2000年7月28日(金)

 午前8時半に起床、おおよその準備は昨晩のうちに終わっているので、雑用を片づけ、犬を獣医に預けて(ちなみに預託料は1日5500円)、午前10時過ぎに佐藤英輔さんと待ち合わせ、クルマで苗場に向かう。昨年と同じく、関越自動車道に入るまで渋滞で時間がかかったが、あとはすんなり。途中のパーキングでポリシックス一行に会ったりしながら、午後3時過ぎにはホテルへ。即チェックインするが、雨具の準備などで手間取り、会場に着いたのは4時過ぎぐらい。

 雨が降ってはいるが、風はほとんどなく、悪夢の第一回に較べればずっと楽。観客も心得たもので、大半が合羽を着て、防寒・防水対策も万全みたい。下はぬかるんで足元は悪いが、イヴェント自体は大きな混乱もなくスムーズに進行しているようだ。

 グリーン・ステージのエリオット・スミスをしばらく見るが退屈だったので、フィールド・オブ・ヘヴンに向かい、こだま和文。人柄が出たあったかいライヴで、いい気分だった。
 それからホワイト・ステージでMDFMK。もちろん元KMFDMだが、これが悲惨なほど客が少ない。さっきとは打って変わってサム〜い気分になっていたら、元ソフト・バレエのモリケンこと森岡賢に会った。ううむ、やはり会うべきところで会うべき人に会うなぁと思う。しかしライヴはさらにサムい出来だったので早々に退散、講座受講生のテントでまったりするうち、ケミカル・ブラザーズが始まるが、これまたいまいち。今年頭に見たNKホールの感動は微塵もなく、ただひたすら退屈だった。あれこれ起伏をつけて単なるダンス・ミュージックのアクトから脱しようという意欲は見えたが、考えすぎで、ただの様式プログレみたいになっていた。楽曲自体の魅力で引っ張っていくというより、超絶的に良いPA音響の大音量のダイナミズムで圧倒するというライヴだけに、ワンマン・ライヴのように自分たちにPAシステムが使えないのは致命的なのだと思う。

 オアシス広場と名付けられた食べ物屋のテントが密集するところで飲んだり食べたりするうち、ブランキーのライヴ。先日の横浜アリーナでは意外に感傷的になった彼らを見ることができたが、今回は湿っぽいところは一切なし、ひたすら体力に任せて押しまくるプレイで、もちろん気合いは入っていたし、バンドとしての基礎体力の高さも痛感させられたが、ミスも多く演奏はやや粗かったと思う。実質的なラスト・ライヴは横浜アリーナだったわけだし、あまりリハーサルしてなかったのかもしれない。正直言ってこのバンドとしては水準の出来だったと思うが、あとで評判を聞くと、今までブランキーをあまり聴いたことのない人ほど絶賛していたのは、あれだけ人気があるように見えても、結局は知る人ぞ知る存在に過ぎなかったということなのだろう。そういう意味で、もう十分やれることはやり尽くした末のことと思えた今回の解散、まだまだ早すぎたということなのかもしれない。浅井健一はこの夏のほかのイベントでシャーベッツやUAとのユニットでさっそく出演が決定している。意欲的なことで結構だけど、ブランキーのファンからすれば、そんなにブランキーのことがイヤだったのかなぁ、と少し悲しくなってしまうかも。せめてもう少し間を空ければいいのに。

 ブランキー終了後は、オアシス広場で宴会。とは言っても雨がしとしとと降り続ける肌寒い天気では、あまり盛り上がらない。そうこうしているうちにレッド・マーキーでシンゴ02。ものすごく期待していたのだけど、あまりにふつうのヒップホップで、ちょっと拍子抜け。もちろんラッパーとしての実力は確かだし、バックもいい音を出していたが、正直言ってレコードで受けた衝撃を超えるものではなかった。

 まだクラストが残っていたが体力が続かず眠くなっていたので退散。ホテルに着いたらデジット誌のキャシー鈴木が佐藤さんと酒盛りをやっていて、明け方までつき合わされる。

 フジロックの写真はこちら。