慣れない人だとその訴えかけるような視線に耐えきれなくなり、ついつい食べ物をあげてしまうだろう。うちはそんな状態でも平気で食事をとるので、やがて諦めてフテ寝を始める(^_^)。たまにほかの人がきて食事をすると、だいたいその人の横に張り付いて座っている。もらえる確率の高いところを知っているのだ。そういうところは妙に目端が利く。

 「哺乳類はビールが好きなんですよね〜〜〜」と言っていたのは、「子猫物語」での動物虐待疑惑でその人間性が問われているムツゴロウ先生だが、ウチの駄犬もビールが好きである。日本酒はだめだが、ワインはOK。赤が好みである。酔っぱらってふらふらしている犬というのも、なかなかオツなものだ。


19日(月)


 東芝がついに正式謝罪。しかし謝罪文をみると結局音声ファイルが動かぬ証拠となっている暴言以外のことについては、自己の正当性を主張するばかり。とはいえ会社員の要求は暴言に対する謝罪だし、このあたりが落としどころかな、という気もする。この文を書いている現在で、まだ被害者の会社員のHPに、この謝罪文に関するコメントは発表されてない。いずれにしろ東芝が謝罪した限りは、いつHPがなくなっても不思議はないので、訪問はおはやめに。カウンタはついに600万ヒットに達しようとしている。

 さて、今日は仕事をするだけで一日が終わったわけだが、もちろん皆さんもご存じの通り、そのほかのイベントとして(?)掲示板での論争(つうか、ケンカ)があった。掲示板でのやりとりのあとはメールの交換に移ったわけだが、もちろんその内容については私信になるから、公開するつもりはありません、あしからず。ま、いろんなことがあるってことで(^_^;。



18日(日)

 ニフティ・サーブ内の「世界音楽フォーラム」にあった会議室「ミュージックマガジン読者の部屋」が7月末で閉鎖(書き込み不可)になるという。かれこれ95年から続いている会議室だが、最近は書き込み数が月に数本というような有様だった。時代の趨勢がインターネットへと移った現在、パソコン通信そのものがすでに歴史的役割を終えているわけだが、いまでも活況を呈している会議室はあるわけだし、やりようはあったはずだ。設立当初はマガジン側からの情報提供もあり、訪問者と編集部員のやりとりなどもあってそれなりに会議室として機能していたのに、ここ数ヶ月は少数の常連が散発的に書き込みするだけで、それに対する編集部からのリアクションも皆無に近い状態だった。これでは盛り上がりようがない。まぁマガジン側にあの会議室を運営する義務があったわけではないのかもしれないし、結局HP開設の宣伝以外1回も書き込まなかったぼくがそれを言う資格はないかもしれないが、そもそも(たとえROMであっても)閲覧している人がどれだけいるのか、と考えると、徒労感のほうが先に立ったことは確か。このHPの開設案内を会議室に書き込んだのは5月6日のことだが、それに対するレスは一件だけ。はたして何人の人があれを見て見に来てくれたのか。

 ともあれ自分が書かせていただいている雑誌の読者が何を考えているのか、気にならない筆者はいない。その場がひとつ失われてしまったのは残念だ。この際だから、マガジンには自前のインターネットのサイトを立ち上げることをぜひお願いしたい。その際、紙の媒体とネット上の媒体をどう両立させていくのかが鍵だ。あくまでも紙媒体のサンプル的役割として割り切るのか、ネット独自の展開を考えていくのか。ぼくとしては当然後者を期待したいところだ。よくある企業サイトみたいにマガジン側からの一方的な情報提供、それも雑誌記事のダイジェストに的なものに終始するだけじゃ面白くないしね。過去の掲載記事をデータベース化して全文検索できるようにするなどもありだが、インターネットの双方向性を活かし、掲示板を設けて読者と直接的な交流をはかるのもありだろう。

 企業が通販などの直接的な営利事業として、あるいは販促目的の情報提供用として運営しているものや、まったくの個人がまったくの趣味として、身内だけを対象として趣味としてやっているものは別として、音楽系サイトを一定のテンションを保ちながら運営していくのはむずかしい、とつくづく感じる。正直言って、このサイトにしてもひとりが趣味の範囲で維持できる限界に近づいてると思う。もちろんいまのとこは楽しみの方が苦労を大幅に上回ってるからやってるんだけどね。スポンサーがついてくれればすこし事情はちがってくるが、それはそれでまた問題も出るし、第一いまの訪問者数では無理だろう。当面は玉砕覚悟で突っ走るしかない(そんなこと言ったってバナー広告がいっぱい出てるじゃん、という声もあろうが、あれはクリック保証型というシステムで、バナーを訪問者がクリックし、スポンサーのHPを訪問してはじめて広告料金が発生することになっている。誰もクリックしなければ一銭も入ってこないのです。正直な話、現状ではプロヴァイダーの費用もペイできてません)。

 でもそうかと言って手抜きは一切しませんよ。つうか、できないよ。このHP始めて思ったけど、ほんとマジメな性格だと思うよ、自分でも。今後も複数の筆者(もちろんその道のプロ)による新連載を予定してるし、新しい企画も考え中。もちろんイベントもガンガンやるぜ。ついてきてくれよな。

 九段会館で遠藤賢司。いつかここでも紹介したデビュー30周年記念盤『エンケンの四畳半ロック』は、まさに宇宙的スケールの超傑作だったが、今回のライヴはそれに呼応したもの。生ギター一本の弾き語りで新旧のヒット曲を歌いまくる。ピアニシモからフォルテシモまで、一糸乱れぬ歌唱力、繊細かつ大胆なギター・プレイは白眉。とくにギター・テクの見事さには舌を巻いたが、もちろん、デビュー曲を30年たったいまも初めて歌う楽曲のごとく歌う、迸るような初々しい激情は、この人のなによりの美点だ。まったく素晴らしすぎる。

 この日はサニーデイ曽我部や鈴木慶一などが生ギターで客演するコーナーも予定されていた。いつまでも聞いていたかったが、泣く泣く中座、リキッド・ルームへズボンズのシングル発売記念ライヴに向かう。会場に着いたのは三曲目が始まったところだったが、すでに会場のヴォルテージは沸点に達しまくっている。すごい。新ドラマー、アツシのしなやかでよくうねるドラムスと、ドン・マツオのグルーヴのすりあわせが、カナダで見たときよりはるかに良くなっている。メロディのある曲ではマツオの歌唱力の限界も見えたが、彼らが起伏の多いメロディや展開の多い曲調、装飾過多なアレンジといった方向ではなく、一本筋の通ったグルーヴを追求するという現在の方向性を堅持する限り、それは瑕疵とはならないはずだ。会場では赤尾さん、佐藤さん、保科さんと、ふだん日本のバンドのライヴではあまり姿を見ることのない当サイト執筆陣の顔も。ズボンズの存在がいよいよボーダーを越えてきた証拠だろう。9月にもう一度、今度はアルバム発売を受けて同所でやる予定。


