30日(火)

 原稿が立て込んでいる時期だが、人間、多忙期になるとなぜか不要不急の作業をやりたくなる。いざ仕事を始めようと思ったら、あまりの部屋の散らかりようにうんざりしてしまい、床に転がったCD、雑誌、書籍、郵便物のたぐいを片づけ始めてしまった。といってもタテのものをヨコにするぐらいのことだが、それでもだいぶ部屋がすっきりしたような気がする。しかしその割にその後の仕事がさっぱりはかどらず、いつもなら2時間もあれば終わる原稿にまる一日かかってしまった。ちょっとスランプかな〜〜。

 夜中に犬の散歩をしていたら、通りの向こうから日本犬が一頭、テクテクと近づいてきた。首輪をしているし毛並みもきれいなので、どうやらどこかの家から逃げ出してきたらしい。一通りうちの犬と匂いを嗅ぎあったあと、スタスタと歩いていってしまった。はて、彼はこれからどうするつもりなのか。ぼくが子供のころには東京でも野良犬はたくさんいたし、飼い犬でも適当に放し飼いにされていて、家の内外を自由に行き来するような犬もいたが、最近ではすっかり見なくなった。もっともうちの近くには雑種の野良犬が一頭いて、ときどき出くわすのだが、それはうちの周りが住宅街で、あまり人通りがないからで、人の行き来が激しいところだと一発で保健所に報告されて終わりだろう。

 そういえばむかし、いまの前に飼っていた犬が家から逃げ出してしまったことがある。ぼくはそのとき都内の別の場所に住んでいたのであとで親から聞いたのだが、3日後ぐらいに保健所から無事だということで連絡があったそうだ。なんでも家から徒歩15分ぐらいの幹線道路までヨタヨタと歩いていき、だだっ広い車道の真ん中で立ち往生してしまい、大渋滞を起こしていたところを、親切な人に保護されたということだった。その犬は確かそのとき13歳ぐらいで、もういいジイちゃんだったのだ。過保護に育てられた内弁慶なおぼっちゃん犬で、もちろん飼い主である親から逃げ出すなんてつもりは毛頭なく、おそらく彼とすれば生涯最大の冒険だったのだと思う。つかの間の自由なひととき。彼はそのときどんな気持ちだったのだろう。あおのときの冒険は、楽しい思い出として記憶していたんだろうか。その3年後に彼の死を看取ったとき、頭に去来したのはそのことだった。せめていまぼくの横で惰眠を貪っている犬には、いい思い出をたくさん作ってやりたいと思う。