2001年1月17日(水)

 この日記が不定期更新になったということで、いろいろあらぬ憶測を生んでいるようですが、さほど深い理由があるわけでもなく、単に毎日更新という作業が面倒くさくなったからです。こんな仕事をやっていると取材やライヴがある日以外は自宅にこもりがちになり、日々の生活は単調になる。つまり日記にあえて書くようなネタも少なくなりがちだ。このサイト開設当初はモチベーションも高く、熱意がありあまっていたから、特になにもなかった日もあれこれネタ探ししたり、思うことを書きつづったりしていたものだが、開設して1年半もたつと、さすがに熱意も薄れモチベーションの低下が著しくなってきて、ネタ探しも面倒くさくなる。それでも毎日更新だからと無理して書き続けていたのだが、ここのとこプライベートの身辺雑記みたいな内容が顕著になってきて、はたしてぼくに直接面識があり、ぼくについて特に関心のある人(そんなヤツいるのかどうか知らんが)以外の一般の訪問者が読んで面白いものなのか疑問に思えてきたのである。やっぱりこの日記を読む人は音楽情報やミュージシャンの取材時の印象やライヴの感想なんかを楽しみにしてるんだろうし、そんな人が「小野島が友だちと飲み行ったら酔っぱらって階段から落ちて、しかもそのときの記憶がなかった」なんて話(実話)読まされても面白くないだろうしね。それに、いくら公開を前提としていて本当にプライベートの深いところは書いていないとは言うものの、こんなにこと細かに私生活の出来事を書くというのもいかがなものかという気もある。会う人会う人がぼくの体調や精神状態をあらかじめ知っていて、あれこれ気遣ってくれるという状況って、なんだかヘンだよね。ちなみに、おもしろい日記を読みたい方はこちらへ

 この日はライター講座の新世紀第一回目。一ヶ月ぶりの講義は、まぁいつもと同じように進んだんだけど、終わったあとの酒宴で「最近、小野島さんは厳しい」という声が出た。つまり受講生が書いてきた課題作品に対してぼくが喋る講評が、最近とみにシビアだというのである。ぼくは特にそんな意識はなかったが、あちこちからそんな声が出ているらしいから、受講生がそう感じていることは確かなようだ。基本的に講評はその人に合わせているから、文章力のある人には求める水準が高くなる。テニヲハもおぼつかないような、つまり文章をまだ書き慣れていない人には、とにかく文章を書く面白さや楽しさを知ってもらうために、いいところを見つけて褒めることになるだろうし、ある程度書き慣れていて、基本的な文章力もあるような人には、もっと高いレベルを目指してほしいから厳しくもなる。そして、プロのライター志望で通っている人と、そうでない人では、やはり接し方も違ってくる。当然プロを目指すような人にはよりシビアに接することになるのだ。つまり最近ぼくの講評が厳しくなっているというのなら、それはプロ志望の受講生が増えたうえ個々の受講生のレベルがあがって要求する水準が高くなったか、あるいは逆にレベルが低くなったということである……なんて、ね。ま、後者に関しては冗談ですが。まぁ言い方が必要以上にきつかったということはあるかもしれない。少し反省。

 『クロスビート』最新号が届いたのでパラパラと眺める。ガンズン・ローゼスが表紙。受講生の中には「ふだんクロスビートは買わないけど、アクセル・ローズが表紙だったから思わず買った」という子もいたから、表紙にした甲斐はあったということだろう。CBでガンズが表紙になるのはこれが初めてじゃないけど、リンプ・ビズキットみたいなバンドが堂々表紙巻頭を飾るような時代になってからのガンズ表紙はまた別の意味がある。CBの創刊号の表紙は確かデヴィッド・バーンだったけど、当時のシンコーの看板誌だった「ミュージック・ライフ」に対抗する、いわばメインストリームに対するオルタナティヴという意味あいが、そのころのCBにはあった。そしてガンズも、旧態依然としたLA産業メタルへのアンチという位置づけがあったはずだが、いまや「ミュージック・ライフ」はなく(同じ誌名のまったく違う雑誌はあるが)、モトリー・クルーなど産業メタルも消えた。とともに、CBはMLがかって果たしていたメインストリームの洋楽誌の役割を担うようになった。ちょっと前までオルタナティヴの流れをくむと思われていたリンプやコーンが、いまや新種の産業ロックとして全米チャートを席巻するようになったのも同根だし、CBが彼らを積極的にプッシュするようになったのは、ある意味で当然のことなのかもしれない。つまり今ガンズを表紙にするのは、CBがかってのオルタナティヴ誌としての地位から降りてしまったことを意味しているように思えたのである。それが悪いって意味じゃなく、時代は変わるってこと。CB創刊当初と比べ洋楽マーケットが大幅に縮小した現在、大手出版社の商業誌が商業ベースを維持するには、メインストリーム中心の内容にシフトせざるをえないのは当然なのだ。本当にオルタナティヴなものをやろうと思っても市場規模が小さすぎて『クッキー・シーン』に代表されるようなミニコミでしか成り立たないだろう。そんななか、メインストリームの音楽やアーティストにはまったく興味が持てないぼくのような書き手の未来は……というおも〜いテーマが浮かび上がってくるのだが、それはまた別の機会に。