2002年6月20日(木)

 乃木坂のキューンでポリシックスのハヤシ君の取材。自信が出てきたようで、いい顔をしていた。新作『FOR YOUNG ELECTRIC POP』は7月24日発売。

 一旦帰宅して、「中村とうようさんの古希を祝う会」@明治記念館に出席。予想通り会場は各レコード会社やマスコミ、音楽出版社などの社長・重役クラスのお歴々がズラリと顔を揃えていて、マジメな話、ぼくなどチンピラ、青二才もいいとこで、まさに末席を汚させていただきましたという感じだった。なんせ萩原健太、高橋健太郎、今井智子といった人たちが「若手代表」という感じで祝辞を述べるんだから。いろいろな方々が詰めかけていたが、いわゆるミュージシャンの出席が山下達郎、サンディーぐらいしかなかったのが、中村とうようという人の評論家としての身の処し方を象徴している気がした。愛情を持って見守っていても、決して馴れ合ったり必要以上に深い関係にならず、一線を画す。もちろんぼくととうようさんじゃ格がちがいすぎるが、そうした姿勢は見習うべきだと思う。
 古希といえば70歳だが(ちなみに同じ歳に五木寛之や野坂昭如がいて、とうようさんと青島幸男の生年月日が同じ、五木と石原慎太郎の生年月日が同じ。とうようさんと同じ高校(京都の峰山高校)の2年後輩に野村克也がいて、とうようさんの次の次の生徒会長だったそうだ)、外見も声もたたずまいも、全然そうは見えない。祝辞の方々も口を揃えて言っていたが、実に若々しく溌剌としている。老人特有の醜さやしぼんだ感じが微塵もなくて、カッコいいのだ。それはやはりとうようさんの今までの人生の凝縮であり、業界の垢にそまらず安直な妥協をせず徹底して自己の信念に忠実な辛口の評論家であり続けた、人としての生き方の結果であるにちがいない。ぼくが70歳になったとき、こんなに背筋がピンと伸びた颯爽とした風情でいられるかどうか。最後にはご本人の長めのスピーチがあったが、今後は悪口など言わず愛される老人を目指し、「仏の中村」と言われるべくがんばるとのこと。そんなことを言いながら今月号の「とうようズ・トーク」では相変わらず批判精神は旺盛(笑)。なんせぼくがもっとも大きな影響を受けた評論家だから、悠々自適とか引退とか盆栽老人めいたことは言わず、これからも舌鋒鋭い原稿を継続してお願いします。とりあえず「クロスレビュー」復帰を激しく希望、と言っておこう。

 で、引き出物(?)でいただいた手ぬぐいがこれ↓

nakamura