2000年4月19日(水)

 素晴らしく晴れやかな笑顔のどんとが表紙の『クイック・ジャパン』5月号に注目すべき記事が。
 「日本ロック雑誌クロニクル」と題した新連載で、「日本のロック・ジャーナリズムを創ろうとした人たちの軌跡を追いながら、その「声」を聞き、音楽ジャーナリズムの系譜と全体像を明らかにしていく」という21ページを費やした記事だ。書き手は篠原章。第一回は中村とうようと『ニューミュージック・マガジン』。中村氏の生い立ちから始まり音楽ジャーナリストとしての足跡、ニューミュージック・マガジンの創刊の経緯、創刊から『ミュージックマガジン』と名称を変えるまで(書き手によれば「サブ・カルチャーとしてのロックを捨てたことを意味する重大な決断」)のマガジンの歩みを、中村氏本人の声を交えながら検証している。
 書き手によれば、中村とうようがマガジン創刊当初に意図したロック・ジャーナリズムとしての使命は、『ミュージック・マガジン』と名を変えた時点で終わり、「それでもなお現在の『ミュージック・マガジン』が存在意義を持つとすれば、それは正確なデータをベースとした「批評」でしかありえない」という。そして「これこそ日本のロックジャーナリズムに今もっとも欠けているものなのだ」と断じる。さらにそれに関連して、89〜90年に渡っておこなわれた「中村とうよう×渋谷陽一論争」についてかなりの字数を使って経緯を検証し、この論争がロック批評やロック・ジャーナリズムの「本質的な部分をえぐり出せずに終わった」ため、「そのとき日本のロックジャーナリズムはその自立性と存在意義を再構成する絶好の機会を逸してしまった」と結論づけている。
 一部異議を唱えたいところがなくはないし、論旨が少し曖昧な気もしたが、これまでこれまであまり知られることのなかった事実が中村氏本人によって語られるのはスリリングだし、篠原氏の分析・指摘も示唆に富んでいる。いちライターとしても実に考えさせられた。日本における洋楽受容の経緯、ポピュラー音楽成立の歴史的証言としても価値が高い。マガジン読者はもちろんだが、ロック・ジャーナリズムのあり方に少しでも関心のある人は必読だ。
 おそらく今後、渋谷陽一/ロッキング・オンをはじめ、森脇美貴夫/ZOO〜DOLL、北村昌士/フールズメイト、阿木譲/ロック・マガジンといったあたりが登場すると思われるが、楽しみだ。