17日(土)

 昨日の疲れが出たのか、一日ぼんやりとして過ごす。フジテレビの「27時間テレビ」を見ていたら、木村拓哉が小室哲哉のピアノをバックに「ラヴ」「イマジン」を歌っていた。これがまた、そこらのカラオケボックスで歌ってるシロウトの方がはるかにマシというか……まぁジャニーズ系に歌唱力を期待しちゃいけないのかもしれないが、SMAPってなんでも器用にこなすのに、歌だけがダントツにヘタだよねぇ。なんのために歌手やってるのかわかんないよなぁ。後輩のキンキ・キッズは歌、うまいけどねぇ。

 東芝問題について。東芝副社長が今回の問題について社内専用のHPに声明を発表したらしい。詳細はここ


16日(金)

 陸の孤島・お台場のzepp東京で「future music festival」。ソニーのテクノ・セクションSIGN主催のイベントだが、先日の「WIRE99」のような一般ファン向けというよりは、業界向けへのコンベンションに近いもの。全部で12組のアーティストがライヴやDJを繰り広げたイベントに先駆け、テクノをテーマにしたパネル・ディスカッションなどもおこなわれ、ソニーがテクノに駆ける意気込みと熱意は十分に伝わってきた。ぼくもジャーナリストの端くれとして、日本に於けるテクノ・カルチャーの普及と定着に微力ながら協力させていただくことは、この場で言明しておこう。詳しくは次の『クロスビート』でリポートする予定なので、そっちを参照してください。ここではパネル・ディスカッションに関して簡単に触れておく。

 パネラーとして参加したのはエレキング編集長野田努、バズ編集長鹿野淳、サブライム山崎マナブ、XLレコーディングのリチャード・ラッセル、WARPのスティーヴ・ベケット、Fコミュニケーションのアレックス・プラット、アクシスのジェフ・ミルズ、マイナスのリッチー・ホウティンにソニーの弘石雅和の各氏。司会は三田格氏だった。

 その場ではいろいろ思うことはあったが、録音をとっていたわけでもなく、ディテールの批評はやめておく。ただ事前に打ち合わせなど何もなかったらしく、いくつかのテーマに沿って意見の交換がおこなわれたものの、どれも結論らしきものが出たわけでもなく、中途半端で消化不良気味なディスカッションだったのは残念。また、「宮尾すすむの日本の社長」を見ているような、といえばキツイ言い方になるが、結局「テクノ界の成功者たちのキレイごとな自慢話」に終始した感も否めない。もちろん個々のパネラーたちの熱意や真摯さを疑うものではないが、なぜケン・イシイや田中フミヤ、石野卓球といった現場で苦労してきたミュージシャンたちや、メジャーにディストリビューションを委託するサブライムのような大手インディ(正確にいうと、メジャーに業務を移管した時点でインディではないと思うが)だけではなく、ほんとの底辺で苦労している弱小インディのオーナーなどを呼ばなかったのか、という疑問も含め、全体の仕切に問題があったような気がする。まぁフミヤや卓球は呼んだってきやしないだろうけど。

 ひとつだけ、メディアの人間としてひっかかることがあった。鹿野氏がジェフやリッチーに対して「テクノのアーティストはインタヴューなどの場で、もっと自己検証するように努力して欲しい」と注文をつけたくだりだ。つまりテクノ・カルチャーを日本で普及・定着させるにあたってわれわれは努力している、そのためにはアーティストの協力も不可欠だ、ということ。要は「テクノのミュージシャンはインタビューであんまり喋ってくれないから、もっと喋るようにしてくれ」というわけだ。「これが日本のプレスの率直な気持ちだ」てなことを鹿野氏が言ったときには正直な話呆れましたね。おいおい、自分ひとりが日本の音楽ジャーナリズムを代表してるような言い方はやめてくれ。相手が喋ってくれないのは自分の訊き方が悪いからだって、思わない? いや、鹿野氏にインタビュー技術があるかないかをうんぬんしてるんじゃない。鹿野氏自身に「自分の側にも至らないとこがあったかも」と「自己検証」する回路があるかどうかということだ。そりゃ、ぼくだってインタビューイに対して「もっと喋ってくれないかなぁ」と思うことはある。編集者やレコード会社のスタッフに、そういう愚痴めいたことをこぼすこともある。でもそれを今回のパネル・ディスカッションのような公的な場で、堂々と要求するような図々しい真似はしない。なぜなら、アーティストの口が満足に開かなかったのはアーティストのせいではなく、インタビュアーのぼくの未熟さが理由だとわかっているから。少なくともその責任をインタビューイに帰すべきではないと思っているから。もちろん内心、というか本音として、自分ではなくアーティストの姿勢に問題があると感じることがないではないが、それを公言、要求するのはやはり責任転嫁だと思う。喋らない相手をなんとかするのがぼく(たち)の仕事なのだ。それをアーティストのせいにして「自己検証しろ」などと傲慢な要求を出し、おまけに「これが日本のプレスの総意だ」みたいな言い方をされちゃあね。手前の至らなさに関する「自己検証」なしにこんな要求をする鹿野氏の発言に対する直接のリアクションは、その場ではなかったけど、リッチーやジェフからみれば、そんな姿勢はなんとも甘ったれたものに映ったのではないか。鹿野氏の発言は、ぼくなどよりはるかに現場に近いところで熱意を持ってやっている立場として、本当にどうにもならない現実の限界に切羽詰まったものを感じてのものだったのかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。石野卓球などは「バズ」を高く評価していたしね。だがそうであるならなおのこと、責任転嫁ともとられかねないようなことを、少なくともあの場で喋るべきではなかったと思う。

 先にも書いたように録音をとっていたわけではないから、ぼくの聞き違いや記憶違いもあるかもしれない。その場合はみなさん、遠慮なくご指摘を願います。

 ディスカッションのあとは新婚の美馬亜貴子さん@クロスビート編集部とビールを飲みながら雑談。クロスビートの現状についてあれこれ。ぼくなりに思う同誌の問題点(というか注文)を酒の勢いでぶちまけたのだが、美馬さんは怒るでもなく耳を傾けてくれ、いくつかの点では思い当たるフシもあるようだった。人間だれもが欠点・弱点を持っているように、どんな雑誌も問題がある。その欠点や問題点をつぶすか、逆手にとって長所にしてしまうか、それは人それぞれだけど、手前の欠点や問題点をロクに「自己検証」もできないようでは、その人の成長は止まる。ぼくの指摘が正しいかどうかは別としても、美馬さんのような編集者がいる限り、クロスビートはもっといい雑誌になるだろう。

