2002年4月10日(水)

 インタビュー当日。朝食後、インタビュー会場へ向かう。レッド・ホット・チリ・ペッパーズなどもインタビュー会場に使ったという比較的こじんまりとしたホテルである。各国のジャーナリストが待機する中、先頭を切って取材。相手はジョナサン・ディヴィス(ヴォーカル)ひとり、ヘッド&マンキー(ギター)、フィールディー&デヴィッド(リズム隊)の3組で、時間はそれぞれ25分ずつと厳しい。通訳のヤズさんと相談して、返し(英語から日本語の訳)は最低限にとどめることにしたが、もちろん時間は圧倒的に足りない。できればほかの4人はいらないからジョナサンひとりでせめて1時間は欲しいところ。だがそれは言っても仕方ない。
 ジョナサンは短時間だが機嫌よく、こちらの無礼な質問にも丁寧に答えてくれた。頭もいいし、人の気を逸らさぬオーラもある。ほかの4人はとにかく「何も考えてない」という表現がぴったり。機材や楽器、テクニックの話なら嬉々として応じてくれそうだが、それ以外の精神論的なこと、抽象論的な話題には興味も関心もないようだった。ま、予想していた通りですが。
 ちなみに新作は前作以上に論議を呼びそうな問題作。ピンク・フロイドやバウハウスを思わせるプログレ&ゴスな匂いがプンプン漂う。はっきり言ってかなりヤバイ傑作と思うが、入り込むにはやや時間がかかるかも。

 自分の取材が終わり、大谷さんたちの取材が終わるまで時間が空いたので、近くのタワーで物色。また20枚ほど拾う。ヒュー・コーンウエルの新譜なんてものを買った(意外に拾い物。ルー・リードかレナード・コーエンかというぐらい)。すべての取材が終わり、一旦ホテルに帰ってから、少し離れたところにある寿司屋(おとといのところとはちがう店)で、今回の取材旅行の打ち上げ。ミッチはインタビュー会場に置いてあったビーフジャーキーを食べ過ぎて気分が悪くなり欠席(笑)。一仕事無事に終わった安心感で、ビール、日本酒(なんと酔鯨)、ワインとチャンポンで飲み酔っ払う。いよいよあしたは帰国である。