2003年3月10日(月)

 ローリング・ストーンズ@武道館。そのむかしの幻の武道館公演はチケ買えなかったこともあって、来日中止も内心ざまーみろとか思っていたものだが、まさか30年たって実現して、それを見ることになるとは夢にも思わなかった。かの『太陽を盗んだ男』でも絶対実現不可能なイベントとして描かれていたしね。
 それはともかく、ぼくのストーンズ熱が一番高まっていたのは、全盛期の70年代半ばまでをのぞけば、ミック・ジャガーの単独来日時から、ストーンズの初来日時(『スティール・ホィールズ・ツアー』)ぐらいまでだろうか。ミックのドーム公演も、ストーンズのドーム公演も全部行った。ストーンズは確か10回連続東京ドームで、まるで会社に通うがごとく日参したものだ。あのときは、ちょっと執念じみた熱意があったな。『スティール・ホィールズ』が、近来になくいいアルバムだったというのもあるし(ちなみにぼくが書いた唯一のストーンズのライナーがこれ。再発盤、しかも『レコード・コレクター』誌に書いたレビューの転載だったけど)、これが最初で、しかも最後になるかもという思いがあったからだろう(なんかツアーのたびにそんなことが喧伝されてる気がするが)。チケは1万円と意外に安かったから全部で10万円。もちろんひとつのアーティストの一回のツアーにそんな金を使ったことはないが、今回のツアーに比べればずいぶん格安だった。音楽業界も、世間全体もまだ景気が良かったころの話です。
 もちろん来るたび見てはいるけど、正直むかしの熱意はもうない。今回も鷹揚に構えていたらとっととチケが売り切れてしまい、友人が確保していたチケを譲ってもらった始末。そんなわけで過剰な期待などまるで持たず見たが、楽しめました。とにかくハンパなアーティスト・エゴなど微塵も感じさせない徹底して割り切ったプロフェッショナルなエンタテイメント・ショウなんだから、それも当然。自分たちがやりたいことじゃなく、客が求めるものをやる。ロン・ウッドがいるのに、やる曲はロン・ウッド以前の曲が大半だし(なぜか『ベガーズ・バンケット』以降の中期の曲多し。『ベガーズ・バンケット』以前の初期曲は確か2曲しかやらなかった。初期の曲は意外にうけないから、という理由らしいが、これまたプロのエンタテイナーらしい発想)、『ブラウン・シュガー』でのボビー・キーズのソロは30年前のレコードと寸分違わないし。でも、それでいいのだ。いまさら彼らに演奏のスリルや妙味を求めても仕方ない(それでも、この日の演奏はロックっぽくてかなり良かったとは思うけど)。自分の好きな曲を彼ららしくやってくれて、不変の不良老年ぶりを確認できればそれでよいのだ。彼らもそれをわかっている。だからプロなのだ。客席の女性をスクリーンに映したあと「カワイイネー、アトデドウ?」というミックの日本語MCには笑ったけど、曲のどこで何を映して、どういうMCをするかってとこまで細かく緻密に計算しているわけだ。MCの内容もストーンズのパブリック・イメージを活かすようなものが吟味されてるんだろう。さすが、というしかない。
 でもミック・ジャガーはすごい。もう60歳になろうというのに、贅肉も、しぼんだところもまったくない引き締まった肉体、ステージの端から端まで走り回っても息切れひとつしない体力。声だって衰えてない。ものすごい節制とエクササイズしてるんだろうな。エンタイメントとしてのストーンズのショウはミックひとりで支えていることは明らか。
 それに比べキースのヘロヘロなことと言ったら……(笑)。とにかく上機嫌で、ステージに座り込んだりポーズを決めたり。前の来日のときに比べればだいぶギターを弾く格好は見せていたけど(前回は見栄を切ったりポーズするばかりだった)、ロンの音がでかくて、おまけにもうひとりギターがいたせいもあって、あまり聞こえない。ただそこにいるだけ感強し。ま、それで許されちゃうんだからトクな人ではある。
 それにしても「ホンキー・トンク・ウイメン」で流れた国産風エロ・アニメは何だ? 思わず見入っちゃったよ(笑)。

 終演後は骨折後退院まもないレココレ寺田編集長(杖が痛々しい)や、レココレ増刊のストーンズのCDガイド本の主筆・藤井貴之さん、元テイチクの岩淵さんなど、その筋のそうそうたるお歴々と一杯。岩淵さんの、いつに変わらぬディープなウンチク話に微苦笑。