 話の興が乗りすぎて、ススム・ヨコタのDJを見逃してしまった(>_<)。ライヴではレッド・スナッパーが素晴らしい、という話を野田努さんや美馬さんから事前に聞いていたのだが、その通りだった。イメチェンしたブン・ブン・サテライツも素晴らしい。

 東芝問題続報。インターネット弁護士協議会というところが、東芝サポート問題に対する見解を発表した。詳細はここ


15日(木)

 泥沼の東芝問題。ついに東芝が被害者の会社員を訴えたHPの一部削除を求め仮処分を申請したのである。司法に解決を委ねれば、これまで大手広告主に遠慮して報道を控えていた大手マスコミも触れざるえおえなくなるし(「筑紫哲也ニュース23」でも取り上げられたようだ。しかし創価学会の池田大作のレイプ疑惑は裁判が進行しても、大手マスコミからは一切黙殺されてるが)、話題が拡大すればするほど東芝にとってはイメージ・ダウンが大きいはずで、それでもあえて法的手段に訴えたのは、「勝てる」という見込み(材料)があるということなのか、被害者への恫喝か、あるいは勝つ見込みはなくとも法的措置を求めるポーズでイメージ・ダウンを防ごうという姑息な手か。HPを読むとどうみても会社員の言い分のほうが筋が通っているし、あの音声ファイルという決定的な証拠がある限り東芝の旗色は非常に悪い。潔く謝った方がいいのにねぇ。HPはついに400万ヒットを突破している。

 先日圧倒的な強さで未勝利戦を勝ちあがった我が愛馬ロードプラチナム(牡4歳)が右前トウ骨の骨膜を気にする素振りを見せ、近く放牧休養に出されることになった。夏の間にあと2勝して準オープンにあがり、秋は京都新聞杯から菊花賞、と勝手にローテーションを決めていただけに(笑)残念。でも屈腱炎とかじゃなくて良かった。そうなると気になるのはもう一頭の愛馬、ロードキーロフ。こっちは現在馬房の空き待ちの状態だが、5歳未勝利馬なのであとがない。天下の藤沢厩舎だから、見込みのない馬を理由もなく置いとくことはないと思うのだが……。

 掲示板でも書いたが負傷したシューマッハの代役はミカ・サロ。アレジはミカ・サロじゃ力不足だと言ってる。デーモン・ヒルはイギリスGP限りでの引退を撤回し、年内は走り続けるらしい。中野信治の昇格はお預けになりそう。2輪では世界的な選手が次々と出てくるのに、4輪の世界はむずかしい。人種的な壁も大きいのかもしれない。


14日(水)

 今日レコード会社の人と打ち合わせをして、ある新人アーティスト(洋楽)をどう売っていくか、という話になったときに痛感したのが、いわゆる音楽専門誌と言われるものの相対的な影響力の低下だ。ロック系の専門誌が「ミュージック・ライフ」「ニュー・ミュージック・マガジン」「音楽専科」ぐらいしかなかった時代に比べ、おそらく邦洋あわせその10倍以上の雑誌が氾濫しているわけだが、もしかしたらリスナーに与える影響力や「権威」(イヤな言い方だが)は低下しているかもしれない。

 それは価値観の多様化のあらわれでもあるだろうし、インターネットなど紙媒体以外からの情報が増えたことも関係しているだろう。専門誌に頼らずとも、ソニック・ネット・ジャパンのようなサイトでニュースをキャッチして、各ジャンル毎に無数にある草の根的な音楽サイトやBBSでレコードの情報を入手、CD−NOWで試聴&購入するという手続きを踏めば、好みの音楽や掘り出し物に巡り会う可能性はかなり高い。

 だが専門誌の影響力の低下は、基本的には、音楽専門誌の情報の質の問題だろう。おおかたの音楽誌は広告対応誌にすぎないし、音楽への情熱を語るふりをして、その裏では金勘定や自らの権威付けに余念がない俗物の顔が透けてみえるだけ、という雑誌も多い。たとえば映画の新聞広告で芸能人や有名人の推薦文はよく見るけど、映画評論家や映画専門誌の評が使われることは滅多にない。それは映画の世界において評論家なり専門誌の敗北あるいは権威の低下を意味しているわけだが、音楽の世界では、実体の見えない評論家や専門誌(プロフィールが知られてない、という意味ではなく、その背骨となるもの、批評原理がわからない、という意味)より、音楽の好みが近い(あるいはよくわかっている)友だち(あるいはネット仲間)の推薦するもののほうがはるかにリアルで信用できるのである。同じ専門誌であっても、雑誌コードのついた大手のメジャー誌より、ミニコミ系のインディーズ雑誌の方が信用されているという傾向も、根は同じだろう。

 そもそも、レコードを聴いてしまえばたちまち存在価値がなくなってしまうような文章が多すぎないか。「音を聴けばわかる」というなら、わざわざ言葉で語る必要などこにもない。文章でしか表現できないことがあるからこそ、われわれは文章で語るのだ。その対象が音楽であれ映画であれ、文章自体で自立した表現であることが重要であり、むかしの専門誌や評論家には、そうした浸透力がいまよりあった気がするのである。いやもちろん、これは自戒もこめての話だ。

 また、ジャンル毎に専門化しすぎて、オーソドクスで王道的、メインストリーム的な音楽を正面から取り上げるメディアがない、という話も出た。目新しい音や奇抜なファションや突飛な話題性やアクの強いキャラクターがなきゃ取り上げられないなんて、どっか変だ。つまりそれこそが、現状の音楽評論が表現として自立していない証拠だろう。

 さて、オフ会である。会場となった渋谷の居酒屋に、連載コラムのライター諸氏、掲示板や投稿の常連の人たちなど、総勢20人は集まっていただいたろうか。遠くから参加していただいたフジカワさん&奥さまはじめ、ありがとうございました&おつかれさまでした。その場の様子はチャトランさんが簡潔にまとめてくださったので、ご覧いただきたい。なんせ酒が入ると……なので、ふだんのぼくとつき合いのある人はともかく、初対面の方など、失礼や粗相がなかったかととっても気になる。3次会まで続いたところで私は失礼させていただいたが、みなさん、楽しんで、気分よくお帰りいただけたろうか。それから私の連絡ミスで合流できなかった赤尾さん、どうもすいませんでしたm(_ _)m。

 次がいつ、どういう形になるかわかりませんが、チャトランさんも書いておられる通り、非ギョーカイ人オフなんかいいんじゃないかと思っている。でもそれだとぼくが主催するわけにいかないんで(笑)、誰か音頭とってやってください。あと、5万ヒット(おそらく10月ぐらい)か10万ヒット(来年3月ぐらい)には、クラブでDJイベントなんかおもしろいかなー、という気もしている。一応これでも、むかしは下北沢ZOOでレギュラーで回してたこともあるのだよ。そういう催しで人が集まらないとミジメなので(笑)、その節はみなさん、よろしくお願いします。

 岡村靖幸ちゃん再始動! 新曲&ワケのわからん弾き語りがここで聴けるぞ!


