2000年6月16日(金)

 午後一時の新幹線で仙台へ。スチャダラパーのツアー初日の取材のため。体調がとにかく悪く、つらい。
 仙台は確か数年前にパール・ジャムの来日公演を見て以来。小学校にあがる前に二年ほど住んでいたが、もちろんそのころのことは記憶にない。メルボルンなど海外の都市に比べると、日本の都市は特色がなく、どこも同じようなコンクリートの街がだだっ広く広がっているだけ、という印象だ。
 会場は街の中心部にあるライヴ・ハウス。こじんまりとしたところだが柱などがなく見やすい。リハーサルからつきあうが、初日ということもあって意外に綿密にやっていた。ライヴもまた意外に、といえば失礼だが、初日の割にはちゃんとした演奏だった。曲によってベーシストとゲストのラッパー(脱線3のロボチュー)が加わる、ここのところと同じ路線。きわめたまっとうに客をあおり、コール&レスポンスして盛り上げる彼らを見て、デビュー当初の斜に構えたようなライヴのいたたまれなさを少し思い出し、感慨深かった。客層は東京と比べるといささか若いようだった。
 終演後楽屋に行ったら、むかし下北沢のクラブZOO(後のスリッツ)の店長だった山下さんがいてびっくり。この日は仙台市内のクラブでTOKYO NO.1 SOUL SETのメンバーによるDJパーティーがあり、そのマネージャーで来ていたらしい。ZOO時代にはぼくもレギュラーでDJをやっていて、そのとき一緒にやっていたのが今や世界的ハウスDJ、EMMA君だったりするのである。山下さんとは7〜8年ぶり、いやもっとご無沙汰だったかもしれない。ひとしきり昔話と近況に話が咲く。
 そのあと近所の牛タン屋で打ち上げ。とは言ってもスチャのメンバーは全然酒を飲まないので、宴会というよりはお食事会である。バンドマンといえばほぼ例外なく酒飲み揃いだから、異色ではある。ギターウルフなんかとは大違いだ。体調は依然悪いので打ち上げ後はすぐホテルに帰るつもりだったが、なんとなく飲み足りないので、予定を変更して前述のDJパーティーへ。会場は超満員で、大盛り上がりだった。スチャのライヴから流れてきた子も多数。クライマックスではボーズがマイクをとり、フリースタイル?になって大騒ぎだった。
 週末の仙台の繁華街は渋谷あたりをうろついているような若者で一杯だった。でもどこか垢抜けないと感じたのは偏見か。
 午前3時にホテルに帰る。さほど酒の量はいかなかったが、気分はあまりすぐれす。少し本を読み寝る。