「現在はマスコミ製造の虚像にみちている。が、しかし、この「燃える男」には真実と嘆じ、ここに「炎の賛歌」と題せる所以」

FILE#93「長島茂雄物語 炎の賛歌」(画:貝塚 ひろし)



別冊週刊読売 特集「さらば栄光の背番号3長島茂雄」 /1974.12月号 読切掲載

●あらすじ:
終戦直後の千葉県印旛郡。小学生だった長島茂雄は、偶然仲間に誘われて入った草野球から野球の魔力に引き込まれる。昭和28年7月。佐倉一高時代に放った特大の初ホームランが、彼の運命を決めた。偶然観戦に来ていた巨人軍重役の目に止まり、執拗な誘いを受ける。がしかし、長島はそれを断り立教大学へ進学。シゴキの鬼・砂押立大野球部監督の厳しい指導の下で才能を開花させていく。昭和32年秋。大学通算8号ホーマーという新記録を手土産に、ゴールデン・ルーキーとして巨人軍入団を果たした長島。国鉄のエース金田の豪快左腕に4打席4三振という惨敗に終わる。しかし、挫けることなく努力と精進を重ね成長していく。天覧試合のサヨナラホーマーや好敵手・阪神の村山実投手との名勝負の数々。そして電撃結婚。“ミスター・ジャイアンツ”“ミスター・プロ野球”として巨人の9連覇の原動力となった。そして運命の昭和49年10月14日後楽園球場。対中日戦のダブルヘッダー最終戦を最後に栄光の背番号3は、静かにバットを置いた…。燃える男の野球人生は今、燃え尽きた。しかし、不死鳥の寓話のごとく巨人軍監督として再び羽ばたく事を祈りたい。炎の賛歌やまず!

●BONはこう読む!:
少年時代から現役引退までを、幾つかの(とても短い)エピソードで構成。しかし、いずれも周知の話だから新味に欠けている。唯一、最初の1コマ目で書かれた(本編執筆のキッカケとなる)長島の言葉が、昭和49年当時の心境を垣間見えるくらいだろうか。監督就任1年目が最下位と知ってる現在から見ると、最後の1Pの期待ぶりが少し微笑ましい。【重箱のスミな一言】「柔道讃歌」と本作と「熱球讃歌」は、タイトル繋がりからか、梶原−貝塚コンビによる『讃歌3部作』といわれるが、本作は“賛歌”と表記されている。

●単行本:未刊行

●その他: