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ハリス無段
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| 「ぼくは、この「ハリス無段」で日本柔道界の危機を警告したつもりだ。はたして、まだ雑誌に連載中、おりしもおこなわれた東京オリンピックにおいて、柔道の本家たる日本代表は、オランダのヘーシンクに敗れた。悲しい適中だった…。それはともあれ、古い形式の観念にとらわれず、若さをたたきつけて、新しいビジョン(夢)に生きる主人公の開拓精神は、他の分野にも通ずると思う。ご愛読のほどをおねがいする。」(秋田書店刊/サンデーコミックスカバー収録) |
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甲子園の土
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| 「いくたの若者の血と汗をすいこんだ甲子園、そこでくりひろげる高校球児の健闘ぶりは、青春をえがこうとするものの永遠のテーマだろう。逆境にもめげず、甲子園への夢をかけて雄々しく成長してゆく主人公、沢村健治を、ぼくは精一杯かきつづけてきた…」(少年画報社刊/ヒットコミックスカバー収録) |
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夕やけ番長
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| 「台風みたいなやつがやってきた!めっぽう腕っぷしが強く、火の玉のように気性もはげしいが、その反面、夕やけをながめて涙ぐむ、さびしがり屋さん…。そんな主人公・赤城忠治が学園にまきおこす、笑いあり、涙ありの青春ドラマから、読者諸君が、ただおもしろく痛快だけではない、なにかを考え学びとってくだされば、原作者のぼくも、まんが家の荘司さんも、最高のしあわせとするところです。」 「現代っ子にささげる友/現代っ子は、合理主義者だという。夢がないという。やたらガリ勉ばかりやり、その競争意識のため友情も枯れしぼみ、自分だけよければいい個人主義にこりかたまり、一流大学から一流会社に就職し、一生ぶじ平和にくらすことしか考えていないという。ほんとうだろうか?あえて、ぼくは疑問符をぶつけたい。なにごとにも、一つのワクにあてはめてものを見ることのすきなオトナたちが作りあげた、まぼろしの現代っ子像のように思えてならない。なるほど、現代っ子は、ガリ勉にあけくれているかもしれない。しかし、そうしなければならない、かたよった頭でっかちの世の中の仕組を、でっちあげてしまったのもオトナたちだ。おしつけられた困った世の中の仕組に、やむなくつき合いながらも、しかし、現代っ子たちの血は灰色なんかじゃない、まっかに燃えていると、ぼくは信じている。「夕焼け番長」の主人公・赤城忠治がながめる、地平線の夕やけの色のように!そして、現代っ子にも夢があるはずだ。機械文明に毒された、うるおいのない世の中だからこそ、なおいっそう、みずみずしい夢をいだくはずだ。世間のねしずまった深夜、ひとりガリ勉の机に向かい、ふと見る夢は…。勉強の成績なんぞより、この世で最高のものは友情であると信じ、自分のためには命をすててくれる熱血の友かもしれない。その友とともに、わるいやつ、まがったことに、かんぜんと挑戦し、ぶつけあう若い肉体のひびきかもしれない。あるいは、友とだきあい、すんだ目と目に夕やけを映し、ともにながす男の涙か。あばれつかれて、汗とドロとにまみれた両ほおを、こころよく風になぶらせつつ、ともに大声で歌う歌声か。その友こそ、わが赤城忠治だ!現代っ子にささげる親友として、ぼくは心をこめ「夕やけ番長」の原作にとりくんだ。思えば…ぼくの少年の日のころには、赤城忠治のような少年は、いくらもいた。そこの横町からもオッスと手をあげて出てきたし、あそこの原っぱからも、夕やけをバックに呼んでいた。そんな遠い日を…みごとなタッチで、よみがえらせてくれた絵の荘司としお氏に、この機会に感謝する。一九六八年彼岸ごろ 梶原一騎」(秋田書店刊/サンデーコミックス第1巻カバー&巻頭文に収録) |
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キック魂(ガッツ)
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| 「キック・ボクシングは新生のスポーツだ。そのエースの重責をになった沢村忠は、恩師野口修とともに猛鍛練をする一方、新分野の開拓者でもあらねばならなかった。そのフロンティア・スピリットが、私の意欲をそそり、関係者の大きな協力を得て、この作品は生まれた。」(少年画報社刊/ヒットコミックスカバー収録) |
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格闘王V
