9日(火)

今日会った人・赤尾美香さん
AKAO

 東銀座のヘラルド試写室で『シャンドライの恋』。『魅せられて』以来3年ぶりのベルナルド・ベルトルッチ監督の新作だが、これが実に素晴らしい。
 アフリカの政治犯の妻が亡命してローマにやってくる。内向的で孤独なイギリス人の音楽家の家に住み込みの使用人として働くかたわら、医学の勉強をしている。そんな彼女に音楽家はいつしか好意を抱き、ある日突然プロポーズをする。「結婚してくれ、君のためならなんでもする」。驚いた彼女は思わず叫ぶ。「じゃぁ夫を刑務所から出して」。なにごともなく過ぎていく日々。だが男の家からは次々と調度品がなくなっていく。不審に思った女はやがて気づく。男は叔母から相続した広い家の調度品を次々と売り払い、彼女の夫の保釈金を工面しているのだ。そうすることで愛する女の幸せを願ったのである。だが男は何も言わない。不器用な、無償の愛。動揺する女。やがてアフリカから夫の釈放を知らせる手紙が届く。そのことを男に報告するが、女は感謝の言葉を切り出せない。なにも言わず微笑んでいるだけの男。夫との再会の日の前夜、女は男への感謝の言葉を綴った手紙を書こうとするが……。
 極端にセリフが少ない映画だが、ものすごく密度が濃い。静かな筆致で描かれる男と女のやりとりは言葉少ななぶん、息苦しいほどの緊張感に満ちている。手持ちカメラを使ったり、アクションの中途でカットを断続させたり、揺れ動く男女の心理を巧みに表現していく。男が女のために作った曲を初めて女に聴かせる場面の息詰まるような官能性。女が夫のために買ったシャンパンを飲みながら「THANK YOU」の文字を男への手紙に書き綴っていく場面のあふれ出る情感。なんでもベルトルッチはウォン・カーウァイやツアイ・リャンミンに刺激されてこの映画を撮ったそうだが、卓越した演出技術をこれみよがしにせず、むしろ抑えたトーンに終始するところが、さすがにイタリアの巨匠である。
 この映画はまた、西欧とアフリカの文化的衝突と葛藤も暗喩している。そのことはもっぱら音楽によって表現される。男を象徴するのはバッハやベートーヴェン、ショパンなどのピアノ曲。女を象徴するのはパパ・ウエンバやサリフ・ケイタなどのアフリカン・ポップスだ(もちろん劇中にも流れる)。いわばこれは異文化の相互干渉と理解、というテーマも内包している。もちろんこれを白人同士に設定しても話は成立するだろうが、これほどの緊張感を保つことは不可能だったろう。あの素晴らしい『暗殺の森』や『ラスト・タンゴ・イン・パリ』以降、『ラスト・エンペラー』や『リトル・ブッダ』といった大作ばかりを手がけていたベルトルッチの、これは久々に彼らしい濃密な小品の傑作だと言える。2000年1月、シネスイッチ銀座などでロードショー。

 試写室ではしばしば有名人を見るが、高木完に会ったのは意外。なんでも完ちゃん、今月末にご結婚だそうです。おめでとうございます。

 『シャンドライの恋』の感動さめやらぬまま、同じ東銀座の松竹試写室で『御法度』。大島渚監督が描く、新撰組を舞台とした「衆道」つまり同性愛の映画である。松田龍平演じる悪魔的な美少年が男ばかりの集団、新撰組に入隊するころで起こる混乱。画面が放つ濃密な緊張度は『シャンドライの恋』に劣らぬ高さである。ビートたけし、崔洋一、松田龍平、武田真治、浅野忠信、トミーズ雅、坂上二郎、田口トモロヲといった異色な俳優陣も、驚くほど持ち味を発揮していて生き生きとしている。特に16歳とは思えない松田龍平の妖艶さと、武田真治(沖田総司役)の軽みは素晴らしい。
 だが、事前のぼくの期待度が100だとしたら、残念ながら実際の出来映えは70程度と言わざるをえない(ぼくは見る前から、これを今年のベストワンと決めていた)。その原因はおそらく脚本も手がけた大島渚その人にある。まずビートたけし(土方歳三役)のモノローグが多すぎて、説明過剰になっている。字幕を多用したのはむかしの無声映画時代の時代劇を想定したのかもしれないが、いかにもくどい。そしてワイプを多用した演出は、いささか感覚が古い。これは時代劇だからではなく、残念ながら13年ぶりの劇映画のメガホンとなった大島監督の感覚のズレとしか言いようがない。だから松田龍平の引き起こす混乱が、「狂気」まで昇華しない。同じようなテーマの『戦場のメリークリスマス』が、いまみても新鮮な造形美と演出感覚で驚かせることを思えば、さしもの大島もさび付いたかと思ってしまう。たけし、雅、二郎さん、桂ざこば、さらに伊武雅刀をスネークマンショー出身とみれば、主要な登場人物のうち5人がお笑い出身であることからもわかる通り、この映画には「笑い」がある。そして、笑いとエロティシズムと狂気を同居させること、いや笑いによってエロティシズムや狂気を際だたせることは十分に可能なはずだし、大島監督もそれは計算づくだったはずだ。だがぼくには、ところどどころハッとさせるシャープな演出がありながら、全体としてはもっさりとした印象を受けるこの映画では、どうも監督の意図は実現しきれていない気がする。おそらく北野武が監督なら、また別の結果になったのではないか。
 もちろんつまらない映画ではないし、駄作とも言えない。単にぼくの期待が大きすぎただけである。試写室での一回の鑑賞だけで決めつけたくはないから、もう一度見たうえで報告します。

 いきつくひまもなく、渋谷ネストで徳永憲。見るたびにライヴ慣れして、声も出るようになてきた。とぼけキャラも定着してきたようで、ゆっくりとだがいい方向に向かっているようだ。

 会場で会った赤尾美香さんと食事。最近はバックストリート・ボーイズのファンクラブの仕事で忙しいらしい。なんと彼らは日本だけで驚きのセールス75万枚、ファンクラブ会員は1万人を突破し、なおも増え続けているという。来日公演もなく、音楽誌の露出は『イン・ロック』ぐらい、女性誌でもほとんどまともに取り上げられたこともなく、レコード会社も特別な仕掛けをしたわけでもないのにこの数字はすごい。洋楽の売り方の問題点を考え直さざるをえない。露出が少ないから情報に飢えているのだろうし、だからこそファンクラブの需要が高くなるわけだが、曲がりなりにも洋楽で、これだけの活字情報を求められているという事実にも考えさせられてしまう。単一アーティストの情報しか載っていない雑誌が、毎号確実に1万人に読まれているのだ。1万人のうち半分でも、他の洋楽にも目を向けてくれれば、と赤尾さんは言っていたが、いまの洋楽業界がそんな努力をしているようにはとても思えないのだ、ぼくも含め。すいません、勉強し直して出直します。