2000年6月11日(日)

 早朝シドニーに到着、国内線に乗り換え朝九時半にメルボルン着。東芝の黒田さんとコーディネイターの水野さんが出迎えてくれた。現地ではずっと雨続きだったようだが、この日は気持ちのいい晴天。空港から市内への風景は、どこも同じようなものだが、メルボルンの街は緑が多く、ロンドンに近い雰囲気。月曜日が英女王の誕生日で三連休の真っ最中ということで、のんびりした空気が漂う。昨年八月に訪れたブリスベンも似た雰囲気だったから、オーストラリアの土地柄かもしれない。

 今回の出張はズボンズのオーストラリア・ツアーの同行取材。地元の人気バンド、リガージテーターとの約一ヶ月に渡るツアーだが、この日記にも書いた通り、ぼくは昨年オーディオ・アクティヴのツアー取材でやはりオーストラリアを訪れている。まさかもう一度オーストラリアに来ることがあるとは思わなかったが、昨年もやはりリガージテーターとのツアーで、リガージテーターは日本のバンド好きなんだろうか。

 投宿先のSOFITELはびっくりするほど豪華な四つ星ホテルで、ひとりで泊まるのはもったいない感じ。部屋は47階で、眺めは最高だった。機中ではずっと本を読んでいて寝不足だったので、午後二時過ぎまで眠り、シャワーを浴びて町中を歩いてみる。ホテルの近くには公演があり、環境はいい。早速目に付いたレコード屋にも入ってみるが、ボン・ジョヴィ、パール・ジャム、サンタナと、どこでも同じようなものが売れてるんだなと思う。石田昌隆さんともあとで話したのだが、オーストラリアってなぜかレコードを買う気になれないんだよね。中途半端に欧米化されていて、その土地の独自性が感じられないというか。ほかに町中で目に付いたのはアウトドア・ショップ。


 体調が悪いうえに飛行機の長旅のせいか、早々に疲れが出て、ホテルに帰る。少し休んだあと、ロビーで待ち合わせてライヴ会場に向かう。ここでオフィシャル・カメラマンとして先乗りしていた石田昌隆さんや、VIEWSICのスタッフ、名古屋のテレビ局の方などに対面。

 会場はホテルからクルマで30分〜40分ほどの「HALLAM HOTEL」というところ。ホテルといっても実際に宿泊施設があるわけではなく、小規模なカジノとクラブが併設されている娯楽施設。二日後にあったズボンズの単独ライヴの会場も「〜ホテル」とあったが、こっちで言うホテルとは少し違う意味あいがあるようだ。会場は渋谷オン・エア・イーストを少し広くした感じ。リガージテーターとズボンズのツアーはこの日が最終日とのこと。客層はわりあい年齢が高く、昨年見たときのリガージテーターとは少しちがう。
 ズボンズはのっけからエネルギー全開で飛ばしていたが、途中でドラムスのアツシとドン・マツオの呼吸があわなくなり、曲の途中で演奏を中断してしまう。しばらく二人で話し合っていたが結局その曲は中断したままで別の曲へ。いい感じの流れはぶちきられてしまい、最後までリズムは戻らなかった。ライヴ後の楽屋ではアツシとマツオの緊迫したやりとりがあったというが、この夜がリガージテーターとの最後のライヴだったので、少し残念だった。

 リガージテーターは結局この一年で三回見た計算になるが、少なくとも先日の来日公演よりは面白かった。日本で手を抜いていたとは思わないが、ビールは地元で飲むのが一番であるように、リガージテイターも地元オーストラリアで見るのが一番いいのかもしれない。欧米の最新のロックの動きを取り入れてはいるものの、総体としては緊張度の低い、ゆるい感じのポップで、そののんびりした空気感が東京というよりはオーストラリアの土地柄に合っているように思えるのだ。もちろん客のノリも全然ちがうしね。そのあたりが、リガージテーターが英米に進出するにあたっての課題かもしれないが、彼ら自身はあまり英米進出にシャカリキになっている様子もなくのんびりしている。それもまたオーストラリア流だ。それに耐えきれないヤツはニック・ケイヴやジム・フィータスのように故郷を飛び出してしまうのだろう。

 ホテルへ帰って志水辰夫『行きずりの街』(新潮文庫)花村萬月『皆月』(講談社文庫)を読む。中年男には染みる話だった。いずれも推薦。

 
 なおズボンズのマネージャー山本氏による同行記はここ