2001年9月28日(金)

 いろいろあって、ここのところ音楽関係、仕事関係の日記を書くモチベーションが湧かなくなっていたのは26日付の本欄に記した通りだが、備忘録も兼ねて一応5日以降の音楽・仕事関係の主な出来事をまとめておくと、

6日(木)……ビクターでザ・バック・ホーン、ワーナーでキック・ザ・カン・クルーの取材
7日(金)……新宿リキッドルームで、WIRE01の前夜祭。スティーヴ・バグのDJを初体験
8日(土)……横浜アリーナでWIRE01
13日(木)……中目黒の所属事務所で、コーネリアス小山田圭吾取材
15日(土)……下北沢のリボルバーで、DJ
16日(日)……渋谷の喫茶店で、リップ・スライム(DJフミヤとMCリョウジ)取材
19日(水)……渋谷でシャーベッツ浅井健一の取材
21日(金)……渋谷WOMBで映像集団teevee graphicsのパーティー。砂原良徳のDJあり
25日(火)……中目黒で、再度小山田圭吾の取材

 この間の出来事で真っ先に触れるべきは、やはり電気グルーヴの活動休止か。NHK-BSの電気特番中のインタビューでメンバー自ら明かしたようだが、29日現在オフィシャル・サイトでも所属レコード会社のサイトでも公式発表はない。ぼくはうっかり番組を見逃したので、どういうニュアンスで活動休止が語られたのかわからない。とはいえ見た人の間でも、ただのお休み説から実質解散説まで受け取り方が分かれているようだ。関係者筋(なんかめちゃ怪しい書き方だな)の話もまちまちである。石野は現在ヨーロッパDJツアー中で、当然いまのところ活動休止にともなうインタビューなども受けていないだろうから、真相やその経緯、理由などが明らかになるのはもう少し先になるか。
 とはいえ、活動休止と聞いて、まぁ仕方ないかなと思ったのはぼく一人ではないはずだ。『VOXXX』以降に何度かやったインタビューでも、今後の電気の明確なヴィジョンがメンバーの口から語られることはついになかったし、フジ・ロック、WIREなどのライヴを見ても、明らかに次の方向性を見つけられないでいるように思えた。7日のWIREの直前に今回の件は小耳にはさんでいたのだが、はたして当日のステージは、最後まで瀧も石野も一言も歌うことなくステージを降り、バンド(グループ)としての未来に繋がるなんらかの可能性はうかがえず、それどころか終焉を予感させるものでさえあったのだ。やはり電気の頂点は『A』であり、まりん脱退後に最後の力を振り絞って、いわば人生〜初期電気への原点回帰を果たしたとも言える『VOXXX』を産み落としたものの、その時点でもはや彼らにやるべきことは何も残されていなかったのではないか。もちろんこれはぼく個人の憶測に過ぎないから眉に唾をつけて読んで欲しいのだが、一応結成当初からずっと見てきた身としては、メジャー・デビュー10年が過ぎて彼らの役割は終わったのだと、現時点では判断せざるをえない。これが単なる結果論ではないことは、活動休止が明らかになってからの、電気関連の各BBSの、不気味なほどの静けさが示しているようにも思える。みんな薄々予感していたんだろう。いまになってみれば、当サイト掲載の電気および石野のインタビューはなかなか示唆的ですね。
 まぁ彼ら、とくに「君子豹変す」を地でいくような石野の気まぐれぶりからすれば、いつのまにか何事もなかったかのように活動再開、なんてこともありそうではある。だがともあれ、長い間の活動、本当にお疲れさまでした、とねぎらっておこう。ブランキーや小山田なんかもそうだけど、ぼくがこの仕事を始めるのとほぼ同時期にデビューしたアーティストたちには戦友的な思いがある。おそらく石野や小山田、浅井健一は個人的にもっとも長期間に渡り、もっとも数多く取材したミュージシャンたちだろう。そういう人たちになぜか接する機会が多かった今月。もちろんこれで石野や瀧との縁が切れるわけじゃないが、やっぱり寂しい。