2002年8月17日(土)

 札幌のライジングサン・ロック・フェスティヴァルとかなり迷ったものの、結局はサマーソニックへ。
 ソフトバレエ再結成ライヴに間に合わせて家を出たのに、チケットを忘れてきたことに途中で気づき、とって返したら結局着いたのは3時半過ぎ、ソフトバレエどころか、もうひとつの目当てだったレンチも最後の1曲の半分しか聴けず、という最悪の状況。スタジアムとメッセ、両方覗いてみるが結局まともに見たのはハノイ・ロックスだけ、それも別のライヴを見るために途中退場と、一体なんのために幕張くんだりまで行ったのかわからん。
 しかしハノイはつまらなかったな。演奏はちゃんとしてたけど、スリルやエッジを失った、形骸化したロックンロールの残骸がそこにあるだけだった。

 ガンズ&ロージズを袖にして、向かった先は市ヶ谷の法政大学学館。HEADRUSHと称した、レックb(フリクション)、灰野敬二g、PILLdsという布陣による空前にして、おそらくは絶後のライヴである。ライジング・サンを断念したのは、ひとえにこのライヴがあったから。レックのライヴはフリクション以来だから、5,6年ぶり。いやはや、ずいぶん待たされたものです。
 そしてこれは、いろんな意味ですごい、そして刺激的なライヴだった。こんな面白い体験は滅多に味わえるものじゃない。これがあるからライヴ通いはやめられないのだ。
 あまり「曲」と言えるようなかっちりしたまとまりはなく、フリーフォームなジャム・セッション風の演奏が展開される。いや、そういうと軽く聞こえるが、とにかくヘヴィでケオティックでサイケデリック。溶鉱炉に投げ込まれたようなテンションとエネルギーは尋常でなかった。正直言って1+1+1=3以上ではなかったというか、この3人が組んだ、という事前のイメージを塗り替えるような新鮮さはあまり感じられなかったけど、そうは言ってもこの人たちの持つポテンシャルはけた外れのものがあり、イメージ通りの演奏とは言っても並のミュージシャンの集合とは次元がちがう。なにもかもが規格外の3人がぶつかりあう、そのすさまじいテンションとエネルギーに終始圧倒されっぱなしだったのである。レックは外見もヴォーカルも演奏もたたずまいもむかしと全然変わっていなくて、安心した。
 で、すごかったのは演奏だけじゃない。いや、オレもライヴ鑑賞歴長いけどさ、ライヴの最中に客同士がケンカするとか、アーティストと客が怒鳴り合うなんて風景はよく目にしたけど、演奏の真っ最中に、ミュージシャンがスタッフに殴りかかるなんて初めて見たよ。曲の最中にいきなりPILLが演奏をやめて、スタッフを2発、3発。ドラムスのセッティングが気に入らなかったのか、理由はよくわからないけども、なんか久々に「ロックの現場」に居合わせたという強烈な実感があった。いまでも新宿アンティノックあたりのハードコアのライヴではそういう雰囲気が残っているのかもしれないが、ああいうヤバいまでの緊張感は、いまのロックではもはや求められない。それはやはり、この3人が集まったことで巻き起こった独特の磁場ゆえだろう。法政の学館の、60年代や70年代のまま取り残されてしまったような趣の、うらぶれた、だがどこか得体の知れないエネルギーを秘めたたたずまいが、それを助長していた。灰野やレックがPILLに気を遣っているように見えたのも興味深かったが、一悶着のあと演奏のテンションが明らかに上がったのもまた、実に「ロック的」で面白かったのである。
 それからもうひとつ。レックのヴォーカルでキンクスの「ユー・リアリー・ガット・ミー」とヴェルヴェッツの「ヴィーナス・イン・ファーズ」のカヴァーをやったのも驚いた。フリクション初期にストゥージズの「アイ・ウォナ・ビー・ユア・ドッグ」をやっていたことはあったが、それ以来じゃないか。もっとも、「ユー・リアリー〜」なんて、レックはかろうじてあのコード進行をフォローしていたものの、灰野は例によって曲の展開などお構いなく痙攣したようなサイケ・ノイズ・ギターをかき鳴らしているだけで、原曲の原型などほとんどとどめていなかったのも痛快。ふつうロック・ギタリストだったらあのロックンロール史上最高のリフをカッチョよく弾いてみたいんじゃないかと思うのは、やはり凡夫のあさましさか。いやはや、ほんと、驚かされぱなしの夜だった。もう2度とないだろうなぁ、こんなおもしれー体験。客席にはツネマツ、ヒゲ、ラピスなど歴代フリクション・メンバーの顔も。