2日(水)

 東銀座の松竹試写室で、『ストレイト・ストーリー』。デヴィッド・リンチの新作だが、これがまったくリンチらしからぬ、しかし実に素晴らしい名作。73歳の老人が、10年前に仲違いして音信不通だった兄と和解すべく、トラクターに乗って560キロ離れた町へ旅に出る。言ってみればこれだけの話なのだが、シンプルだが深みのある脚本、奇をてらったところのない的確な演出、なにより俳優たちの素晴らしい演技で、しみじみと味わい深く感動的なロード・ムーヴィーにになっている。タイトルは主人公の名だが、「まっすぐで小細工のない話」というダブル・ミーニングでもある。淡々とした描写のなかに、戦争体験、兄と弟の葛藤、家族愛などが巧みに織り込まれるのだが、個々のエピソードに深入りせずあっさりと処理しているため、後口は実にさわやか。これをみて思い出したのは30年前のロード・ムーヴィーの傑作『バニシング・ポイント』である。アンフェタミン漬けのカルト・フィルムの名作として知られる『バニシング・ポイント』で、主人公はダッヂ・チャージャーを駆って破滅的なスピードでアメリカ大陸横断を試み自爆してしまうのだが、『ストレイト・ストーリー』の主人公は最高時速8キロのトラクターで、クルマなら一日で行けてしまう距離を6週間もかけて旅をする。だがふたつの物語の主人公たちは、ともに戦争という大きな傷を負った過去があるのだ。ただ自滅的なスピードで生の実存を確認するしかなかった『バニシング・ポイント』の主人公は、30年後に、急ぐことよりゆったりと風景をながめ、出会いを楽しむことで自分の人生のけじめとする『ストレイト・ストーリー』の主人公となった。その変化は、アメリカという国の変化でもあるのだろう。

 ただこんな映画を『ツイン・ピークス』や『イレイザーヘッド』や『ロスト・ハイウエイ』のリンチが撮っていいものかという疑問はある。それさえ気にならなければ、これは誰にでも勧められる美しい作品だ。