17日(木)

 新宿リキッド・ルームでステレオラブ。サポートはOOIOOで、いかにもヨシミちゃんらしいおおらかで開放的なノリに好感が持てた。客の反応が悪すぎるのが気の毒だったけど、本人たちは気にしてなかったみたい。
 ステレオラブはもちろん先の新作も気に入っていたけど、この人たちになにやらロックの未来を背負わせるような論調には少々疑問がある。彼らの音楽にはこれといった思想性や文学性や主義主張があるわけではなく、言ってみれば空虚そのものだというのがぼくの持論。なにか思わせぶりなようでいて結局なにも語っていない歌詞なんか典型である。といって貶しているわけではなくて、甘美で研ぎ澄まされた快楽装置としての機能性の高さというか、歌詞や思想や文学性といった論理や意味のくびきから逃れて、自由で生理的・感覚的な音響装置としての純度の高さを獲得していると思うのだ。
 こないだのアルバムは、アート・アンサンブル・オブ・シカゴという意味性のカタマリのような音楽を、無意味で空虚な快楽音響に無理矢理翻案してしまったおもしろさがあった。だがそれがナマ演奏の場になると話は別だ。残念ながら彼ら程度の演奏力だと、そうした綱渡りのような微妙で精妙なバランスは崩れてしまい、レコードにあった張りつめた美しさが感じとれず、弛緩した空気が漂ってしまうのである。まぁのほほんとした空気感は居心地の悪いものではなかったのだが、彼らにとって、そしてぼくにとって運が悪かったのが、持病の腰痛の具合が最近とみに悪いうえに、OOIOOからずっと立ちっぱなしで、ほとんど立っているだけで精一杯という状況になってしまったことだった。ためにステレオラブの脱力サウンドを余裕をもって楽しむことができず「はやく終わらねぇかな」と、コンサート後半はそればかり考えていたのである。いてて。ごめんな。

 さて、本日送られてきたクロスビート最新号(表紙はNIN)の投稿欄に、森田君、若林「たんじぇりん」君と、我がライター講座の受講生の投稿が2本も採用されている。おまけにエイジアン・ダブ・ファウンデーション、ロリンズ・バンドのインタヴューは講座出身の石井恵梨子が担当している。なかなかやるではないか! しかし講師であるぼくの原稿はレビュー3本だけ。とほほ……。