2003年2月15日(日)

 遠藤ミチロウ@渋谷アピア。今回はタッチ・ミーではなく、単独名義のライヴ。前半はソロで、後半は頭脳警察のトシ(石塚俊明)がドラムで加わる。いつもそうだが、今回はさらにいっそう壮絶だった。なんでも1週間前にアピアのママが亡くなったということで、ミチロウさんにとっては追悼ライヴの意味があり、いわばモチベーションが高まりまくった状態での歌・演奏だから当然かもしれない。弦を切りまくり、喉もつぶれよとばかりの絶唱。毎回必ず歌い、毎回必ず感動させられる「天国の扉」は、とりわけ胸に深々と突き刺さりまくった。「お前は 体中 アルコール漬けになって死ぬのか/つまんない人生だったと思って死ぬのか」うぎゃー、俺のことだ(涙)。トシのドラムスとの呼吸もばっちりで、ミチロウさんの歌を実に劇的までに盛り上げていた。中村達也とのタッチ・ミーはリハーサルを一切しないことを旨としているらしいが、トシとはどうなのだろう。かなり緻密なリハの成果に思えたが。
 7時に始まり、終わったのが10時半。前座が30分ほどあったが、それにしてもトータルの演奏時間は2時間半を軽く超えていたろう。あまりの密度の濃さと重さに、同行者としばらく口を利く気がおきなかったほどだった。いや、ほんとすごかったです。現時点での今年のベスト・ライヴに決定。

 話はかわって。音楽ライター養成講座なんてものをやってるせいか、ライター志望者の人からときどきメールをもらう。主に地方に住んでいて講座に通えない人が多いが、ライターになりたい、どうすればいいか、という内容である。こういうメールをもらっても黙殺するライターが大半みたいだが(こないだもらったメールに、そんなことが書いてあった)、ぼくはできるだけていねいに、突き放した感じにならないようにアドバイスをかねて返事することにしている。でもだいたいその後はナシのつぶて、ということが大半だ。というか全部そうかな。その後の経過報告はおろか、こっちの返信に対する返事(礼とかね)さえもない、というケースも多い。もちろん返事する義務があるわけじゃないし、こっちもべつに期待してないが、いきなり見ず知らずのプロのライターにメールを送りつけ、アドバイスなどを求めておきながら、礼のひとつもできないとはどういう了見だ、といいたくなる。
 もちろん、問い合わせや相談、質問などはどんどんしてもらって構わない。そのためにメールアドレスを公開しているわけでもあるし。そして、できる限りのアドバイスはします。作品を添付してもらえば、時間のある限り講評もします。それは『音楽ライター養成講座』などで大きな顔をしている者の義務だと思うから。でも最低限の礼儀作法さえなってないやつが、プロのライターとしてやっていけるはずがない、ということを肝に銘じてほしいのだ。あなたが、少々の礼儀知らずや非常識など関係ないと思わせるほど素晴らしい文章を書けるならべつですけどね。
 ライター志望者でなく、雑誌の記事をみて抗議のメールや手紙をくれる人もいるが、非常識なのも多い。3年ほど前のミュージックマガジンの「邦楽vs洋楽」の記事を書いたとき、コンサートの異様さをやり玉にあげたグレイのファン(らしき人。女性)から怒りの手紙をもらったことがある。邦楽系の仕事をするとときどきこういうことがあるのだが、彼女はとにかく絶対返事をよこせ、釈明しろ、ときわめて高い調子で要求してきたので(それも非常識だが、自分の文章には責任を持ちたいので、そういケースでも必ず返信はする))、ワープロで1万字近い丁寧な返信を送った。しかーし今に至るまでまったく返事はない。まぁべつに腹も立たないけど、どういう神経してるのかな、と思います。あなたのことだよKさん!
 
 また話は変わる。ちょっと前、あるミュージシャンと酒の席で一緒になった。その人は、最近は疎遠になっていたものの、以前はよく取材したバンドのメンバーで、まぁまぁそのときは良好な関係を保っていたと思っていた。で、久々に会って話をしたら、妙によそよそしい。なんでかなーと思っていたら、ニヤリと皮肉そうに笑って「まぁ小野島さんから
評価の低い××(バンド名)ですから」といわれてしまった。もちろん数日前にこの欄で書いたように個人的な楽しみというよりは仕事で聴くアーティストもいるわけだが、何度も取材したんだから、当然そのバンドの音楽は高く評価していたし、それは文章にもちゃんと書いていた。確かに記憶をたどれば、あるとき出たニュー・アルバムの出来がいまひとつと思え、面と向かってメンバーに言ったことはあるし、あるときのライヴがひどい出来だったので、そう書いたこともある。でも基本的にそのバンドを評価し、期待していたからこその苦言のつもりだったのだが、メンバーにはまったくそれが伝わっていなかったというわけだ。まぁぼくの言い方や書き方が悪かったのだろうし、人間関係というのは、それまで10の褒め言葉を聞いていても、たった一言の批判ですべてがネガティヴな印象になってしまうものなのかもしれない。そのミュージシャンとも、当時からべつに仲良かったわけでもないし。
 でもねぇ、正直言ってその一言を聞いて、われわれはミュージシャンとは友だちになれないな、とつくづく思いましたよ。批評を放棄して相手の全存在を認めなければ友だちになるのは無理、というか。まぁミュージシャンと友だちつきあいをしているライターも多いから、単に人付き合いのうまいへたかもしれないが、是々非々で臨むという批評の基本姿勢をきちんと貫いたら、やっぱり真の人間関係など作るのは不可能と思える。そういう意味で、ぼくはマネージャーには絶対向いていない。マネージャーはそのアーティストと一心同体、心中するつもりじゃなきゃつとまらないから。
 ……というようなことを、別のミュージシャンに話したら、それはその人固有の問題であって、ミュージシャンが全員そうだというわけじゃない、と言われた。そりゃそうです。でもぼくからすれば、そういう冷静な意見を言える彼のほうが珍しい気がする。いつかここで書いた、ミュージシャンにとって耳の痛い批判でも、ひとつの意見として認めることができる度量をもった人のほうが少ない、というか。人間関係ってほんとにむずかしい。