13日(火)

 東京国際フォーラムAでブライアン・ウィルソン。ワンダーミンツを含むバック・バンドのコーラス、演奏はまさにプロフェッショナルで、文句のつけようのないうまさ。御大のヴォーカルが一番頼りなかったのだが、それはともかくとして、あそこまで完璧なアンサンブルを聞かされて、しかも誰もが知ってるビッグ・ヒットのオン・パレードとなれば、楽しくないはずがない。ただ、演奏が完璧であればあるほど、この人は今の音楽家ではないと思い知らされる。ある人はそれを「ノスタルジー全開」と評していたが、ぼくの印象はたぶん、それとは少しちがう。ショウ自体が懐古的であったというより、彼の音楽自体がはらむノスタルジー性を痛感したのである。不可避の懐古性。これは音楽的に高度とか複雑とか楽しいとか、そういうこととは関係がない。つまり、彼の音楽からは「古き良き豊かなアメリカ」に対する本質的なノスタルジー性が感じられるのだ。ビーチ・ボーイズの音楽性が初期の楽天性から複雑で屈折した音楽性へと変化していった60年代後半以降、ベトナム戦争の泥沼化などによってそうした「古き良き豊かなアメリカ」幻想が崩壊していったのは、やはりブライアンにとっては不幸なことだったにちがいない。つまりブライアンの音楽は、60年代からすでに「ノスタルジック」だったのではないか。もちろんぼくは60年代のビーチ・ボーイズをリアルタイムで知っているわけではないが、レコードとほとんど変わらぬアレンジで演奏される名曲の数々、アンコールの「バーバラ・アン」「ファン・ファン・ファン」で全開になった、なんとも無邪気なオプティミズムを楽しみながらも、ぼくはそのキャリアのピークとなる60年代においてすでに「ノスタルジー」だった彼の悲哀を、そこに感じてしまったのである。演奏の完璧さは、かえって彼の「過去」への思いの強さ、執着を感じさせたのだった。

 帰りはエレファント&フラワーズの稲川さんの案内で、神保町の餃子専門店「天鴻餃子房」という店で夕食。これが安くてうまい! 3人で腹一杯食べて飲んで6000円程度。またこよう。

 帰ってテレビをつけたら「社会の窓」をやっていた。ちゃんと見るのははじめてなのだが、視聴者から寄せられた一発ギャグみたいな文を、解説者がもっともらしく社会的位置づけをしてみせるというもの。司会は最近影の薄いいとうせいこう。この日のゲストはみうらじゅん、栗本慎一郎ら3人だった。みうらさんとは一度仕事でご一緒させていただいたことがある。ローリー寺西とエロ・ロックというか、かってのランナウェイズみたいな「ズリネタ・ロック」について対談するという馬鹿企画で、ぼくはその司会進行役だったのだ(ちなみに雑誌は、エロ本になる前の「宝島」)。ローリーはまぁ、いつもの通りにオタクなウンチクをたれるのだが、みうらさんの話の合わせ方がまさにプロ。自分に何が求められているのか完璧に把握したうえで、それをまた完璧に、まったくテレもテライもなく演じてみせる。これこそプロフェッショナルだと心底感服した。それ以来みうらさんはぼくのもっとも尊敬する一人である。この日のネタでは、「全国チーママ・バレーボール大会」というのがおもしろかった。

 紛糾しまくる東芝サポート問題は、ついに朝毎読の3大全国紙がとりあげ、週刊朝日、さらにCX「ニュース・ジャパン」でも木村太郎がコメントするなど、大手マスコミも取り上げはじめた。いくら大手広告主とはいえ、ここまで話題になってしまっては、完全な後追いとはいえフォローせざるをえなくなったのだろう。ぼくは朝日新聞の記事しか読んでいないが、東芝の言い分ばかりに偏った記事で、被害者の主張はほとんど省みられていない。他の記事も同じようなもののようで、被害者の人はHPで「オレの言い分も書け!」と書いている。そのHPのアクセスは遂に300万ヒットを突破する勢い。週刊誌の記事を読んで、自分も同じような被害を受けたという声も続々と届いているようだ。

 ところがここにきて、東芝の宣伝部と広報部が総掛かりでマスコミ、とくに電波媒体に圧力をかけているという噂が出ている(詳細はここ)。もちろんアングラ情報のたぐいなので本当かどうかわからないが、もし事実ならとんでもないことである。そんなことより先に被害者に陳謝し、きちんとしたサポート体制を作ることの方が先であることがわかんないんだろうか。

 いずれにしろ、一昔前だったら泣き寝入りするしかなかったようなトラブルも、インターネットというメディアの登場で様相が変わってきた。原発産業もグループに持つ巨大コングロマリットに対して、なんの後ろ盾もない一個人がインターネットという武器を頼りに戦いを挑んでいるのだ。その行く末は、見届けなくてはなるまい。被害者は、自分からHPを閉めることはないと言い切っているので、もしHPが消えればニフティ/富士通の方針ということになるし、そのニフティに対して東芝からなんらの圧力があったことは明らかだろう。頼むぜ、ニフティ。筋は通してくれよな(このサイトのサーバはニフティだ、念のため)。

 では、このサイトのバナー広告に東芝が参入してきたらどうするか? ぜんぜん考えてません(笑)。


12日(月)

 昨日の日記を読み返して、ダイエー球団及び王監督について、ちょっと書きすぎたかなと反省。書いてあること自体は百%本音だが、言葉がすこし過ぎたかもしれない。王監督はホークスのオフィシャル・サイト(画像が多いせいかめちゃ重いです)のBBSを見ているというマコトしやかな噂が「鷹の爪」周辺で流れたことがあったが、まさかこの日記読んでたりして(笑)。ここに限らずあちこちで「無能・無知・無恥な国民栄誉賞監督」なんて書き散らしてることだし、ダイエーの社員の方にも失礼な表現でした……と反省。

 ジョーイ・ベルトラムのDJミックス盤『The Sound Of 2AM』。ひさびさに爽快、痛快なリクツ抜きのダンス盤。流れるような疾走感が心地よい。ジャケの写真を見ていたら、深夜の高速を大音量で流しながらぶっとばす図が浮かんできて、血が騒ぐ。

