2002年1月9日(水)

 早起きして区の胃ガン検診。そのあと東銀座の松竹本社で沢田研二の取材。映画『カタクリ家の幸福』の取材だが、映画の話ではいまひとつノリが悪く、音楽のこと、沢田自身のことになるとがぜん口数が多くなる。やはりこの人、根っからのミュージシャンなんでしょう。映画やテレビは仕事として割り切ってるんじゃないかな。ミック・ジャガーみたいに5,6年に1回人前に出るだけなら若ぶることもできるけど、自分は年齢なりのありのままの姿で、いつも現役第一線にいたい、という言葉が印象的だった。

 それにつけても天下のジュリーである。むかしから大ファンなのだ。ぼくの世代にとっては「スター」の代名詞のような人である。押しも押されもせぬスーパースターなのに、芸能界ズレした感じがない。「こちら側にいる人」という共感が持てる。それは言葉を換えて言うと「ロックを感じるかどうか」ということなんだけど、音楽だけのことじゃない。もちろん音楽もその当時(70年代)の歌謡曲にしてはとびきりのロック感覚があったけど、彼の素晴らしいところは、どんなに売れていてもいつのまにかメインストリームからはみ出してしまう感覚、華やかなスポットライトを浴びていてもどこか違和感を感じさせる存在感だ。だから映画出演も、藤田敏八、長谷川和彦、森田芳光、塚本晋也、鈴木清順、三池崇史と、名匠巨匠というより一癖二癖ある異端の監督の好んで起用されたりする。若いころは、今だったらたとえば木村拓哉に匹敵するような存在だったけど、いつもええかっこしいの役しかやらないキムタクには『太陽を盗んだ男』や『ときめきに死す』みたいな役は絶対できないし、周りもやらせないだろう。長い目で見てどっちが得かはわかんないけどね。


 取材前も取材中もめちゃくちゃ緊張したけど、柔らかな京都弁で淡々と話す口調は穏和そのもの。思ったほどの威圧感もなく、緊張した割にはいい取材だったと思う。詳細は『BSザ・テレビジョン』で……といいたいところだが、文字数が少なすぎて発言の大半を生かせなかったのが残念。