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| 「わたしは、これまでにスポーツ根性ものを書いてきましたが この作品で複数のスポーツ〈キックボクシングとプロレス〉を取り上げてみました。一つのことを達成したとき、それに満足することなく、新しい分野を求めて戦って行く激しい男の姿を描いたつもりです。わたしにとっては新しい試みです。キックボクシング界の内幕なども、直接取材しました。プロレスもそうなるでしょう。わたしの意図したものが、みね武さんのすばらしい劇画で、十二分に表現されていることをとても感謝しています。」(秋田書店刊/サンデーコミックスカバーより) |
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ファイティング番長
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| 二度と実現せぬコンビ! 梶原一騎 「現在の少年まんが界のランクで東西の横綱といえば、ちばてつや、川崎のぼる、この両君であることは、まず衆目の一致するところであろう。私は原作者として、前者とコンビで「あしたのジョー」、後者と組んで「巨人の星」と、それぞれそれぞれいい仕事をやれたが--- 水島新司君は近来グングン頭角をあらわし、斯界で最高権威の「講談社児童漫画賞」も受賞、ちば、川崎に追いつき、追いこせの人気、仕事量で、いまや張出し横綱格である。「泣き笑い番長」は、この新横綱と私が組んで仕事した、ただ一作のまこと記念すべき作品だ。ちば、川崎とおなじく自分で秀れたストーリーの作れる男だから、今後おそらく二度と、このコンビは実現するまい。そういう意味で貴重であるのみか、彼と私の持ち味が実によくドッキングした青春学園スポーツ物と自負する。」(サンケイ新聞出版局刊/サンケイコミックスより) |
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狼よ!なぜ走る
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| あとがき 梶原一騎 つのだじろう 「T狼よ!なぜ走るUは、スポーツニッポン新聞に昭和44年10月から昭和45年1月まで、三ヵ月にわたり毎日連載されたもので、毎日連載長篇漫画の創始作品であると言えます。 又、本作品は従来、雑誌における原作者と、単に原作を絵にする漫画家…という関係にとどまらず、企画の段階から原作者と漫画家が意気投合してTこういう作品でいこうUとばかり内容検討ひCARにくわしい梶原…競馬界・SKIにくわしいつのだ…の長所を合わせて構成した完全な合体形体の原作です。」(曙出版刊/アケボノコミックスより) |
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モーレツ!巨人
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モーレツに意義あった作品 梶原一騎 |
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虹を呼ぶ拳
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| 【原作者のコメント】「この作品で私が描こうとするのは、現代の流行語にもなっている「断絶」だ。親と子、先生と生徒、友人同士の断絶ーつまり、うわべだけで通い合わぬ心を…。荒れ果てた砂漠のような断絶を、どうすれば取り除けるのか!?そのひとつの手段として、取りあげたのが、空手の世界だ。さいわい、空手界の大御所である大山倍達八段の協力とつのだじろう氏の名画をいただき、断絶の谷間に虹の橋をかけたいとハッスルしている」(秋田書店刊/サンデーコミックスカバー収録) |
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柔道一直線
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「ぼくは、直也が学んでいる天道高の、香川先生にいわせたことがあります。「若者よ、気違いになれ!現代には、ちんまりとまとまった若者が多すぎる。彼らから見れば、でっかい夢に命をかけいちずにつき進む人間は気違いに見えるだろう。だが、各界で第一人者といわれる人物を見るがいい。みな若き日、世間から、なになに気違いとあざけられた人たちばかりだ。よりよい社会を築くために貢献しているのは、すばらしい気違いたちなのだ…」と。車周作、一条直也ら、自分の道を一直線につき進むTすばらしい気違いUたちを、これからも力いっぱいかきつづけていきます。諸君も応援してください。」(少年画報社刊/少年キング増刊
柔道一直線特集号 1/10号収録) |
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巨人の星