 マッド・カプセル・マーケッツの新作『OSC-DIS』(8/25発売)。先行シングルを聞いたときには、まるでハイスタばりのインダストリアル・メロコア(?)な展開に驚いたが、アルバムを聞くといかにもマッドな世界。テクノ色がどんどん強まっているのは予想通りだが、演奏にはさらに逞しさが増している。どうみてもミニストリーやリンプ・ビズキットの新作の10歩先はいってると思うけどなぁ。

 元P−モデルのことぶき光のプノンペン・モデルの独、仏、日に於けるライヴ『メルティング・ハイ』(8/8発売)。アジアのマーケットを思わせる喧噪な活気に満ちたエレクトロニク・ポップ。ポリシックスがあんだけ注目されるなら、こっちだって今の百倍は注目されてしかるべきだろう。

 コンピューターのアップグレードにともない、IE5をインストールしたら途端にシステムが不安定になり、あわててアンインストールして元の設定に戻そうとしたが、不安定なまま。最悪。この先何が起ころうとも、ネットスケープ以外のブラウザは使うまいと決意。


11日(日)

 宝塚記念でグラスワンダー圧勝! 潜在能力ではグラスの方がスペシャルウィークより断然上だと確信していたし、勝つんなら3馬身差ぐらいつけてちぎり捨てて欲しいと思っていたが、その通りの勝ち方。それにしても強かった。直線に向いたときの手応えはスペシャルの方が上のように見えたけど、いざ追い出したあとの伸びがまるでちがった。3着以下が7馬身千切られたことを考えると、スペシャルが走らなかったのではなく、グラスの方が強すぎたのだとわかる。武豊も素直に完敗を認めたみたいだ。ようやく朝日杯以来マジメに走ったグラスを見たような気がした。これで右回りは4戦4勝。スペシャルはここを勝って凱旋門賞のつもりだったみたいだが、こうなればグラスに行ってもらいたい(ロンシャン競馬場って右回りだっけ?)。そして年末の有馬でエルコンドルパサー、セイウンスカイ、アドマイヤベガらと最終決戦……というのが理想だなぁ。うん、強い馬が強い競馬で勝つのはやはり気分がいい。ナリタブライアンの菊花賞を思い出した。

 今日はたまたまお客さんの日本ハム相手だから勝ったけど、ここのとこダイエーの調子が悪い。正直言ってザマミロという気分です。このまま負けが込んで最下位になってくんねぇかと心底思う。いま出てる週刊文春に、国民栄誉賞監督の醜悪な実態が暴露してあったけど、それまで6連勝、7連勝していたのに、たかが3連敗しただけで途端にアタフタして浮き足だってしまう無能さ、他人を信用できない狭量さ、自称スーパースターゆえの無神経さ、己の技術向上しか頭が行き届かない無知さ、自らの無能を棚に上げ他人のせいにする無責任さ、成績不振の原因を20年前に遡って責任転嫁する厚顔無恥さと、名前だけあっても選手からの人望はゼロのこの男が一刻もはやく解任され、球団経営に無能なばかりか親会社の経営不振で金も満足にだせなくなった中内一族からとっととマトモな会社に身売りされ、一から出直すことを古くからのファンは願ってます。それまで南海ファンはロッテと阪神の応援に精を出そう(阪神は中日に悪夢の逆転サヨナラ負け。いまごろフジカワさん、小躍りしてるだろうなぁ(^_^;)。特に現役時代、王の控えだった山本監督率いるロッテがダイエーをコテンパンにすることを願ってます。

 今日はF1イギリス・グランプリ。困ったおぼっちゃんデーモン・ヒルの引退レースである。序盤でいきなりF1アンドロイド、シューマッハがタイヤ・ウォールに激突、負傷してリタイア、ハッキネンも走行中にいきなり左リア・タイアが外れるというとんでもないトラブルで離脱、波乱を期待させたが、そのあとは割合淡々と流れ、結果はスコットランド人クルサードが優勝、アイルランド人アーバインが2着、そしてイングランド人ヒルが5位入賞と、いかにもイギリス・グランプリな結末。シューマッハの怪我は大したことないみたいだが、ヒルの後釜がどうなるのか気になる。中野信治の復帰を期待してるんだけど……。

 こないだ久々にラーメンを食べた。もともと好物だったのだが、食餌制限をはじめてからは一切口にしていなかった。店は渋谷の壱源。以前は渋谷に行くたびにここのコタン・ラーメンを食べていた(ここの評価だとカムイ・ラーメン以外の点が低いが、これは疑問)。しかし、およそ3ヶ月ぶりぐらいに口にしたコタン・ラーメンは、スープの味が濃すぎて、残してしまった。ぼくがここのラーメンのスープを残したにははじめてのことだ。もちろんこれは店の味が変わったのではなく、ぼくの舌が変わったのである。濃い口好みだったはずなのに、食餌制限のおかげですっかり薄口に慣らされてしまっている。こないだ食べたケンタッキーのフライドチキンも油っこくて食べられたものじゃなかったし。まぁカラダにとっては悪いことじゃないのかもしれないが、老化現象のあらわれかなぁ、と思わないでもない。椎名誠によれば「大盛りカツ丼をわしわし食べられるのが健康のバロメーター」なんだそうだが、どうかなぁ。以前のぼくはそれこそ週一のペースでカツ丼を食べていたのだが。

 今日の推薦盤。トーマス・シューマッハの『セイヴ・アズ・トーマス』(ソニー 7月23日発売)。ちょーストイックなハード・ミニマル。それでいて柔らかなイマジネーションを喚起させる巧みな音作りが見事。


10日(土)

 久々に「AUDIO /VISUAL」を更新。このサイトの更新はかなり頻繁なほうだと思うが、実はその大半は人のチカラをあてにしていて、ぼくの書くコンテンツに関してはここのとこまったくサボりがちだった。「オーディオ遍歴」も一気に現在までいこうと思ったが、書いているうちいろいろ当時のことが思い出されてきて、どんどん長くなって結局大学卒業までで終わってしまった。この続きはなるべくはやく書きます。

 久々にタワーレコードに行き、『bounce』をゲット、話題騒然のグリーン・ガートサイト@スクリッティ・ポリッティの近影を確認。う〜〜〜〜む、こりゃ女性ファン激減だろーな〜〜(ウチの同居人も衝撃を受けていた)。短髪、ヒゲ面はまだしも、唇ピアスは余計だよなぁ。この顔であの声というのも反則。レコードの方はコ・フュージョンのライヴ&リミックス2枚組、カール・コックスの新作、チェイン・リアクションの変態ミニマル、フラクション、激ヤバ系ドラムン・ベースのコンピ『HIDDEN ROOMS』の2作目など。なかでも目玉は、フェラ・クティ・バンドのドラマーをゲストに迎えたソウル・アセンダンツの新作。アフロ・ファンク・フュージョン・ハウスの傑作だ。

