14日(金)

 外苑前のキューン・ソニーでギターウルフの取材。ニュー・アルバム『ロックンロール・エチケット』(2月19日発売)は例によって最高としか言いようのないウルフ美学に彩られた傑作である。

 いつものことだが、外見や音楽に似ず彼らは実に友好的で気配りがある。単に取材者に対する礼儀という以上のフレンドリーさがあるのだ。だから彼らに会うのは単なる仕事を超えて個人的な楽しみでもある。
 前にも書いたかもしれないが、ギターウルフの連中は自分たちについて書かれた文章を全然読んでないらしい。ぼくはメジャー・デビュー後の彼らのアメリカ・ツアーに同行し、その紀行記を『SWITCH』誌に書いたことがある。おかげさまで内容は大好評で、マネージャー氏も絶賛してくれたのだが、肝心な彼らはそれを読んでいないらしいのだ。「自分たちについて書かれてる文ぐらい読んでよ」と言うと「いやぁ、本ってエロ本とマンガしか読んだことがないんで」(ビリー談)との答えだった(笑)。まぁウルフらしいといえばらしい。だから彼らにとってぼくは「いい文を書いてくれるライター」とではなく、「いつもライヴにきてくれて、話を聞きに来てくれる人」という位置づけなのかもしれない。どんなに頑張っていい文章を書いても肝心のアーティストがそれを読んでくれないというのはかなりムナしいものがあるが(外タレは全部そうだけどね)、自分たちについて書かれた記事は細大漏らさずすべてチェックし、どんなライターがどんなことを書いていたかすべて把握して、いちいち細かいクレームを入れてくるようなミュージシャン(断っておくが、別に特定の誰かを想定してるわけじゃないですからね、念のため)に比べれば、むしろ気持ちがいいと言えなくもない。

 夜はサラリーマン時代の同僚と久々に飲み。会うのは1年ぶりぐらいである。ぼくは聞き役に徹して、元同僚の近況を次々と聞き出していったのだが、「小野島さんは全然自分のこと喋らないですねぇ」という。確かにそうかもしれない。もちろん相手や状況にもよるが、おおむね自分のことを喋るより相手のことを知りたいという気分の方がぼくは強い。
 まぁ仕事柄インタヴュワー体質が染みついているというのもあるのだが、聞き役に徹した方がラクなのだ。特に酒の席なんかでは答えを考えるのがメンド臭くなってしまうことが多い。自分のことを喋ることがきらいというのではなく(そうじゃなきゃこんな日記書かないよね)、へたすりゃ単なるオレ話になりかねないような話題を、相手がおもしろがってくれるとは思えない、というのもある(だからこの日記を読んでくれてる人は、一体どこを面白がってくれるのか訝しく思う時もある)。たとえば恋愛相手なら、自分のことを知ってもらいたいという気持ちが勝つかもしれないが、そうでない相手に対して自分のことばかり喋るのはうとましがられるだけだと思う。ぼくの古い友人で、始終自分のことばかり話しているのになぜかあまり人に嫌われないヤツがいるのだが、やはりそれはかなり特殊な才能と言うべきだろう。ぼくはそこまで自信家ではない。
 自分のことを喋るのはいいとしても、うまく話を引き出してくれる人が少ないということもある。インタヴューされる立場になるとわかるのだが、聞き上手とそうでない人という差がある。自分が話したい、話してもいいと思えることを、流れに沿ってうまく引きだしてくれる人が、いわば聞き上手なのだが、こっちがエサを撒いて、次はこのことについて聞いてくれよと信号を出しても、無視して(あるいは気づかず)次の話題に行ってしまったり、会話の流れを分断して、ファックス・アンケートみたいな質問を脈絡なくぶつけてくるような人は、まぁあまり聞き上手とは言えないだろう。もちろん仕事として考えれば、相手の話したいことをうまく引き出す人だけがいいインタヴュアーとは限らないのだが(話したくない、考えてもいないことを聞き出すのも優秀なインタヴュワーの条件である)、少なくとも日常の場で聞き上手と言われる人は、相手の言いたいことをスムーズに聞き出す人である。そして、日常生活のインタヴューイとしての経験からすると、これをうまくやってくれる人は実に少ない。「そんなこと、どうでもいいじゃん」というようなことをしつこく聞いてくる人が多く、答えているうちにメンド臭くなって「で、君はどうなの」ということになる。まぁかといってぼくがとりたてて聞き上手と自惚れるつもりもないが、経験上ふつうの人よりインタヴュー慣れはしてるだろう。
 正直言うと、すごく優秀なインタヴュアーに、自分のことを徹底インタヴューしてもらいたいという気はある。徹底した自己分析を自分で書くと純文学になるのだろうが、インタヴューではまたちがったものになるだろう。ふだん自分が考えてもいなかった、意識してもいなかったことをビシバシ引き出してくれるような、そんなインタヴューなら楽しいし、受け甲斐もある。それによって新たな自分を発見できるかもしれない。これ読んでる方で、我こそはという方はぜひ名乗り出てください。