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| 「男の条件とはなにか。それは、むねに星をいだくことだ。そして、その理想の星に向かって、ひたすらに歩み続けることだ。星は遠く、道は苦難に満ちていよう。たとえ道半ばにして力つき、たおれようとも、男として完成された栄光は、かれを包み祝福するだろう。」 (講談社刊/小説 巨人の星第1巻序文に収録) 「友情の条件とはなにか。 ばくが、いくらか持っているかぎり、ぼくの友人が、ひとりでも不自由することがあってはならない。(ベートーベンの手紙から) 恩を受けた人は、その恩を心にとめておくべきだが、恩をあたえた人は、それをおぼえているべきではない。(キケロ「友情論」から) 小説「巨人の星」第二部を- 真の友情をゆめみ、追求し、友情こそを人生最大の星とするわかいたましいにささげる。」 (講談社刊/小説 巨人の星第2巻序文に収録) 「勝利の条件とはなにか。たんに、かたちのうえの勝ちを勝利とするなら、けもののあらそいにひとしい。人間の勝利は結果にあらず、結果をめざす遠い道に、いかなる足あとをしるしたかにある。いかに努力し、いかに戦い、たおれてはまた、いかに立ちあがったかにある。したがって- 、勝利よりも、けだかい敗北もありうる。」 (講談社刊/小説 巨人の星第3巻序文に収録) 「根性の条件とはなにか。努力といい、根性というが、それさえも万事を利益につなげる現代の風潮に、むしばまれてはいないか。努力とは、根性とは、百円を十回つめば千円になるように、それをしたから、それがあるから、かならず成功するものではない。むくわれる結果はゼロかもしれぬが、しかし、それでも精根かたむけて、つみかさねられる努力こそ根性であり- 、だからこそ美しい、かぎりなく美しい。」 (講談社刊/小説 巨人の星第4巻序文に収録) 「愛の条件とはなにか。 恋愛は人をより強くすると同時により弱くする。友情は人をより強くするだけ。(ボナール「友情論」から) 幸福は肉体の健康にはよろしい。だが、精神力を発達させるのは心の悲しみである。(プルーストの作品から) 小説「巨人の星」第五部を- いつの日か、友情から異性への愛にめざめゆくであろう、わかいたましいのために、いのりをこめてささげる。」 (講談社刊/小説 巨人の星第5巻序文に収録) 「巨人の星」と私 原作者・プロデューサー 梶原一騎(談) 「巨人の星」が誕生するまで マンガとかアニメというものは、話の中に良い子、悪い子、普通の子があって、必ず、最後には“良い子”が勝つことになっている。こんな決まりきったものばっかりでは、おもしろくない。こう思っているときに雑誌社から話があり、今までとは型破りだが、もっと人間性を深くえぐったものなら書いてみたい、と話したところ、それはおもしろそうだということで「巨人の星」が始まった。主人公の飛雄馬は、英語のヒューマンで、人間のとか人間性とかいうものをとって名前にしている。「巨人の星」が世の中に出る前のアニメは、大体主人公が一人で、この一人を追っていけばよかったからアニメ化するのも、そう難しくはなかった。ボクシングでも二人ですむが、野球となると一チームだけでも九人はいるから、ストーリーを作る人たちにとっては今までになくたいへんだったと思う。 「巨人の星」のテーマ 日本が経済大国になって、いろいろな欲望が満たされてきた。こうなると欲求は自分に向いてくる。少なくとも戦争前まではあった父権といったものが現在はなくなった。そこで父権を取り戻そうという気持ちや、ノスタルジーを感じて、父親たちは強い父親になりたいと思っている。こうした父と子について、野球を通して書いたのが「巨人の星」である。男の本性には強くなりたいという願望がある。だからどんなシゴキにも耐えられる。私自身、空手では極心会の大山倍達館長に習ったり、力道山についてプロレスしたり、強いシゴキを受けながら体を鍛えてきた。 飛雄馬のお父さんと原選手のお父さん 飛雄馬のお父さんの一徹は元巨人軍の選手である。魔送球によって巨人を追われた一徹は、自分の果たせなかった夢を飛雄馬によって実現しようとする。そのために飛雄馬は幼いときから野球、野球で、野球をするように育てられ、いろいろな愛情あるシゴキを受けて、逞しく成長する。この一徹と飛雄馬を見ていると、現在の巨人軍の原選手と父親との関係とダブってくるという人もいるが、これを書いたのはかなり前だし、もちろんモデルではありえない。しかし、野球熱心な父親を持った、阪神タイガースの掛布選手のお父さんと掛布選手とか、原選手の場合とか、息子を一人前にするために、父親が努力する姿は、野球に限らず、いつの時代でもあっていいことだと思う。父と子の信頼関係・断絶のない家庭、それは、この「巨人の星」のテーマでもある。」 (日本テレビ刊/巨人の星アニメコミックスに収録) 父と子の愛の絆ーそれが「巨人の星」のテーマだ 映画「巨人の星」に寄せて 原作●梶原一騎 「すくなくとも戦争前にはあった父権というものが現在では失われている。そこで父権をとりもどそうという気持、ノスタルジーを感じながら、今の父親たちは強い父親になりたいと思っている。こういった父と子について野球をとおして書いたのが「巨人の星」だ。つまり、星一徹と飛雄馬を見ていると、現在の巨人軍の原辰徳と父親・貢氏との関係に似ているという人がいるが、この「巨人の星」を書いたのは10数年前だし、むろんモデルではない。しかし、野球熱心な父親を持った原選手とか掛布選手の場合とか、息子を一人前にするため、父親が努力する姿は、野球にかぎらず、いつの時代でもいいことだと思う。父と子の信頼関係や断絶のない家庭、これがこの「巨人の星」のテーマなんだ。」 (映画「巨人の星」パンフレットに収録) |