 夜は音楽ライター養成講座の合同宴会。体調を考え途中で切り上げるつもりだったが、結局朝まで。若い人が増えたせいか、こういう無礼講的な酒席だとどうもジェネレーション・ギャップを感じてしまう。むかしはぼくと同じ歳のサラリーマンの人も受講生で来てくれてたんだけどねぇ。宮崎さん、お元気ですかぁ。


9日(金)

 それにしても今日は寒かった。長袖のパーカーを引っぱり出し、相変わらずふらふらする頭を抱えながら、青山のキューンソニーでギターウルフの取材。あまりの体調の悪さに始まる前はどうなることかと思ったが、なんとか話も盛り上がり無事終了。昨日オーストラリア・ツアーから帰ってきたばかりというのに、疲れも見せずバリバリと全開であった。彼らが出演した映画『WILD ZERO』もケッサクなので必見。なおシングル曲「ロックで殺せ!」はタイアップを狙おうとあちこちに声をかけているらしいが、タイトルと曲調が災いして(笑)、ことごとく断られまくっているという。あの「リングの魂」にも断られたんだってさ(笑)。ということで、この曲をタイアップ曲で使いたいというキトクな方は、キューンソニー中山さんまでご一報ください(^_^)。

 ウルフの気合にチカラを注入されたのか、すこし元気が出てきたので、そのまま地下鉄に乗って秋葉原へ。このHPを立ち上げホームページ・ビルダーを使いはじめて、マシンがずいぶん重くなったように感じていたので、CPUとメモリを載せ換えるためだ。しかし秋葉原は平日だというのにすごい人で、げんなりしてしまう。マイクロソフト・オフィス2000が発売されたばかりということでどの店もキャンペーン・ガールが店頭説明している。ミニスカのキャンギャルの説明をドロドロの中年オヤジどもが鈴なりになって聞いている図は、なかなかに気持ち悪い。パソコン屋をいくつかまわったあと、サウンドクリエイトにでも行ってLINNの新型CDプレイヤーIKEMI、GENKIを試聴しようと思っていたが、結局ラオックスのコンピューター館をうろうろしただけで秋葉原をあとにして、新宿のヨドバシカメラでCPUアクセラレータとメモリを購入。帰宅して早速我がNEC PC-9821 Xa-13 K-16をAMD-K6-2/400MHz、メモリ128MBに増強。これまでがペンティアム133MHz、メモリ48MBだったから、かなりのパワー・アップのはずだ。実際マシンの立ち上がりは格段に速くなったし、ホームページビルダーもサクサクと快調に動く。よしよし。次はハードディスクの増設とグラフィックボードの交換を狙う。もちろんそこまでいくと、ソーテックなどの通販DOS/Vマシンに買い換えた方が安くつくのだが、いいのだ、これで。日本人なら98だ!


8日(木)

 ここのところ肌寒い日が続いたせいか、風邪がぶり返してきた。頭がぼうっとして、フラフラする。それでも夕方から友人と飲みの約束があったので出かける。飲んでいる時はあまり気にもならなかったが、帰ってからどっと疲れが出て、早々に寝てしまう。

 すこし旧聞に属する話だが、大卒の有効求人倍率がついに1倍を切ったという。つまり、いままでは選り好みさえしなければ卒業者全員が就職できたが、いまはそれでも誰かがあぶれてしまうということだ。男女合わせての数字だから、女子だけだともっと状況はひどいだろう。もちろんリストラの対象になった中高年はもっと悲惨だ。先の見えない状況ゆえか、最近「音楽ライター養成講座」の受講生は社会人が減り、学生が増えた。社会人はカルチャー・スクールに通うような余裕がないし、学生は会社への就職以外の生きる糧を探しているのだろう。ぼくらフリーランスも、お世話になった雑誌が次々と潰れることなどで、状況のひどさを痛感している。ぼくが脱サラしたのはちょうどバンド・ブームになりかけのころで、いま思えば「ロック・バブル」的な状況下なのだった。あのころはいまの10倍は忙しかった気がするな。

 ここのところ忙しかったり体調が悪かったりでなかなか読書も進まなかったが、楡周平『クラッシュ』(宝島社)をようやく読了。インターネット時代のコンピューター犯罪を描いたもので、プロットも無理がなくストーリー・テリングの腕力もなかなか。600ページ以上の大書だが飽きさせず読み応えは十分。ただ、この作家の『クーデター』もそうだったが、最後のオチの部分があっさりしすぎて、いまいち物足りない。 


7日(水)

 ギターウルフ新曲が到着! 4曲入りシングルは8/21発売。タイトルを記しておこう。「ロックで殺せ!」「星空ジェット」「ジェットブルース」「サンダーギター」(苦笑)。中身は……いつもと同じです(微笑)。最高。

 夜は音楽ライター養成講座。深夜に帰宅して犬の散歩。だいたい短いときで20分ぐらい、気が向くと1時間ぐらい家の周りをぐるりと回るわけだが、当然ながらその間は本も読めずテレビも見ることもできない。ウォークマンのたぐいは嫌いなので、音楽も聴けない。携帯も持ってないから電話をすることもない。ぼくは基本的に貧乏性なので、なにもしないでボーッとしていることがない。家にいるときも必ずなにかしらやっているので、実は犬の散歩は、ぼんやりと考え事をする、ほとんど唯一の時間なのである。もっともふだんは原稿の構想を練ったり、HPのメンテについて考えたり、まぁ他愛のないことしか浮かんでこないんだけど、たまに「こんな明日の展望などまったくない生活を送っていて、10年後はどうなってるのか」などと考え出して、落ち込むこともある。だいたいこの仕事、シビアに将来のこと考えたらへこむばかりで精神衛生上よろしくないので、なるべく先のことは考えないようにしてる(^_^;。しかし夜の闇というのは、ヘンに想像力を刺激して、余計なことがいろいろ頭に浮かんできたりする。今日もいろいろ考えてしまった。

 基本的に人とあまり接することがない生活だから、ふつうに会社につとめてる人みたいに人間関係の煩わしさに悩まされることが少ないのは助かるけど、このサイトはじめてから、いろんな人とネット上で接するようになって、そういうわけにもいかなくなってきた。楽しみも多いぶん負担を感じることが、なくもないのだ。小宮山雄飛くんは「ある日突然HP辞める、みたいなことをやってみたい」と言ってた。つまり、それだけ自由でいたい、ということなんだけど、ぼくもいつかそうしてみたい、と思わないでもない。まぁ無理だろうけどね。


