2001年5月1日(水)

 大型連休も半ばにさしかかり、みなさまはいかがお過ごしでしょうか。例年だと連休前は地獄のような思いをしても、いざ休みに入ってしまえば人並みにのんびりしてるんだけど、今年は連休前の二度の海外出張が効いて、24日の帰国から一日も休まず終日パソコンに向かっても、全然終わらない。昨日なんか某AV誌(アダルドビデオじゃないよ)のDVD評のため、5枚(そのうちふたつは2枚組なので、実質7枚)のDVDをとっかえひっかえ見て、それだけで一日が潰れた。あまりにモニターの画面ばかり見つめているせいか、最近なんだか視力が落ちたというか、目が霞むような気が……単なるトシか?

 ま、こんな、グチのようでいて実は多忙自慢ってカッコ悪いから別の話題でも。

 ネット上で公開されている日記について。他人の日記ってけっこう面白いとはよく言うけど、有名人のものか(つまり書かれている情報を共有し
やすいもの)、よほど文章が達者で、面白く読ませる工夫をしているもの以外はやはり退屈だ。ぼくの日記など、とくにネームヴァリューがあるわけでもなし、情報の網羅性や希少性があるわけでもなし、鋭い意見が提示されてるわけでもなし、達筆名文というわけでもなし、本来ならもっと面白く読ませるよういろいろ努力しなきゃいけないんだけど、ついつい推敲もなく書き放しになってて、マズイとは思っている。一応本職の書き手なんだし。
 だけど面識のある人の日記はどんなものでもそれなりに興味深い。当たり前だけど。ぼくも何人かブックマークしているが、わりとマメに読むのが、知り合ったばかりの人。フーンあの人こんなんだとイロイロ妄想を逞しくするのが面白いのだ(暗いねー)。で、直接対面して話してみて、そのギャップを楽しんでみたりする。ただ、ある程度仲良くなって人となりがわかっても、日記に示された人間性もまた、嘘のない本物であり、対面して話しているだけではわからない、伝わらないものなのだとも思う。なぜこういう考え方をするかというと、ぼく自身、自分の考えていることや感じていることを正確に人に伝えるのは、文章が一番適していると思うからだ。もちろん「作り」はあるけども(ていうか、公の場で書かない、書けないことのほうがはるかに多いのだけど)、それも含めて自分自身なのだ、という気がする。

 それにしても、よくここまで自分のことを書けるよなー、という日記はなぜか女子に多い。とくに私生活の具体的なあれこれを開陳していなくても、自分の内奥のおんな性について書いている人のものとか、ドッキリしたりする。知ってる人の日記は特に。

 さあて、やくたいもない現実逃避はやめて仕事に戻ろう。ちなみにBGMはジェフ・ベックの『BLOW BY BLOW』リマスター版。やっぱ名作。むかしは『WIRED』のほうが全然好きだったけど、今日の気分はこれだなぁ。ネットで衝動買いして今日届いたものだけど、オリジナルCDよりは全然音がいい。当たり前か。