6日(火)

 青山のワーナーで、チボ・マットの取材。実に聡明かつ意志強固な人たち。質問に対しての答えも明快で、曖昧さがない。ニューヨークでは、これぐらい強くないとやっていけないのかもしれない。といって肩肘張っているわけでもなく、自然にタフ。そういうキャラクターをもった人たちが、『ステレオタイプA』のようなナゴミの名盤を作ってしまうのだからおもしろい。

 チャトランさんのHPの日記でも触れられているが、いまインターネット上でもっともホットな話題といえば、東芝サービスセンター問題だろう。東芝のビデオを買った人が初期不良でクレームをつけたところ、東芝の担当者からものすごい暴言を受けたという話。ぼくがこの事件を知ったのは数ヶ月前にニフティのオーディオ・フォーラムでだったが、事態は収束するどころかさらに拡大しているようだ。被害を受けた人のHPは設立1ヶ月で118万ヒットというものすごい数。リアルオーディオで東芝の社員の暴言が聞けるが、これがもう、震えがくるほど気分が悪くなって最高。事態はついに、被害者が東芝の社長宛に謝罪文を要求し、東芝側が「法的処置をとる」と脅しをかけるとこまで行ってる。大手マスコミでは大広告主の東芝に遠慮して、一切記事にできない。しかしこのHPをみると、もう絶対東芝の電化製品だけは買うまいと思うよな。

 掲示板での要望、というか提案を受け入れて、「READER'S FORUM」「READER'S FORUM2」への投稿に対する「感想」の専用掲示板(BBS3)を作ってみた。ゲストブックとあわせて4つの掲示板。それぞれ目的がちがうので、せいぜい使い分けてください。


5日(月)

 先週のクソ忙しさはこのHP開いて以来2度目だったけど(最初はカナダ出張前)、なんとか今日になって一段落。反動で怒濤のようにHPの新コーナーを立ち上げる。「READER'S FORUM 2」「NEWSWAVE VOTING」「 GUESTBOOK」のみっつ。最初のやつは、従来の「READER'S FORUM」とは違う形の投稿欄を望む声があったため。あとのふたつは、まぁ遊びです。気楽な気分で参加してください。

 みなさんは、いつも必ず常備して愛飲している市販のソフト・ドリンクってなんかありますか。ぼくは大塚ビバレジのジャワティーが好きで、かれこれ5年以上は愛飲している。一言でいうと砂糖やミルク抜きのストレート紅茶から、渋みを抜いた感じのクセのない味で、いつ、どこで飲んでも抵抗がないのが気に入っている。メーカーは食事と組み合わせることを薦めてるみたいだが、ぼくはだいたいデスクの脇に置いて、水代わりにぐいぐい飲んでいる。とくに夏になるとほぼ1日に1.5リットルボトル1本を消費している。ジャワティー中毒か?

 だがこれ、あまり売れてないのかメーカーの営業が弱いのか、置いてる店がどんどん減ってる。数年前までは近所のスーパーにも最寄りのコンビニにもあったのに、いまや自宅から徒歩10分もかかるサンクスまで行かないと買えない。ウチの周りは日本一のコンビニ激戦区で、500メートル四方のコンビニ密集度は全国一らしいが、それでこのテイタラクなんだからしっかりしろよ大塚ビバレジ! せっかく藤原紀香をCFに使っても宝の持ち腐れだぞ! と言いたい。そんなわけで、ぼくはいつも犬の散歩のついでにそのサンクスまで行って、ジャワティーをわざわざ買ってくるのである。買ってくるのは夜の散歩のときが多く、きっとサンクスの店員は「夜中に犬連れでやってきてジャワティーだけ買って帰る奴」としてぼくのことを認識しているにちがいない。

 ところが今日、犬の散歩で近所の商店街を歩いてたら、コンビニでもなんでもない、ごく普通の乾物屋でジャワティーを発見! 自宅から徒歩5分、まさに灯台元暗し。しかもコンビニで買うより安いみたい。こりゃラッキー。犬の散歩のたびに重いペットボトルを運ぶのにうんざりしていたぼくは、8本入りのボックス・セット(笑)を注文し、配達してもらうことにした。むかしながらの商店街の個人商店だと、そういう融通は利くはずだ。ところが配達先を言う前に商店のオヤジは「小野島さんでしょ?」と言う。なぜオレの名前を知ってるんだ゙??? ウチの母親はこのあたりで買い物しているみたいだから、店主が母親の顔を知っていても不思議はないけど、ぼくはこのあたりではほとんど買い物をしたことがない。もちろん知り合いもいない。ウチに配達にきたことがあるのかもしれないが、ぼくは覚えがない。子供のころのぼくをそのオヤジが知ってる可能性はあるが、ただの中年男となったぼくをどうして見分けたのか? ひょっとして『NU SENSATIONS』の写真を見たのか? わからん。とにかく金を払い、帰宅してしばらくすると、まちがいなく先ほどのオヤジがジャワティー・ボックスを配達してくれたのだった。結局謎は解けぬまま(←そのオヤジに訊きゃいいだろ)。ちなみにボックス・セットのお値段は2240円。コンビニでバラで買うと2520円。セーブ280円。う〜〜〜〜ん、ササヤカながらお得な一日であった\(^o^)/。


4日(日)

 『スターウォーズ エピソード1 ファントム・メナス』を全米興業収入トップの座から引きずりおろしたのが、なんと『オースティン・パワーズ』の新作だったことは結構話題になった。そういえばカナダ出張のとき、町のあちこちに大きなビルボードが立っていて、ずいぶんリキ入ってるんだなと感じたものだ。あと1週間もいれば見られたのにと、悔しい思いをしたものである。日本公開は秋になるみたいで、それまでは旧作のDVDとサントラ盤でお茶を濁すしかない。そのサントラ盤はマドンナのレーベルからのリリースだが、レニー・クラヴィッツが歌うゲス・フー「アメリカン・ウーマン」のカヴァーとか、ストテンのスコット・ウエイランドのゾンビーズ「二人のシーズン」のカヴァー、さらにはコステロ&バカラックの「恋よさようなら」と、なかなかアブラっこいメンツを揃えている。なかでも目玉はザ・フー「マイ・ジェネレーション」の未発表BBCライヴ。いや、ぼくも今日になって初めて気づいたんですけどね。こんなとこでこういうレア・テイク放出するか〜〜(^_^;。サントラ盤っていかにもミュージシャンの小金稼ぎといった感じで好きじゃないけど、これは「買い」かも。マドンナの新曲がシングル・カットされているが、このビデオ・クリップが実にえげつなくて最高というか最低というか……。マドンナって確かぼくの1〜2歳下だったと思うけど、40歳越えてこのお下劣さはすごすぎ。

 ウインブルドンはサンプラス、ダベンポートという、ある意味で当たり前すぎてつまらない結果。ドキッチ、ヘンマンといった期待の若手がみんな準決勝までで負けちゃったせいで、決勝に残ったのは実績のある人たちばかりだった。ダベンポートにストレート負けしたグラフは、現状ではこれが精一杯だろう。これが最後のウインブルドンになるのか。勝った瞬間思わず涙ぐんでいた23歳ダベンポートは、そのときだけ年頃のお嬢さんに戻って、なかなか可愛かったけどね。「さげまん」ブルック・シールズと別れて途端に絶好調のアガシは、ますますスキンに近い坊主頭になり、ヘンなイヤリングをしているせいもあって、まるでハード・ゲイ、まるでボーイ・ジョージ(笑)。杉本哲太似(メル・ギブソンにもすこし似ている)のサンプラスとの対決は絵的にはなかなかおもしろかったけど、内容はサンプラスの完勝。サンプラスってなかなかイイ男だと思うんだけど、なぜか地味というか、華やかさがない。強すぎる上に真面目そうだから、面白みがないんだな。


3日(土)

 懸案だった長めの原稿をなんとかあげ、横浜アリーナ「WIRE99」へ向かう。チケットの売り上げが心配されていたが、フタを明けてみれば大盛況。世の中にこんなにテクノ好きがいたか(笑)というぐらい。とくに今回のイベントは、底辺のファンに支えられたイベントという感じが出ていて、いい雰囲気だった。

 久々に見たデリック・メイが相変わらず手練れのワザで圧倒してみせたあと、おそらくまりん脱退後初ライヴとなる電気グルーヴの登場。ふたりのサポート・メンバーを加えステージ上は4人。ラストの「虹」では、CDでも歌っていた女性ヴォーカリストが客演する。肝心のショウの内容はちょっと考え過ぎな感じ。PAがあまり良くなかったせいもあって、いまひとつノリきれないまま終わってしまった。卓球は終始キーボードの前にいてステージ前には出てこない。歌もほとんど歌わず、「虹」もすべて女性ヴォーカリスト任せ。あまりフロントに出たくない(まして、このようなレイヴの場で)気持ちはわからなくもないが、ちょっと頑なな感じがした。新曲の「FLASHBACK DISCO」が、レコードの10倍はよく聴こえたのが救い。かぶりモノに身を包んだ瀧は大熱演で、彼のおかげで電気のショウはショウとして成立すると実感した。彼のギャグ・センスや存在感はいい意味で大味でわかりやすい。これなら外人にも受けるだろうなと思わせる。「ラヴ・パレード」の電気のライヴ、見てみたいなぁ。

 しかしこの日の最大の盛り上がりはトリ前に出てきたDJ卓球。電気より明らかに観客の歓声は多かった。本人も感慨深かったのではと思う。もちろんプレイも冴えていた。ぼくの目には、電気グルーヴに注ぎ込むパワーよりも明らかにDJに注ぎ込む熱量のほうが大きかったように見えた。それがちょっと寂しいと思わないでもなかったが。

 会場は思ったよりレイヴの雰囲気に合っているように思えたが、広いフロアをせせこましくロープでブロック毎に仕切るのは実に興ざめな感じ。会場の規制で仕方なかったらしいが、ロープで規制されたブロックという檻の中でダンスする観客の姿が、どこか歪んだ日本の社会のあり方を象徴しているように思えたのは、2階のスタンド席からフロアを一望して感じたことだった。


2日(金)

 青山のアロハ・プロダクションでユーヒーズ小宮山雄飛の取材。かなりマニアックな作りなのに総体としてはポップそのもの、という魔法のようなアルバム『アメリカン・スクール』(8月18日)について。前回同様、闊達でよく喋る。楽しい取材だった。詳細は『デジット』第3号にて。

 投稿欄で掲載した入山亜紀さんの「ジョー・ストラマー・ライヴ(前)評」について、投稿の規定を問うメールをいただいた。あれがOKならなんでもOKじゃないか、というメールのご主旨はまったくもってごもっともで、いい加減と言われても一言もない。ぼく自身掲載にあたっては逡巡もあったのだが、内容が面白いし、投稿規定に合わないからといってこのまま寝かせてしまうのももったいない、と判断したわけだ。じゃぁ今後同様な投稿があったらどうするのか、と言われたら、その場になってみないとわからない、としか答えようがなく、これまた「いい加減なヤツ」と非難されても一言もない。もっと規定を緩やかにした投稿ページを作ってもいいのだが、どれぐらい投稿が集まるかという懸念もある。とりあえず現状のままでやって、例外についてはその都度考える、ということでいかがでしょうか。なんでもOK、というよりは適度な制約を設けた方が書きやすいとは思うのだが。またそれとは別に字数にとらわれず、もっと長いアーティスト論などを書きたい、公開したいという要望があれば、投稿という形にとらわれず、ぜひぼく宛メールをいただきたい。内容次第で、いくらでもスペースを提供します。そのへんの柔軟さは紙の雑誌にはないウエブ・サイトの強みだから。


1日(木)

 いよいよ夏! サマータイム・ブルース! 仕事が遅すぎるから金なんて払えねぇってボスが言ってるぜ! どうすりゃいいんだサマータイム・ブルース!(泣)

 というわけで、全然仕事が終わんないぜ! 今日締め切りの原稿があと2本、もうとっくに締め切りを過ぎた長いのが1本。あしたは取材もあるけど、全然質問考えてないぜ!(諦笑) さっき某編集者から「日記読んでるんで催促しにくいんですが……」ってメールもらっちゃったよ。仕事は全然はかどらないのに、なんで一文にもならないHPの更新だけはやってるんだ?

 閑話休題。ぼくはいままでアニメというものにハマった経験は一度もないが、『新世紀エヴァンゲリオン』だけは例外的に没頭した。初めて見たのが第一回フジロック1日目が中止になった直後だったのでよく覚えている(遅れてきたファンだったのだ)。で、DVDプレイヤーを買って真っ先に揃えたのが『エヴァ』のDVDだった。結局買っただけでほとんど見てないんだけど。その全巻購入特典が特製エヴァ時計(笑)。早速申し込んだものの全然送ってこない。もうすっかり忘れた今日になって送ってきた。掛け時計みたいな大きなヤツかと思ったら。幅10センチ高さ5センチぐらいの卓上サイズ。文字盤の絵柄がが各キャラクターのイラストに差し替え可能になっているのがいかにもアニメおたくむけ。ぼくは早速ミサトさんの絵に替えて、コンピューターの上に置いている。